一番近くて、一番遠くて――「全修。」7話レビュー&感想

©全修。/MAPPA

トゥンクする「全修。」。7話ではナツ子の過去が描かれる。見えてくるのは「滅びゆく物語」と初恋の距離である。

 

 

全修。 第7話「初恋。」

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1.ナツ子と初恋

広瀬ナツ子は小さい頃から変わった子であった。これは、そんな彼女の今までの断片の話……

 

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半生の「全修。」。7話はナツ子の過去を中心とした回である。『初恋。』なる副題からは彼女のそれを描く回のように思われるが、ふたを開けてみれば彼女は初恋をされる方で自身が恋愛感情を抱く場面はない。小学校の同級生の市橋ミドリ、中学生時代は陸上部員の二ノ宮シュウ、高校時代は大学のアニ研に所属する蒼井三郎、そして成人後は就職先のアニメスタジオの女社長から……その恋模様はまさしく四者四様だ。今回はこのてんでバラバラな初恋たちから見える、ナツ子にとっての『滅びゆく物語』と初恋の距離について考えてみたいと思う。

 

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社長(久しぶりに見つけた天才、広瀬ナツ子……トゥンク……)

 

既に述べたように、今回描かれる恋模様はどれもが大きく様相を異にするものだ。ミドリのそれは「これが私の初恋だったのかも」と振り返るような本当に淡いものだったし、二ノ宮の恋はナツ子の絵への探究心を誤解した独り相撲。蒼井の場合は天才を見てしまった凡人の挫折に近いし、社長がナツ子に感じている初恋に至っては108回目の上に金の匂いだったりする。だが、これらに何の共通点も無いのかと言えばそれは否だ。なぜなら、4つの初恋はどれも必ずナツ子との別離・・・・・・・で終わっているのだから。

 

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蒼井「ふふふ……調子に乗っていられるのも今の内だ。俺がアニメ業界に入ったら光の速さでお前を超えていく! 大巨匠に! 俺はなる!」
大学生「その前に大学卒業してくださいよ」

 

ナツ子は4人の人間から「初恋」をされているが、それはどれも実っていない。ミドリは家庭の事情で転校することになってしまったし、二ノ宮はナツ子が自分を見ていたのは単に走る姿のモデルにしていただけと知って告白すら叶わず失恋。アニメ業界への就職を志しナツ子と同業になっていた可能性もあった蒼井は彼女の才能に将来を狂わされ、監督を目指すどころか大学でくすぶり続ける有様。社長に至ってはナツ子が誤って消費期限切れのはまぐり弁当を食べたことで死に別れ(?)と、全てが別離に終わっているからだ。一番好きになった、一番近くに感じた相手と一番遠くに離れているのが4つの初恋の共通点なのである。そして、この逆説は4人に対し恋愛感情の無かったナツ子ですら無縁ではない。4つのドラマが描いている通りナツ子の人生の傍らにはしばしば初恋があって、けれど彼女自身はそれに全く気づくことがなかった。4人にとって一番近くて一番遠いのは初恋の対象であるナツ子だが、ナツ子にとっては初恋そのものが一番近くて遠い存在――いや、一番遠くて一番近い存在だったのである。

 

2.一番近くて、一番遠くて

ナツ子にとって一番遠くて一番近い存在、初恋。だが、彼女にはもう一つこの逆説の対象となる存在がある。その人生で常にもっとも近くにあった作品、そう、『滅びゆく物語』だ。

 

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クラスメイト「そんなに面白かったんだ、『滅びゆく物語』」
ナツ子「うん、よく分かんなかった!」
ミドリ「え?」
ナツ子「でもそこがいい。わけの分からないところが好き!」

 

幼き日に子ども会のイベントで『滅びゆく物語』を見た彼女は、以来すっかりそれに夢中になった。アニメ雑誌を写本し脳裏に焼き付け、「どんな表情でも目をつぶってても描ける」とまで豪語するほどのめり込んだ。けれど一方で彼女は、本作がどうしてこんな物語になったのかは皆目分からずにいる。好きだが理解からは程遠く、そしてその程遠さをむしろ愛してすらいる『滅びゆく物語』ほど彼女にとって遠く、同時に近い存在はあるまい。

 

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4人の視点から描かれた初恋と近似していたであろう夢から目覚めたナツ子は、ルークたち仲間との時間を心から楽しみながらも1つの疑念を覚える。「『滅びゆく物語』って、こんな幸せでいいんだっけ……?」と。作品の中に転生(?)した彼女にとって、『滅びゆく物語』は今もっとも身近なところにいる。けれど同時に、彼女の介入で大きく展開を変えたこの世界はもはやナツ子の知っていたそれではない。今の『滅びゆく物語』は彼女にとって一番近く、一番遠い存在である。初恋という一番遠くて一番近い存在を描けず現実でもがいていた彼女が、このままただ幸せの中に耽溺することなど物語として許されるだろうか? 許されるわけがない。だからこの7話は最後、「いいわけねーだろ」とナツ子に痛烈なツッコミを入れて終わる。『滅びゆく物語』の監督・鶴山亀太郎の転生であろう「鳥監督」による展開修正へのダメ出しという形で、彼女のいまだ向き合えていない問題をえぐり出して次回に続くのである。

 

『滅びゆく物語』とナツ子の次回作『初恋-ファーストラブ-』には、彼女の初恋には、これまで直接的な関わりはなんら見えてこなかった。この物語の中で一番遠くにあった。けれどナツ子を通してみれば両者はけして無縁ではなく、性質としては一番近くにすらある。その重なりはきっと、折り返しを迎えた本作を加速させる起爆剤になっていくことだろう。

 

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ナツ子「脳裏に焼き付けたミドリちゃんと、ルークを描いたよ。巨匠のサイン入り」

 

ナツ子の過去を見せる7話が描いているのは、彼女にとっての『滅びゆく物語』と初恋の距離である。一番近くて、一番遠くて、あまりにも不思議なその距離を私たちは見ているのだ。

 

 

感想

以上、全修。の7話レビューでした。遅くなってしまってすみません。弁証法的な構造が全然見えてこず頭を抱えながら視聴を繰り返したのですが、9回目で蒼井が大学8回生になっているのが他の3人と同じ別離なんだと気付いてからは一気に自分の中で話がまとまっていきました。滅びゆく物語がマイフェイバリットムービーなら、ナツ子と作品について語り合ってたらもうちょっと違う未来があったんじゃないかな蒼井さん……ミドリや二ノ宮を含め、ゲストキャラの演技が印象的な回でもありました。さてさて、次回は『告白。』Webで上がっている予告を見てもドキドキの展開が待っていそうです。

 

 

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