やり直しの「全修。」。アニメ用語に由来するタイトルの本作ががリテイクするのは、主人公の好きなアニメ作品――ではない。
全修。 第1話「始線。」
1.何をリテイクする物語なのか
広瀬ナツ子はアニメーターである。若くして頭角を現し監督にまで抜擢、大ヒットを飛ばした彼女だが、次の長編映画の絵コンテが描けず行き詰まっていた。そんな折、誤って消費期限切れの弁当を食べてしまい意識を失った彼女はなんと、昔大好きだったアニメ「滅びゆく物語」の世界で目を覚まして……!?
ナツ子「コスプレ? めちゃくちゃ完成度高くない?」
MAPPA製作のオリジナルアニメ「全修。」。1話ではアニメーターである主人公が、大好きな作品「滅びゆく物語」の世界に入り込む不思議な出来事が描かれる。いわゆる異世界転生ものっぽい展開だが、目を引くのはやはり本作のタイトルだろう。「全修。」……オールリテイク(全部やり直し)を意味するアニメ用語が出自のタイトルは他とは一線を画しており、ありきたりでない作品にしようという強い意識が感じられる。だが、いったい本作は何をリテイクするというのだろうか? 今回はリテイクの対象が何なのか仮説を立て、本作のタイトルについて考えてみたい。
「全修。」は何をリテイクするのか。候補に挙げる人がもっとも多いのはおそらく、舞台となるアニメ作品「滅びゆく物語」の展開についてだろう。ファンタジックな冒険活劇を予感させるビジュアルと裏腹の鬱展開が不評を買い興行的に大失敗、世間的にも評価されないいわゆる駄作「滅びゆく物語」……1話は仲間の1人が死ぬ展開を主人公の広瀬ナツ子が覆しており、そこには確かにリテイクされているものがある。だが、今回彼女がやったのはあくまでワンシーンの変更でしかない。その手段、アニメーターである彼女が描いた巨○兵もどきが顕現し光線で敵の大群をなぎ払う様は確かに派手だが、今後も続く鬱展開そのものまで覆したわけではないのだ。つまりこれはリテイクであってもオールリテイクではない。「全修。」ではない。
ナツ子(何回見てもわけわかんない。でもそこがいいんだよなあ……)
また、もう一つ注目したいのはナツ子自身は「滅びゆく物語」に不満を抱いていない点である。駄作というのはあくまで世間的評価であって、彼女は何回見ても意味が分からないと言いながらこの作品が好きでたまらない。鬱展開でさえなければと考えていたわけでもないのだ。目の前で命が失われることへの拒否感から展開を変えはしたが、ナツ子にはいわゆる悪役令嬢転生もののような原作展開回避への強いモチベーションは存在しないのである。
物語にはモチベーションが要る。どんなに奇妙な展開だろうと、そうでなければならない必然性が要る。「滅びゆく物語」への介入にそれがないならば、次に探るべきは主人公そのものだろう。……なぜ、ナツ子は「滅びゆく物語」の世界へ行かなければならなかったのだろう?
