【ネタバレ】回る時のブレンド――「駒田蒸留所へようこそ」レビュー&感想

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P.A.WORKSが送るオリジナル長編アニメ「駒田蒸留所へようこそ」。お仕事シリーズ最新作でもある本作から見えるのは、ウイスキーのように不思議な時のブレンドだ。

 

 

駒田蒸留所へようこそ

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1.人間=ウイスキー

Webライターの高橋光太郎は、なかなかこれという仕事を見つけられず職を転々としてきた25歳。全く知識のないウイスキーについて記事を書くことになった彼は、新進気鋭のウイスキー・ブレンダーとして話題の駒田蒸留所社長・駒田琉生(こまだるい)と行動を共にすることになるが……?

 

劇場版「SHIROBAKO」以来3年ぶりにP.A.WORKSが手がけた劇場アニメ「駒田蒸留所へようこそ」は、銀幕にふさわしくウイスキー作りが主題の比較的大人向けの作品だ。ウンチクに比重を置いた内容ではないが知識のないWebライター・光太郎への説明を通してウイスキーが製造過程は語られており、その中でもウイスキーが複数の原酒をブレンドして作られる事実は大きな意味を持っている。なぜなら本作の前半は、仕事や人間はウイスキーのように作られていくものだと光太郎が知っていく過程で占められているからだ。

 

光太郎はニュースサイト「ニュースバリュージャパン」に務める25歳の若手記者である。とはいえ今の仕事が天職と感じているわけではなく、熱心さはなければミスも多い。そんな彼にとって、編集長の安元の指示で共にウイスキーの取材をすることになった駒田琉生は自分とは別世界の人間であった。家の仕事を継いで蒸留所の社長となり、若くして業界の注目を集める礼儀正しい才女……職を転々とし今の仕事にも気乗りしない自分とは似ても似つかない。いや、社会的な値打ちが比べ物にならない。光太郎が当初見た琉生の姿は、端的に言えば作っているもの同様に上等な「ウイスキー」なのだ。

 

アルコール類としては上品な部類に入るウイスキーは、完成品だけを見ると生まれから違う特別な存在のように思える。だが先に触れたようにウイスキーは複数の原酒を混ぜ合わせて作られるものであり、最初から完成品として生まれてくるわけではない。光太郎が取材を続ける中で知ったのもまた、琉生がかつては美大生で家を継ぐつもりはなかったことだとか、ウイスキーの味を記録するテイスティングノートをBL二次創作イラストで描く独特な完成の持ち主であるとかいった様々なブレンドの結果として今に至っている事実であった。

 

人には現在の姿からは分からない、思いもよらない過去があるものだ。例えば編集長の安元にしても今の仕事は放送作家になろうと努力していたら見つかったもので、最初から記者を目指していたわけではない。未来とは仕事だとか夢だとかプライベートだとかいった原酒をブレンドすることで生まれるものだ、と言ってもいいだろう。だから光太郎も取材を続け琉生と接する中で、次第に公私を割り切らずブレンドするように駒田蒸留所へのめり込んでいく。(劇中で)数年前の震災によって駒田蒸留所から原酒の一部が損なわれた幻のウイスキー「KOMA(独楽)」をもう一度作ろうとする琉生を応援していく。本作前半は光太郎が個人としてはウイスキーに、同時にKOMAの再現においては原酒の一つとなっていく過程でもあるのだ。

 

蒸留所は物語の半ばで原酒の貯蔵庫が焼ける災難に見舞われ、琉生は挫けそうになるも社員や光太郎の励ましから再起を決意する。一人で全てを背負っているかのように気を張り詰めていたKOMAに対する彼女の夢は、実のところ社員や光太郎の夢とのブレンドでもあった。
だが、立ち直った彼女はKOMAの復活を望む多くの人から原酒の提供を受けるもなおKOMAを再現できない。そこには、KOMAのために必要なもう一つの「原酒」の欠落が隠されていた。

 

 

