お宿の「アクロトリップ」。12話では思わぬ場所が舞台になる。が、悪路を行けば地図子は最後には「奈仁賀市」にたどり着く。
アクロトリップ 第12話(最終回)「悪路ミーツガール」
1.奈仁賀市を離れること
マシロウを連れて行く大溝社長に同行する地図子だったが、乗るのがなんと新幹線となって一気に不安に。ついでに現状への疑問まで湧き出てしまう。一方その頃、クロマは地図子の指示通り(?)ベリーブロッサムをよく見ようと彼女を縛り上げていたが……?
今を満喫する「アクロトリップ」。12話はあまり最終回らしくない回である。前回は魔法少女ベリーブロッサムのマスコットであるマシロウの過去、悪の組織フォッサマグナの裏にいる大溝社長の見えない思惑が絡んでシリアスな展開を予想させたが、蓋を開けてみればなんとみなで温泉旅行をして終了。正直に言えば、私もずっこけたのが最初の反応であった。原作はまだ先があるそうで、尻切れトンボといえば尻切れトンボなのだが――同時に、このアニメはたどり着くべき場所へちゃんとたどり着いている。
地図子(まさか、新幹線に乗せられちゃうとは……)
この12話で最初に注目したいのは、主人公の地図子が奈仁賀市を離れていることだ。前回、ベリーブロッサムのところへマシロウを戻すべく大溝社長の誘いに乗って同行を決めた彼女は今回、打って変わって不安にかられている。新幹線に乗るほど遠くに行くとは思わなかったし、大溝社長はいつも笑顔で逆に何を考えているのか分からない……どうなるのか見当もつかない状況に、地図子は自分の今の立場のおかしさにまで思いを巡らせてしまうほどだ。
自分はフォッサマグナや魔法について何も知らないできたがそれでいいわけがない、そもそも悪の組織の幹部なんて社会的に後ろ指さされることをしていていいのか。地図子の不安はある意味冷静である。フォッサマグナ総帥クロマの間抜けなノリに流されてきたがこれまでの日常は確かにまともではなく、彼やふだん生活している場所から離れていることが地図子を我に返ったような心地にさせているのだ。奈仁賀市を離れることは地図子にとって肉体のみならず精神の移動でもあり、高速にして遠くまで走る新幹線はその大移動を象徴していると言えるだろう。
地図子「どうなるのかな、この先……」
この12話、奈仁賀市を離れた地図子はこれまでの自分でいられなくなってしまっている。だが、彼女にとって重要なのは地理的な意味でのN県奈仁賀市だろうか?
2.悪路の先に奈仁賀市あり
奈仁賀市を離れれば伊達地図子は今の地図子でいられなくなってしまう。しかし、彼女にとって重要なのは座標としてのN県奈仁賀市ではない。
新幹線から次の新幹線に乗り換えると告げられ、いよいよ不安に耐えられなくなった地図子の前に現れた人物――それはクロマ、そしてベリーブロッサムであった。クロマがなぜ地図子の場所を感じ取れたのか? その力の根拠は明かされていないが、彼らが現れたことで状況は一変する。大溝社長は先述したクロマの謎に興味津々、大人しくキャリーバッグに収まっていたマシロウも思わず姿を現しベリーブロッサムはそこに突撃、そして大好きなベリーブロッサムの出現に地図子はいつもの1ファンに……この時、地図子と地図子の周りはふだんと全く同じだ。座標は全く違っても、奈仁賀市にいるのと変わらないやりとりがここにはある。そして大溝社長の目的地はなんと草津温泉という非日常的な場所であったが、彼の指示で現地には地図子の祖父や(元)父、そして大溝社長の娘だった心亜とその側近である月(ついでに元新総帥のヒュー)も招かれていたことで場の空気は完全に旅行に移行してしまったのだった。
地図子「えぇー!? おじいちゃん!」
相当に奇妙なやり方だが、地図子の祖父たちの登場は言ってみれば「旅の中で出会い分かれた仲間たちが決戦で集結!」するバトル漫画的な構図と変わらない。大溝社長と地図子(とマシロウ)だけではどうしてもぎこちなかった……苦戦を強いられていた奈仁賀市的な世界が、応援にかけつけたいつものメンバーによって草津にまで顕現したのだ。これが勝利でなくてなんだろうか? 地図子と彼女の周囲のいつもの世界は、伏線回収をはじめとしたいかにも最終回らしい緊張感、最終回らしい非日常にすら打ち勝ってしまったのだった。
地図子「あのねお母さん。私がおじいちゃんと一緒に住むのをオッケーしてくれて、ほんとうにありがとう」
母「ん?」
地図子「私ね、奈仁賀市に来てよかった。悩んだり迷ったりすることもあるけど……うん、私、今の毎日がとっても好き! だからもうちょっとここで暮らしていたいよ」
温泉に入って食事に舌鼓を打って、歌ってはしゃいで大いに盛り上がって――宴もたけなわを過ぎた頃に母からかかってきた電話に出た地図子は、奈仁賀市に住むのを許してくれた母に改めて感謝を伝える。引っ越し準備のため一時祖父の世話になるだけのはずだったこの場所に留まらせてくれたことに感謝する。今回ちょっと離れただけで我に返ってしまったように、この時間は永遠には続かないかもしれない。悩んだり迷ったりすることもある。けれど地図子にとって奈仁賀市での日々は、いやベリーブロッサムやクロマたちと一緒の時間はなににも代えがたい。馬鹿馬鹿しくて楽しくて愛おしい、もうちょっとだけここで暮らしていたいと思える場所がそこにはある。地図子にとっては、今目の前にあるかけがえのないもの全てが「奈仁賀市」だ。
母「よし。今度遊びに行くから、私にも紹介してね! それまで元気にやりなさい」
「アクロトリップ」は奇妙な進行の作品である。伏線らしきものはあるし活かされてもいるが同時に放り投げられてもいて、あらすじとしてまとめようと思ったら悪路を進んでいるとすら言っていい。けれど、この悪路の道中のくだらない出来事の数々にこそ本作の真髄はある。悪路を行くから地図子と本作は「奈仁賀市」にたどり着けるのだ。
感想
以上、アクロトリップのアニメ12話レビューでした。最初見た時はおおお?という感じだったのですが、一晩過ぎてみると電話のシーンがたまらなく素敵に感じられるようになっていました。お母さんの声も嬉しそうでもう。
名状しがたい本作の魅力を端的に表し、同時に地図子にとって大いなる一時引っ越しだった奈仁賀市住まいを問い直す。一般的に最終回に重要と思われるものをぶん投げてなお最終回らしい、抜群の締めくくりだったなと思います。私は謎が知りたいというより彼女たちの日々を見ているのがとにかく幸せだったんだと再認識できました。まあ、これは原作の最後までアニメをやったわけではないらしいと知っているから言える話でもあるのですが。そっちまで見たいぞ。
購入済みの原作はこれから読みます、ブルーレイも予約した! スタッフの皆様、素晴らしい作品をありがとうございました!
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悪路の先に奈仁賀市あり――「アクロトリップ」最終回12話レビュー&感想https://t.co/2tx1HJyzST
— 闇鍋はにわ (@livewire891) December 19, 2024
ブログ更新。本作の舞台が某市から奈仁賀市になった必然が見えてくる話。ありがとう地図子、ありがとうアクロトリップ。#アクロトリップ#acrotrip