2.広瀬ナツ子をリテイクせよ
ナツ子はなぜ「滅びゆく物語」の世界へ行かなければならなかったのか。これを考えるにあたっては、別に伏線を探り展開の予想をする必要はない。必要なのは彼女の抱えている問題を考えることだ。現実世界では解決不能な問題が見つかれば、それは異世界へ移動する物語上の"モチベーション"になる。広瀬ナツ子の抱えている問題――それはおそらく「人間でない」ことだ。
自分でも不思議がるように、ナツ子は一見して異世界に転生する必要のない人物である。高校卒業後に就職したスタジオでアニメーターとしての才能を発揮、あっという間に監督デビューして作品は大ヒット。経歴からすれば順風満帆という言葉がこれほど似合うクリエイターもそうはいまい。けれど一方で、この成功は広瀬ナツ子個人を社会から遠ざけてもいる。
社長「わー、そっちが顔か」
有名人とは大変なものだ。世間的な注目が集まる分好き放題に言われることが多く、その存在は人間を一種のコンテンツにすら変えてしまう。ナツ子のエゴサしたSNSの検索結果でも、投稿されていたのは毀誉褒貶入り混じった気軽な言葉の数々だった。また大ヒット作家という経歴は周囲からの遠慮も生んでおり、これも見ようによっては一種の非人間的な扱いだとも言える。周囲に頼ろうとしない当人の性格もあって、アニメーターでない「広瀬ナツ子」は人間性を失いかけているのだ。
絵コンテを切れるまでと願掛けに髪を伸ばし続けて表情の見えなくなった彼女の顔は、単なる貞○のパロディに留まらずナツ子個人が消えかけている現状をよくよく反映している。この問題は現状、現実世界では解決できないものだ。だから彼女は異世界へ飛ばなければならない。自分を人間扱いする人たちのところへ行かなければならない。
ユニオ「ルーク、こういうヤバいやつに関わらないほうがいいぜ?」
「滅びゆく物語」の世界の住人は、当然ながらナツ子のことを知らない。作品の主人公であるルークからすれば有名作品の監督だと言われても何のことやらだし、伸びた髪で隠れた顔からは人間種でない可能性すら考えてしまうほどだ。言い換えるなら、彼らの目の前にいるナツ子はただナツ子でしかない。現実世界でのあらゆる社会的肩書から切り離された、ただ1人の広瀬ナツ子がそこにはいる。
ルークたちを襲う敵、「ヴォイド」の大群を止めるため彼の仲間が自爆魔法を唱えるのを止めようとしたその時、ナツ子の長過ぎる前髪は開かれその顔はあらわになる。青緑の瞳と両耳のピアスが見ている方を吸い込むような素顔と、描いたコンテがなぜか具現化してしまう魔法のような力……それらは現実世界では彼女が失っていた力だ。大ヒットとなる初監督作品を作っていた時の彼女はきっと、程度の差はあれどいつもこんなふうに魔法のような力を発揮していたのではないだろうか。そんな彼女を目にすれば、初対面の印象の悪さから邪険に扱っていたルークが「お前、誰だ?」と改めて聞いてしまうのも無理はない。今この時、彼女は物語開始時点とはまるで別人のようになっている。言い換えるならそう、
ルーク「広瀬ナツ子だ」
ユニオ「え?」
ルーク「広瀬ナツ子。現実の国から来た、『アーニメーター』だ」
「滅びゆく物語」の中で素顔と不思議な力を見せたナツ子は、アニメーター・広瀬ナツ子ではない。「現実の国から来たアーニメーター」だ。その「転生」はきっと、現実世界で絵コンテが描けず行き詰まりを迎えていた彼女に変化をもたらすことだろう。これから先に待ち受けているのがなんだろうと、それはきっと広瀬ナツ子をまるごと作り変えるような大きなリテイク=オールリテイクの旅になるはずだ。そう、異世界転生とは現実世界で望みの叶えられなかった人間が異世界で自分の人生をやり直すこと――リテイクすることではなかったか?
本作はリテイクの物語である。けれど、アニメ用語に由来するタイトルの本作がリテイクするのは劇中の物語ではない。「全修。」はきっと、広瀬ナツ子という主人公を全修する物語なのだ。
感想
以上、全修。1話レビューでした。最初は何を楽しんだらいいのかさっぱり分からなかったのですが、不満の理由だったナツ子のわけの分からなさや彼女の素顔が後半になって描かれる必要性を考えていくとこんなレビューになった次第です。そして書いたように考えてみるとがぜん面白く感じてきました。先の読めないオリジナルアニメの楽しさを堪能していきたいです。
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広瀬ナツ子をリテイクせよ――「全修。」1話レビュー&感想https://t.co/oVmuqrfn61
— 闇鍋はにわ (@livewire891) January 6, 2025
ブログ更新。本作がリテイクするのは「滅びゆく物語」ではないんじゃないか、という話。期待大!#全修 #ZENSHU #zenshuu