視界不良の「来世は他人がいい」。4話ではやくざな恋が吉乃や霧島の視界を奪う。けれど、盲目の恋は人を愚かにするとは限らない。
来世は他人がいい 第4話「頭がいいのか馬鹿なのか」
1.恋が見えなくするもの
翔真の前に突如姿を現した霧島。尾行してきたのかと不審がる翔真に、霧島は吉乃がここに来ることになったのは東西の抗争の誘発や抑止のためではないことを告げる。そこへやってきた吉乃は二人に腕を引っ張られることになり……!?
規則乱れる「来世は他人がいい」。4話は恋愛というものの力の大きさが描かれた回だ。といってももちろん、主人公である吉乃と霧島が糖分たっぷりのデートをするといった内容ではない。やくざ者が登場人物の本作が描くのは、どちらかと言えば恋愛の持つ対象をねじ曲げる力の方である。
翔真「お前、誰の指図で動いてんねん」
この4話は吉乃にとって血こそ繋がらないが兄である翔真と霧島の接近から始まる。前回指摘があったように翔真は桐ケ谷組組長と深山一家総長の孫同士である吉乃と霧島の縁談に抗争の火種が隠れているのではないかと疑っていたが、霧島に言わせればそれはそんな利用の仕方もあるというだけの話に過ぎない。吉乃の祖父・蓮二個人的な理由で霧島を利用していて、霧島もそれを承知で引き受けているだけ……ならば蓮二の真の目的は何か?という話に続いてもよさそうなものだが、翔真はそこを追求しない。そんな取引を受けるのは吉乃に惚れているからだという霧島がとうていまともに見えないから――恋愛の問題の方に意識が引っ張られているからだ。
霧島「ストーカーでもなんでもやりますよ、そういう約束ですから」
恋愛感情というものはしばしば、当人はおろか周囲の人間にすら煙幕のような効果を発揮する。例えば霧島は吉乃のスマホをコピーして位置情報を割り出す等ストーカー同然の行為を繰り返していたが、今回のラストで明かされたのはそれが蓮二の依頼に基づいていたという意外な事実であった。彼が吉乃の前で見せる異常性が全て演技だったわけでもないだろうが、霧島は恋愛感情を隠れ蓑にして吉乃が過度に周囲を警戒せずに済む状況を作っていたのである(もっとも、霧島が言うように普通なら気持ち悪くて逃げ出してもおかしくなく、そこは彼と孫娘の胆力を見込んだ蓮二の慧眼と言うべきだろうか)。
霧島「じゃあ1時間毎にメッセージ入れるけど、とりあえず既読にしてくれる? なにか欲しいものがあったらいつでも連絡して。すぐ帰るからね」
吉乃「お前、マジで重たい男だな……」
風邪を引いたと聞いて1kmはある場所から3分で買い物を済ませてくる、1時間毎にメッセージを入れて安否確認する……後半で風邪を引いた吉乃への霧島の甲斐甲斐しすぎる態度を吉乃が「お前、マジで重たい男だな」で済ませてしまうように、私達は恋愛沙汰に対しては判断の基準が他とは変わりがちだ。犯罪行為として一線は引くとしても、そこに納得が生じやすくはなってしまう*1。そしてこの魔術的な力はけして、単なるまやかしとしてのみ作用するわけではない。
2.賢明愚昧の恋の魔法
吉乃「あんたやっぱりおかしいわよ」
霧島「じゃあ普通になろうか?」
吉乃「は?」
恋には魔術的な力があり、それは規則や基準を特別にする。その不思議がもっとも分かりやすいのは中盤、吉乃と霧島のやりとりだ。寝取られは好きだから翔真と吉乃が付き合っていたら嬉しい、ただしそれならキスもセックスの自分が見ている前でやってほしい、最後に相手の男を手にかけて帳尻を合わせるから――今までに輪をかけておかしな言動を見せ、嫉妬と改めての異常さを吉乃から指摘された霧島は「普通になろうか」と提案する。要点さえ話してもらえれば、吉乃のためならうまくやれると思う……と。しかし吉乃から返ってきた反応は、喜ぶどころか逆鱗に触れられた龍の如き怒りであった。
吉乃「中途半端に真人間を装うくらいやったら世界で一番頭おかしい男になれ。その方が千倍マシや!」
吉乃は言う。自分は1年後にあんたを捨てて大阪に帰るつもりだが、もし万が一あんたに惚れるようなことがあれば東京に住み続けてやる。だが霧島が自分の望む男性像を演じたとしてもそんな結果にはならない。中途半端に真人間を装うくらいなら世界で一番頭のおかしい男になった方が千倍マシ、と。
映画の任侠じみた表情が語るように、吉乃の言っていることはまともではない。社会的には真人間を装ってくれた方がはるかにマシだし、まして相手がおよそ正気とも思えない異常者なのを吉乃は身にしみて知っている。けれど一方、まやかしの矯正では霧島はきっと幸福になれない。「中途半端に真人間を装うくらいなら世界で一番頭のおかしい男になった方が千倍マシ」という吉乃の恋愛基準は、霧島の人生をメチャクチャにはするだろうがなまじなプログラムよりも彼に必要な救いを言い当てていると言えるだろう。吉乃にぞっこんになっていく度、他のことが見えなくなっていく度、霧島という壊れた人間は彼なりの人間的幸せに近づいていくのだ。
霧島「正直、今は吉乃のこと好きでもいつか飽きるのかなって思ってたんだ。でも違ったよ……俺は吉乃が吉乃である限り、永遠にずっと吉乃のことが好きだ!」
「恋は盲目」のことわざにも言うように、恋愛は人から様々なものを見えなくする。だがその一方、余計なものが見えるばかりに間違えるのもまた人だ。なら恋で何かが見えなくなることは人をバカにするだけではなく、釈迦牟尼の如く真実を見抜く知恵を授けもするものではあるまいか。「頭がいいのか馬鹿なのか」の副題が示すように、恋は人を賢者にも愚者にも変える魔法なのである。
感想
以上、来世は他人がいいの4話レビューでした。前半と後半で展開上は区切りがついていることもあってどういう話なのかずいぶん悩んだのですが、最終的には副題にリンクする内容でレビューを書くことができました。病院嫌いなのに霧島への憎しみで腎臓取ってもらいに行けちゃう吉乃、本当に頭がいいのか馬鹿なのか。この作品も手強いなあ……
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— 闇鍋はにわ (@livewire891) October 29, 2024
ブログ更新。副題の「頭がいいのか馬鹿なのか」って何?という話。#来世は他人がいい#raisetanin
*1:でも現実ではやめような!