らしさのエチュード――「響け!ユーフォニアム3」4話レビュー&感想

©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

問い直しの「響け!ユーフォニアム3」。4話の副題、エチュードとは練習曲を指す。この4話、久美子達はいったい何を練習したのだろう?

 

 

響け!ユーフォニアム3 第4話「きみとのエチュード

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1.問い直される月永求

1年生の集団退部の危機を乗り越えた北宇治高校吹奏楽部。いよいよサンライズフェスティバルが迫る中、コントラバス担当の月永求(つきながもとむ)は落ち着かない姿を見せることが多くなっていた。原因はどうやら彼と龍聖学園の「月永先生」との関係にあるようだが……?

 

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上達の「響け!ユーフォニアム3」。4話の副題は「きみとのエチュード」だが、視聴した私は「どこがエチュード=練習曲なのか?」と疑問に思わずにはいられなかった。マーチングバンドを行うサンライズフェスティバル本番の回故に練習の描写はさほどないし、2,3話同様本作は劇中に副題のワードを出してくれるわけではない。目に見える場所にないなら、いったいどこにエチュードは潜んでいるのか……もっとも妥当な探し方は、当然ながらその回の主役と呼べる人物を見つめることだろう。そう、2年生でコントラバスを担当する月永求である。

 

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佳穂「管理係の先輩に、名簿に誤字が無いかチェックをお願いされて……」

 

低音パートの鈴木美鈴やさつきと同時期に低音パートに加入した求はしかし、奇妙に周囲になじまない人物であった。他の人間には壁を感じさせる接し方をする一方、3年生で同じくコントラバスを担当する川島緑輝さふぁいあ(以後、みどり)を師匠と呼んで慕う少年。軋轢の原因になりかねない危うさがあるものの演奏に対しては熱心な彼を、周囲は「そういう子」として受け入れてきたわけだが――この4話、求の不自然さはちょっと度を越したものとなっていた。月永の苗字で呼ばれるのを嫌っているのはこれまでも描写されていたが、なんと名簿に誤字が無いか確認するため呼ばれたことにすら腹を立てたのだ。怒りをぶつけられた人間としてはたまったものではないだろう。

 

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みどり「人を信用してないっていうか、警戒してるっていうか」

 

求という少年はいったい何者なのか? 主人公にして吹奏楽部部長の久美子やみどりは、先の事件をきっかけに彼を問い直す。人を信用していないのではないかと思われる彼の態度。昨年吹奏楽の全国大会で金を取った龍聖学園には月永源一郎という有名な指導者がおり、おそらく求の親戚か何かであること。求は龍聖の中学校からエスカレーターで進学できるはずが北宇治に移ってきたこと……こうした状況からは、源一郎と不仲になるような出来事があったのではないかと推理するのがもっとも確か「らしく」思えるところだ。しかしサンライズフェスティバル当日、求の知り合いである龍聖学園の樋口という少年に声をかけた二人が得たのは、推理に対する確信などではなかった。

 

2.外れた推理

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樋口「あいつの姉ちゃん、亡くなってるんです。3年前に」

 

樋口の語る求と源一郎の関係。それは久美子達の推理を裏付けるようなものではなかった。第一に源一郎は生徒から「源ちゃん先生」と呼ばれるほど親しみやすく、樋口が自発的に二人の仲を取り持とうとするなど慕われていること。第二に、求は源一郎の孫であり姉もいたが、彼女は3年前に亡くなっていること。第三に、姉を喪い落ち込む孫を心配して源一郎は龍聖学園に移ろうとしたが、求は北宇治へ進学してしまったこと……得られた情報は言ってみればそれだけで、求が今のようになった原因は源一郎や求にも分かっていなかったのだ。

 

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みどり「みどり、ちょっと逃げてたように思うんです」
久美子「求くんから?」

 

喧嘩して仲がこじれたのだろうとどこかで勝手に決めつけていた自分を恥じると共に、久美子達は求のことが改めて分からなくなったのを感じる。話を聞けば聞くほど求は龍聖学園で祖父の指導を受けるのが本来あるべき姿で、現状は彼にとって「らしくない」ように見えてしまうためだ。実際、源一郎は(あくまで本人の意思を尊重しての上だが)求の龍聖学園への転校を北宇治へ打診していた。

 

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求「すみませんでした。金輪際、みどり先輩には迷惑かけないので……」
みどり「そういうことじゃなくて……」

 

なぜ求は北宇治にいるのか? 師匠と慕うみどりにすら事情を打ち明けない彼の態度は、「らしくなさ」が極まりも極まりきっている。だが、そこには意外な理由があった。

 

