見えない半回転――「メダリスト」10話レビュー&感想

©つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

夜を飛ぶ「メダリスト」。10話ではいのりがダブルアクセルに挑戦する。必要なのは見えない半回転を飛ぶことだ。

 

 

メダリスト 第10話「夜に吠える」

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1.1回転と半回転

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西日本小中学生大会から数ヶ月。司とバッジテストに専念したいのりはなんと5級にまで昇格、2度目の名港杯の同枠でも優勝する長足の進歩を遂げていた。光と勝負できるようになるまではあと1級、しかしその条件であるダブルアクセルは多くの選手にとって壁となるジャンプでいのりもなかなか成功させることができない。そんな折、司のルクス東山FCはなんとオリンピック銀メダリストの鴗鳥慎一郎から息子の理凰をしばらく指導してほしいと頼まれ……!?

 

挑戦の「メダリスト」。10話はいのりが次の目標を定める回だ。心のライバルである狼嵜光との勝負を目指す彼女が、そのために越えるべきラインを考える回……と言ってもいいだろう。今回は「見えない半回転」を鍵にその目標を追っていこうと思う。

 

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いのり「1回転の時から思ってたんですけど、ダブルアクセルって2回転半というより3回転小ですよね……」

 

まず、階級の観点でいのりに必要なのは6級の合格である。前回からの数ヶ月で5級に合格=4階級に合格した彼女ならなんてことなさそうにも思えるが、合格に必須のダブルアクセル=前向きに飛んで後ろ向きに着氷するジャンプの難易度は他とは段違いに高い。半回転の追加が選手の感覚としては1回転余分に飛ぶのに近いと劇中では語られるが、多くの選手が6級で挫折するのはその半回転のギャップを埋められないがためなのだろう。5級と6級の間には実際は4階級分以上のギャップが、「見えない半回転」が横たわっている。そして、それを飛ぶためのヒントは氷の上にあるとは限らなかった。

 

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理凰「まあでも、どこでもよかったんだけどね。あのジジイがいる名港から離れられれば」

慎一郎「理凰!」

 

今回は鴗鳥 理凰(そにどり りおう)という少年が一時的にいのりのルクス東山FSCへやってくる話でもあるが、一見すると彼はいのりと全く別種の人間だ。父親が元オリンピックの銀メダリストというサラブレッドという経歴に加え、初対面のいのりを「ブスエビフライ」と呼んだりするなど屈折したところがあって口も悪い。父親の慎一郎に司が恐縮するのと同様、いのりにとってどこか隔絶したところにいる人間だったのだが――共に練習する中で見えてくる彼の実像はそこまでいのりと離れたものではない。数少ないスケートの男友達の颯太の前ではあどけないくらいの表情を見せるし、スケートの階級も実はいのりと同じ5級。警戒していた彼女は同族意識すら覚えるのだが、理凰の方はそうではなかった。

 

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理凰はいのりが苦戦しているダブルアクセルを苦も無く飛び、男子と女子では6級の合格条件が違うことを語る。男子の自分が合格するにはダブルアクセルどころか3回転2回転のコンビネーションを飛ばなければならないのだ、と。階級こそ同じでも理凰といのりの間には明確な差が、「目に見える半回転」とでも呼べる差が横たわっている。いのりにとって、彼との対峙はダブルアクセルの半回転追加に対峙するのと同じ意味を持っているのである。

 

2.見えない半回転

いのりにとって理凰は、自分の半回転先を行く存在である。だがそれでもやはり、いのりが理凰に抱いた同族意識は勘違いではない。

 

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理凰(夜鷹純、狼嵜光。2人の才能を目の当たりにしたら前向きになんかなれない。ちょっとくらいできたからって、喜ぶなんてできない)

 

理凰は確かに口が悪いが、そこには無愛想に振る舞うことで必死に自分を守ろうとする弱い心があった。幼馴染の光は自分とは比べ物にならないスピードで上達し続けているし、彼女を指導する金メダリストの夜鷹純も腹の立つ相手だがその実力は認めざるを得ない。彼が周囲に対しそっけなく振る舞うのは、2人に勝てる気がしない自分を必死で隠したいからだ。父とは違う自分の滑りを司が褒めてくれたのが嬉しいにも関わらず態度に出せないほど彼の心は屈折してしまっていて、だからその実力も伸び悩んでいる。彼が光に感じているのもまた、「目に見える半回転」の差だ。立場こそ大きく異なるが、やはりいのりと理凰は同じ5級のスケート選手なのである。なら、もしいのりが理凰の先の半回転を飛んでしまったら? 彼がぶつかっている壁を彼以上に突破してしまったら?

 

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いのり「私たちは! 夜鷹純さんが教えてる光ちゃんに勝つ!」

 

戸惑いから司を侮辱する物言いをしてしまった理凰に激怒したいのりは、自分たちは全日本ノービスに出場し光に勝つんだと叫ぶ。ダブルアクセル程度では話にならないと言われれば、自分より先に3回転2回転のコンビネーションジャンプを降りるとまで言ってのける。理凰からすればこれが馬鹿げた発言なのは言うまでもないだろう。自分が飛べず苦しんでいる半回転を、自分より更に半回転下で苦戦している相手が飛ぼうというのだからとうてい実現可能とは思えない。だが既に語られたように、ダブルアクセルとは選手にとって3回転への挑戦に等しいものではなかったか? 感覚的には1回転同然の半回転を、「見えない半回転」を飛ぶものではなかったか? いのりにとってのそれは、半回転とは3回転2回転のコンビネーションジャンプへの挑戦だ。それも理凰よりも先に飛んで見せることだ。光に追いこうといのりの心がもう1回転するその時、彼女の身体はきれいに半回転する。事実、司に3回転2回転の指導を頼むいのりは、本当は既に陸ではダブルアクセルを飛べるほどのフィジカルを身に着けていた。

 

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司「目指そう、全日本ノービス! 狼嵜光選手と同じ舞台を!」

 

いのりがダブルアクセルを飛ぶために必要なのは、見えない半回転を飛ぶことだ。そして、見えない半回転は氷の上にあるとは限らないのである。

 

感想

以上、メダリストのアニメ10話レビューでした。コンビネーションジャンプが半回転分なんだ、というのはすんなり思いついたのですが、それを説明するにあたっての理凰の位置づけに少し悩みました。3回転と2回転の真ん中に立っているのが彼なんですね。大会ではないけどこれはいのりと理凰の勝負であり、同時に大会じゃないから理凰の救いに(つまり父が望む変化に)もなるものなんだと思います。
名港杯や西日本小中学生大会とはまた違った面白さの出てきた回でした。次回も楽しみ。

 

 

 

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