誠実さと悪徳――「BanG Dream! Ave Mujica」1話レビュー&感想

©BanG Dream! Project

密やかな「BanG Dream! Ave Mujica」。1話では主人公、豊川祥子のこれまでが描かれる。彼女が被るのは悪徳の仮面である。

 

 

BanG Dream! Ave Mujica 第1話「Sub rosa.」

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1.敗北し続ける誠実

メンバー全員が顔を隠した謎のガールズバンド「Ave Mujica」。その中心的メンバーであるオブリビオスの正体とは、CRYCHICを突如辞めた豊川祥子であった。仮面の下で彼女が企てる物語とは……?

 

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オブリビオニス「さあ、はじめましょう! 今宵のマスカレードを!」

 

装いの「BanG Dream! Ave Mujica」。大反響を呼んだ「BanG Dream! It's MyGO!!!!!」の続編にあたる作品だが、主軸となるバンドは大きく趣が異なっている。音楽を演奏するだけでなく人形を装うことで独特の世界観を演出、メンバーも世間的には正体不明……ガールズバンド「Ave Mujica」の物語を眺める上ではやはり、彼女たちが顔を隠す仮面に注目したいところだ。この1話レビューでは、主人公である豊川祥子を追っていくことで彼女の仮面が何なのか探ってみたい。

 

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祥子「わけわからないこと言ってないで、ほら、しっかり!」

 

1話では「MyGO!!!!!」メンバーの多くが以前所属していたバンド「CRYCHIC」を祥子が脱退した経緯が明かされているが、そこで改めて感じられるのは彼女の気高さだろう。裕福な生まれが育んだ品位ある振る舞いとそれを鼻にかけない謙虚さ、(勘違いだったが)自ら命を絶とうとする人がいれば即座に止めに入る行動力。祥子は母の人を愛する心と父の誠実さを最上の形で受け継いだ、非の打ち所のない「お嬢様」である。だが、幸福に必要なものを全て兼ね備えて見える彼女に天が与えたのは陽の当たる道のりではなかった。

 

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祥子が、そしてその両親が受け続けている苦難とは、彼女たちの美徳が幸福を約束しない不都合な現実である。母が早くして亡くなったように病は心根と関係なく人を襲うし、父が責任をとって婿養子の座から降りなければならなかったように世の中には人を信じる心に付け込む詐欺師もいる*1。祥子が健気にも家を出て父を支えようとしても、訳ありの中学生を雇ってくれるところなどどこにもない……辛い日々の中で彼女はバンド活動に幸せを見出していたが、父が失意から酒に溺れ警察に保護される状況では仲間たちにあえて不誠実な言い方をしてそこから脱退せざるを得なかった。

 

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誠実さは美徳である。しかし同時に、祥子の誠実さは常に敗北を続けてきた。ならば勝利を、成功を求めるなら自然と選択肢はその逆になる。誠実にではなく、人の道にそむく心や行いをすればいい――すなわち、悪徳をなせばいい。

 

2.誠実さと悪徳

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立希「こんなのバンドじゃない」
愛音「バンドですぅー」

 

世界が誠実に報いないなら、自分たちは悪徳をもって世界に報いよう。祥子が新たに結成したバンド「Ave Mujica」は、そういった意味で極めて悪徳的である。顔を隠したバンドメンバーのミステリアスさが人々の興味を引き、人形であるとの設定に基づきライブの中で寸劇まで披露する。「MyGO!!!!!」の立希のように「こんなのバンドじゃない」と評する人がいてもおかしくない、一種の邪道のバンド活動である。けれどこうした悪徳が「Ave Mujica」に注目を集め、メジャーデビューから史上最速の速さで武道館ライブを成し遂げるほどの人気の一因となったのは否定できないところだろう。

 

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初華「さっき感動しちゃった」
祥子「?」
初華「Ave Mujicaのことすごく大切にしてくれてるんだ、って」
祥子「それはそうですわ、皆さんの人生を預かるのですから」

 

悪徳は「Ave Mujica」に勝利をもたらしている。けれど一方で、祥子が誠実さを捨てきってしまったかと言えばそれも誤りだ。楽屋以外では仮面を外さないようメンバーに厳命するのは「Ave Mujica」の世界観を大切にしているからだし、メンバーを誘う際に言ったという『残りの人生、わたくしに下さい』なる言葉に彼女は他人を私物化するのではなく人生を預かる意味を見出している。根っこの部分の誠実さはどうしても抜きようがないのだ、豊川祥子が豊川祥子である以上は。そこにやはり彼女の抜き去り難い美徳があり、同時にその限界がある。祥子は酒浸りの父をそれでも献身的に支え続けていたが、その誠実さは結局彼を救うことができなかった。むしろあまりにも正しい彼女のまぶしさは、かえって父にみじめさを感じさせるだけに終わったのだ。ほんの一筋残っていたであろう希望は、誠実さが未来をもたらしてほしいという願いはここに潰え、だから祥子は「クソ親父」と吐き捨ててもう家には戻らないことを決める。いや、おそらく彼女はこの時、自分がもうかつての自分には戻れないことを悟ったのだ。

 

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にゃむぴ「あんたに必要なのは完璧な身だしなみと、完璧な――笑顔!」

 

「Ave Mujica」のライブがなすべきものは悪徳である。その世界観を作ることも美しい楽曲を作ることも祥子にはできるが、メンバーの一人オブリビオニスの仮面をかぶろうと彼女1人で悪徳を完遂することはできない。だが同時に、彼女はけして1人ではない。同じくメンバーの1人、アモーリスとして仮面をかぶっていた祐天寺にゃむという女性は突如自分や仲間の正体をライブ中に明かす蛮行に走るが、これが飽きやすい世間の注目を集めるために有効なのは劇中で既に指摘されていた通り。「Ave Mujica」であることで祥子は己の誠実さの壁を突破することができた。「仮面をかぶることで」自分の拡張に成功したのだ。だからこそ彼女には、他人の残りの人生を預かってまで1人でなくなる必要があった。

 

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祥子がかぶる仮面、それは単なるマスクではない。身元を隠すためだけのものでもない。彼女がしているのは己の誠実さを悪徳に変換するための、限界を突破するための仮面だ。「Ave Mujica」というバンドはおそらく、存在そのものが豊川祥子の正体を隠すための――太陽の光で焼くのではなく、月の光で蘇らせるための大いなる仮面なのである。

 

感想

以上、アニメムジカの1話レビューでした。最初は仮面にしか意識がなかったのですが、繰り返し見ている内にこれは誠実さの敗北なんじゃないか……というイメージがわいてきてこんなレビューになった次第です。誠実さを裏切られ自らも誠実さを裏切り、その果てに誠実さを見つけ直す物語なのじゃないかな、と。
このシリーズについては先日総集編で触れたばかりなのですが、30分アニメで見ると本当に目が離せませんね。毎週の放送が楽しみです。

 

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*1:「運が悪かった」という祖父の言葉からは、能力や努力の不足ではなかったことがうかがえる