沈黙の魔術――「サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと」1話レビュー&感想

©2024 依空まつり・藤実なんな/KADOKAWA/セレンディア学園広報部

言の葉紡ぐ「サイレント・ウィッチ」。アニメ第1話では魔術の不思議が描かれる。沈黙、それもまた魔術。

 

 

サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと 第1話「同期が来たりて無茶を言う」

silentwitch.net

1.話術と魔術

魔術には詠唱がいる。リディル王国にはしかし、この常識を覆す魔術師がいる。モニカ・エヴァレット、王国最高の七賢人に選ばれた「沈黙の魔女」……しかしその正体は極度の人見知りと上がり症であり、無詠唱魔術も人前で発話せずに済むために編み出したものであった。田舎で隠棲していた彼女はある日、同期の「結界の魔術師」ルイスの訪問を受け……?

 

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依空まつり原作の小説をStudio五組の制作でアニメ化となった「サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと」。モニカの暮らす山小屋周りの美術や登場人物の細かな所作からリッチさの伺える作りだったが、私としては本作における魔術の扱いに興味を惹かれるところが大きかった。今回のレビューではそのあたりを書いていきたいと思う。

 

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第1話は「竜害」と呼ばれるモンスター災害に立ち向かう騎士や魔術師の戦いから始まるが、強調されているのは魔術における詠唱の必要性だ。人の背丈を遥かに越える竜には魔術でもなければ対抗できず、しかしそのためには魔術師が詠唱する時間を稼がねばならない。我々には何を喋っているのか見当もつかない言葉の数々が魔術には必要で、それなしには人は魔力を行使できない――ゲームや漫画でも散々描かれてきたルールだ。しかし、人が言葉で魔力を行使するのはファンタジー世界に限った話ではない。

 

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本作の主人公、モニカはこの第1話で第二王子フェリクスを隠密裏に護衛するよう言われるが、彼女にとってこんな任務は本来考えられないことだ。面識がない相手を前にするだけで痙攣、嘔吐や卒倒するほどコミュニケーションに難を抱えた人物に学生になりすましての護衛をせよとは同じく七賢人のルイスも無茶を言う。言い換えるなら、そんなモニカに首を縦に振らせるのは一種の「魔術」に等しい。

 

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実際、ルイスの弁舌は魔術的に巧みである。頼みがあると前置きしながらも本題にはすぐ触れず、自分がやればいいという逃げ道だけは先に潰しておく。いざ護衛の話となれば畳み掛けて判断の猶予を与えない……モニカは気がつけば彼の結界に囚われ、首を縦に振るしかなくなっていた。彼女からすればおそらく、「絶対できるわけないのに、どうして引き受けちゃったんだろう」と半ば狐につままれた心地だったのではないだろうか。モニカ相手でこれなら出入りしている社交界ではもっと狡猾に振る舞っているはずで、つまりルイスにとって会話は魔術式を編むための詠唱であり、話術とは不可視の魔力に触れる魔術なのだ*1

 

2.沈黙の魔術

物理としての魔力を行使する「魔術」のみならず、言葉は我々にとって詠唱であり魔術式である。けれど一方、言葉は口にするものばかりではない。

 

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やむなく護衛を引き受けることとなったモニカはルイスの屋敷を訪れることとなるが、その妻ロザリーはモニカを見るやいなや触診し患者として対応せずにいられなかった。彼女が見るからに不健康で、その事実は体調を聞くまでもなく雄弁に語られて――言葉になっていたためだ。ルイスが手袋の下に隠した殴りダコにモニカが恐怖するのもそうだが、人の行動はしばしば無詠唱で魔術式を編むことがある。

 

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例えばモニカが学園に生徒として潜入するための「伯爵令嬢にいびられる養女」なる設定は先方に迷惑をかけかねないものだったが、ルイスの考案したこの魔術式に当の伯爵や令嬢イザベルはむしろ大乗り気だった。モニカが3ヶ月前に伯爵の領地を竜害から守ってくれたことに感謝するが故であったが、してみれば彼女はあの時伯爵たちをも魔術にかけてしまったのだろう。ただの魔術ではない、「沈黙の魔女」らしい無詠唱の魔術で。

 

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イザベルが回想する、モニカが竜を撃退する様子は美しいとともに「沈黙」である*2。町が複数消えた記録すらある黒竜を死傷者ゼロで撃退、更には統率者を失って暴れ出した翼竜の群れすら1匹残らず眉間を打ち抜き、被害が出ないようにそれを風で運び、更には何も言わず立ち去る……建物の損壊の描写こそあるが、皆が覚悟した事態からすればこれは何も起きなかったも同然の解決であろう。モニカは、災害を何から何までほとんど「沈黙」させてしまった。そういう魔術式を無詠唱で編んでしまえるところに彼女の凄さはあるし、ならば確かに今回命じられた任務はうってつけと言えるだろう。第二王子にも気づかれぬよう護衛するとはすなわち、起きうる事件を「沈黙」させることに他ならないからだ。

 

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「沈黙の魔女」モニカはただ一人の無詠唱魔術の使い手だが、彼女が詠唱しないのは目に見える魔術式だけではない。モニカがもたらす沈黙は、その全てが沈黙の魔女の魔術なのである。

 

感想

以上、サイレント・ウィッチのアニメ1話レビューでした。原作未読、何やら期待の声が高かったので。そりゃ諏訪部順一が演じるだろうというルイスの喋りぶりからこれが詠唱なのは見当がつきましたが、じゃあモニカの場合はどうなんだろう?とまとめるのに少し悩みました。彼女がどんな「沈黙」を見せるのか、楽しみにしていきたいと思います。

 

 

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*1:そんな彼が愛する妻のロザリーは夫に対してそっけないが、ルイスはむしろそういう魔術の通じないところに惹かれているのかもしれない

*2:場面は異なるが、来客のため魔術で部屋を片付ける際も本や紙の音は全くしないのが「らしい」