静かなるすり替え――「魔法使いの嫁 SEASON2」9話レビュー&感想

急変の「魔法使いの嫁 SEASON2」。9話では学院が一気に不穏さを増す。すり替えという行為は、いつだって密やかに行われるものだ。
 
 

魔法使いの嫁 SEASON2 第9話「Conscience does make cowards of us all.Ⅰ」

あの時、耳元で囁かれた声。
声に導かれるままに、海妖馬を傷つけた自分。
その選択にチセは困惑していた。
一方、学院内では閉架に収まるはずの禁書盗難が判明する。
それは“カルナマゴスの遺言”の写本、生ける者の生死と時に纏わる書——。

公式サイトあらすじより)

 

1.すり替えは禁書のみにあらず

ライザ「人間に害を加える書物である以上、何らかの事件が起こる可能性もある。その際には協力を仰ぐゆえそのつもりで」
 
魔術師の卵の通うカレッジ(学院)を舞台にしつつ、それがただの学び舎ではないことも匂わせていた「魔法使いの嫁 SEASON2」だが、主人公のチセがキャンプから戻ったこの9話ではきな臭さが増してくる。教師の一人がチセのルームメイトのルーシー同様に何かに襲われたらしい描写に加え、ラストでは謎の二人組が人を殺す血なまぐさい場面も見られた。騒動にはどうやら偽書とすり替えられ盗まれた『カルナマゴスの遺言』なる禁書(正確には写本)が絡んでいることが示唆されているが、"すり替わって"いるのはこの本だけではない。
 
ゾーイ「チセも大丈夫? ずっと付きっきりだろ」
 
前回なぜか突然魔力がほぼ全て尽きた状態で発見されたルーシーは、以来10日に渡って眠り続けていた。ありあまるほど魔力を持つ体質のチセは自分の魔力を分け与えるべく彼女に付きっきりでいるが、体質を知らない人間からすればこれはこれで心配になるところだろう。同級生のゾーイは「無理しちゃダメだぞ」と気遣っているが、この時彼の心配の対象はルーシーからチセに"すり替わって"いると言える。
 
エリアス「その本なら、前に読んだことがあります」
 
またチセの魔法の師であるエリアスは『カルナマゴスの遺言』の禁書をこっそり見せてもらったことがあり盗難の犯人として疑われる危険があったが、彼は巧妙にぼかしつつも自分がその本を読んだことを自分から明かして疑いの余地をなくした。嘘は言っていないが事実を全て明かしているわけでもない……というのはこれも一種の"すり替え"であろう。
 
劇中問題視されているのは禁書のすり替えだが、すり替え自体は私達の身の回りでも案外起きているものだ。そして、すり替えは必ずしも悪いこととは限らない。
 
 

2.静かなるすり替え

すり替えは私達の身の回りでも案外起きていて、そして悪いことばかりとは限らない。例の一つとしてはチセとそのクラスメート、フィロメラのケースが挙げられる。
 
チセ(オレンジとラベンダーの香り……)
チセ「フィロメラ?」

 

諜報を専門とするサージェント家の人間であるフィロメラは、学校でも魔術で姿を隠していることが多い。体臭等も消してしまえる彼女は人に感知されないのだが、魔法使いのチセはそんなフィロメラでも"魂の匂い"とでも呼べるものを嗅ぎつけてしまう。チセがフィロメラに感じる魂の匂いはオレンジとラベンダー……初めて会った時、緊張しやすいという彼女にあげたポプリの香りだ。チセの中でその香りはフィロメラ個人の匂いと"すり替わって"いて、だから彼女は姿を隠されようがフィロメラを見つけてしまう。諜報という観点からは望ましくないこの事態がしかし、彼女を少しだけ孤独でなくしていく。
 
エリアス「ここの人間は僕みたいな者のことをあまり気にしないんだな」
 
また、別の例として挙げられるのは今回のエリアスと他の教師の会話だ。エリアスは現在カレッジの臨時教師となっているが、これはチセの付き添いのためであって自身がカレッジに興味を持ったわけではなかった。しかし魔術の実験で体が転変(異形化)した者も多いカレッジの教師達は角の生えた犬の骨のような頭のエリアスを見ても不気味がらず、彼はそこに不思議な親しみを感じている様子が伺える。チセの付き添いで始めたことがエリアスを孤独から救うなら、それもまた目的の"すり替わり"と言えるだろう。
 
フィロメラ「人前で喋るのが苦手で……あなたとわたし、どっちも一人の時になら大丈夫……」
 
オレンジとラベンダーの香りはフィロメラ自身の香りではないし、エリアスが骨のような頭なのは実験のためではない。しかしそうであるように受け止められることで、すり替えられることで彼らは友人や仲間を得ている。偽の一致であるとしても、すり替えは時に人を孤独から救うものなのだろう。最初に触れたルーシーにしても、一族を皆殺しにされた彼女がただ一人の肉親、魔力を扱う適性がなく放逐されていた兄セスと今回再会したのは魔力の枯渇によって自分が無力な状態に"すり替え"られた結果であった。
 
カルタフィルス「さあ? 少なくとも、お前の中から出てきた声には違いないよ」
 
すり替えが生むものは偽の一致である。それは人を孤独から救い、しかし欺き変質させもする。チセの中のドラゴンと不死の呪いは着実に彼女の精神を侵食しているし、学び舎の日々に潜んでいた不穏さもいよいよそれを隠しきれなくなりつつある。禁書の盗難が今回発覚したのはあくまで象徴であって、すり替えそのものはもっと広範で起きていたのだ。それによって何が変わっていたかは、今後の展開に大きな影響を及ぼすことだろう。
 
所長「ではなぜ崩れている! まさか、偽書に入れ替えられたというのか!?」
 
すり替えはいつだって密やかに行われるものだ。目に見えるようになった時にはもう、それは手に負えなくなっているのである。
 
 

感想

というわけでにまほ嫁のアニメ2期9話レビューでした。毎度指針とするアバンから何を拾えるか首を傾げ、"偽書"なら魔術的まがい物だなとすり替えに活路を見出したと思いきや今ひとつパンチが弱く。数日前にすり替えられた偽書が朽ちて発見されるという"静けさ"に目が向いてようやくレビューの着地点が見つかりました。たぶん全話終わってから見返すと色々細かな"すり替え"が見つかるのでしょうね、この2期は。さてさて、予告を見ても気になることばかりの次回はどんな話なんでしょう。
 

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