2.回る時のブレンド

数多の原酒を混ぜ合わせてもなお、KOMAを再現できない琉生。しかし彼女は、このウイスキーへの自分の思いを再確認することで少しずつ足りないものを見つけていく。

 

琉生がKOMAをもう一度作りたいと願う理由、それは彼女にとってこのウイスキーが「家族の酒」として記憶に残っているためだった。まだ学生だった頃、毎年できあがった独楽を美味しそうに飲む家族の記憶――KOMAを生み出しまだ健在だった祖父、震災後の心労と過労で命を落とす前の父、家を継ぐつもりでいた兄、お酒が苦手だがKOMAなら飲めるという母――幸せだったかけがえのない日々。琉生にとってKOMAとはウイスキーと思い出のブレンドだったのであり、ならばアルコールを混ぜ合わせる手順だけで再現できるわけがない。

 

震災は駒田蒸留所からKOMAのための原酒を奪ったが、それは家族においても同様だった。父は蒸留所存続のためウイスキー作りを止めることを決断し、琉生の兄・圭はそれに反発して家を出ていってしまった。家族の酒の、幸せの原酒は失われてしまった。けれどそれは、琉生がKOMAにもう二度と会えないことを意味しない。

 

圭は家を出た後は大手酒造会社に勤務し所属部門も製造ではなかったが、それでもウイスキーを作りたい思いは変わらず抱き続けていた。また父は家を出ていった圭を憎んでいたとばかり思われていたが、実は死の直前に圭の行方を突き止めKOMAを作るためのノートを送っていたことを彼と和解した琉生は知る。彼女がKOMAをもう一度作ろうとしたことが、バラバラになった家族を再び繋いでくれたのだ。加えて琉生と圭には判読できなかったノートの一部を母が読み解いたことにより、KOMAは遂に成分としては・・・・・・完璧な再現に至った。そう、これはまだ成分が同じだけの未完成品に過ぎない。

 

最後の最後に必要な工程を知った琉生は母に蒸留所へ来てもらい試飲をお願いしたが、その時彼女はKOMAができたとは言わなかった。驚かせたかったからもったいぶった? そうではない。先に触れたように、成分として再現できてもそれだけではKOMAにならない。母の試飲を経ねば、KOMAが真実完成することはない。


父の遺したKOMA作り最後の工程。それはアルコールの苦手な母がKOMAを飲んだ時だけは浮かべる笑顔を見ること――笑顔によって出来を確信することにあった。母は自分はウイスキー作りを何も手伝えないと思っていたが、KOMAにブレンドされるべき最後の原酒は彼女にこそあったのだ。琉生の「KOMAができたよ」という報告は、成分上は完成しても母に試飲してもらわなければ成り立たなかったのである。

 

時計の針を戻すことは誰にもできない。失われたものそのものを取り戻すことはできない。けれど一方で私達は、現在見ているものに過去を重ね合わせもするものだ。例えば回り続けて一瞬たりとも同じ姿を見せていないはずの「独楽」にしかし、まるで静止しているかのような錯覚を覚えるように。すなわちループする独楽に過去を重ね見る時、私達の中では現在と過去がウイスキーのようにブレンドされている。それは先輩が後輩にかつての自分を重ねたりするような、ごくごく些細な繰り返しにしても同じことだろう。

 

「駒田蒸留所へようこそ」はウイスキー作りを描いた作品である。そして、ウイスキーとは一人ひとりの生涯を超えて回り続ける時のブレンドから生まれる飲み物なのだ。

 

感想

というわけで「駒田蒸留所へようこそ」のレビューでした。見終えた時はこれはブレンドを巡る作品だな、と感じたのですがそれだと独楽とかループとかいった部分が説明できなくてですね。帰宅して考えを整理していく内にループとは時のブレンドなんだという結論にたどり着きました。
仕事と家族のブレンドされた、まさにウイスキーのような作品だったと思います。本作を見た後でウイスキーを1杯、というのはとても素敵な時間になることでしょう。

 

 

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