「刀使ノ巫女 琉球剣風録」レビュー~凡人達が再演する物語~

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 発売から1ヶ月近く経ってしまいましたが、感想です。

 


 

 「刀使ノ巫女 琉球剣風録」を読了。アニメ本編の1年前が舞台で可奈美も姫和も全く出てこない作品なのですが――にも関わらず、思い出さずにはいられない内容でした。

 本作の主人公の1人、朝比奈北斗は自分を助けた先輩が刀使を続けられなくなるほどの重傷を負い、それから強さに対して激しく執着するようになったという過去を持っています。彼女をそうさせた先輩の気遣いの言葉を、栖羽は呪縛だと言う――この思いが呪いになってしまうというありようは、母の言葉に自分の道を定めてしまった姫和と大きく重なるものです。アニメ「刀使ノ巫女」は姫和という荒魂を可奈美が鎮めた物語として見ることができますが、北斗はこの琉球剣風録において近しい役割を担っていると言えるでしょう。
 彼女の強さに対する執着は、姫和における紫への恨みなのです。そして、凡人に過ぎない彼女が融合したのは大荒魂ではなく珠鋼型のS装備でした。


 ではもう1人の主人公・伊南栖羽はと言えば、一見して彼女に可奈美の姿を重ねるのは困難と言っていいでしょう。剣術の腕は中の下、戦うのが怖くて仕方ない――なんでこんな娘が刀使をやってるんだろう?とすら思えてしまう。でも、思い返してみてください。視聴者の多くがアニメ1話の可奈美に対して抱いた印象も「なんだこいつ!?」だったことを。

 そうして見ると、栖羽の序盤の行動は不思議とアニメ序盤の逃避行に重ねて捉え直すこともできます。姫和は折神紫の打倒、北斗は任務とトレーニングで頭がいっぱいでしたが、可奈美も栖羽もそんな彼女達を強引に日常へと連れ戻していきました。特に面白いのは遊びに行った時の御刀の扱いで、栖羽はオフだからと置いていき北斗は何かあったらと持っていくわけですが、アニメ本編でも累の家で入浴時の御刀について可奈美と姫和が同じようなやりとりをしています。
 可奈美と似ても似つかぬ栖羽の行動は、しかし北斗に対して不思議なほど重なっています。孤高の道を歩む相手の優しさを見抜き、親衛隊に逆らって共犯者になる。更にはその暴走を止めて、呪いを解く。でも、これは果たして可奈美にできたでしょうか? 否。可奈美がその強さと執着でもって姫和を押し留めたのなら、栖羽はその弱さと執着でもって北斗を押し留めました。例えば真希であれば、寿々花の戦いを元に北斗をたちどころに制圧してのけたでしょう。けれどそれでは、北斗の抑え難い執着を全部出すことはできない。それは斬るだけであって、祓うことまではできていない。だから北斗にとって未体験の長い戦い、写シによる何人もの――「何代もの」とすら言える栖羽との勝負だけが北斗を救うことができる。北斗だけに届く栖羽の戦いは、彼女だけの北斗に対してだけの一の太刀であり、同時に益子家や柊の家が代を重ねてねねやノロを浄化していったのと同じことなのです。


 凡人の凡人による「刀使ノ巫女」――そのように評することのできる本作ですが、あとがきからもまた、「凡人」への強い視線を感じることができます。ノベライズを担当された朱色あおい氏自身、自分も凡人であると語っており、また栖羽に対しては以下のようなコメントを書かれている。

「本作は栖羽の成長物語とも言えるのではないかと思います。ただ「御刀に選ばれただけ」だった少女が、本物の刀使になる物語」

 凡人が、自分だけのやり方で刀使になる物語。それはきっと、朱白氏自身にとっても同じだったのでしょう。ノベライズ担当に選ばれただけではなく、本物の刀使ノ巫女の作り手になる試み。そしてそれは、見事に成されていました。
 刀使ノ巫女に新たな1ページを刻んでくれたことに最大限の感謝を。素晴らしい作品でした。


<余談>
 本作では薫&エレンが知らずして対リディア戦を真希と「手分け」しており、また真希はこれまで見てきた戦いから珠鋼型S装備の攻略法を「受け継いで」リディアを圧倒するわけですが、結芽はそういう部分が全く無いのが面白いところだと思います。「(自動制御の)金剛身は切れた瞬間に再度攻撃すればいい」……理屈としては成り立ちますが、他の人が聞けば「できるかそんなこと!」と返すことでしょう。でも結芽にはできてしまう。そして、彼女が北斗に寄せたわずかな理解はけして通じることはない。そういう所、本当に彼女らしいなと思います。うん、一層忘れられません。