3.らしさのエチュード

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求「さすが部長ですね、なんでも知ってる」
久美子「知らない方がいいと思うことも多いけど……」

 

自分も結局信頼されていなかったのではないか。落ち込むみどりを励ましつつも、顧問の滝先生に口止めされているため転校の話も打ち明けられなかった久美子はその帰り、駅で自分を待っていた求に遭遇する。久美子はある程度事情を知っているだろうと推測していた彼は、それを確かめるとなんとみどりにも話さなかった本心を打ち明けたのだった。

 

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求は別に、源一郎を嫌っているわけではなかった。もともと姉弟共に祖父とは仲が良く、姉は源一郎の指導していた高校に進学したほどだ。しかし指導者の孫という立場は他の吹奏楽部員からの妬みを始めとした演奏と関係ない部分での悩みを生み、源一郎が純粋に実力で選ぼうとしても更に事態は紛糾。病を得た姉は最終的に、吹奏楽が好きな気持ちを失ったまま死を迎えることとなった。もっとも自然と思えたはずの進路選択がしかし、彼女から「らしさ」を奪う結果を呼んだのだ。

 

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求「みどり先輩を見ていると思うんです。姉ちゃんが夢見た高校の吹奏楽部って、こんな感じだったんじゃないかって」

 

求は言う。姉が想像していた楽しい吹奏楽をやらなければ悪い気がして、だから祖父のもとでは吹奏楽をやりたくなかったと。みどりは姉に……夢見た楽しい高校の吹奏楽部生活を送ったらきっとこうであったろう姉に似ていて、今のままでいてほしいから話さなかったのだと。らしくないように思えた求の行動は、むしろ極めて彼らしい選択の結果であった。

 

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麗奈「初心者のあなたがここまでできるって見せてくれたから、みんなも頑張れたんだと思う」
武川「ありがとう、ございます……!」

 

ともすると私達は、「らしさ」を一面的に決めてしまいがちだ。けれど時には不自然に思える言動の方がかえって相応しく、そこに思わぬ輝きが覗く場合もある。例えば吹奏楽部1年の武川という少女は前回、ドラムメジャーの高坂麗奈の厳しい指導に涙していた。彼女にとって麗奈は「厳しくて怖い先輩」だったのだろうが、今回そうした関係は一つの変化を迎える。サインライズフェスティバルが終わった際、麗奈が武川にかけたのは意外にも称賛と感謝だったのだ。厳しい先輩がかけてくれたこの言葉に、武川は嬉し「涙」を流さずにはいられなかった。
武川と麗奈の姿は一面的にはどちらも今までの二人と異なっている。しかしそれが「らしくない」と思う視聴者はいないだろう。そして、この「らしくないようでらしい」のは実は久美子も同様である。

 

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久美子「求くんにも、北宇治のためにいい演奏をしてほしいって……それだけ!」

 

久美子は龍聖に転校するつもりはないという求に感謝しつつも、祖父や樋口にちゃんと話をするように助言する。気持ちは演奏に出るとも言う。二人と求の今の関係が「らしくない」のは確かだからもっともな話だが、なぜ彼女はそこまでするのだろうか? いくら部長とはいえ、部員一人のためにそこまで心を砕くのは「らしくない」ようにも思える。けれど、久美子に言わせればこれは特におかしなことではない。彼女はこの3年間で1番の演奏をやりたくて、だから求にもいい演奏をしてほしいと願って行動しているに過ぎない。すなわち、コンクールの全国大会金賞を目指す道のりとしてもっとも「らしい」のが今の自分のありようだと久美子は言っているのだ。

 

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求「僕は、北宇治の人間です」

 

夜が明け、祖父や樋口と話した上で自分が自分でいられるのは北宇治だと、自分は北宇治の人間だと久美子に語る求の表情は晴れやかだ。姉ではないが姉に似たみどりと一緒に「愛の挨拶」を演奏する姿も含めて、「らしくないようでらしい」月永求らしさがここにはある。気持ちが演奏に出るものなら、求は今回ずっとみどりとこの曲を弾くための「気持ち」を、「らしさ」を練習してきたと言えるだろう。そう、これが今回の副題であるエチュードの、練習曲の正体だ。

 

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気持ちを問うこと、らしさを問うことは、己が何者にして何者でありたいかを――3年生である久美子にとっては進路を――問う練習である。故にこの4話の副題は「きみとのエチュード」でなければならなかったのだ。

 

感想

以上、ユーフォのアニメ3期レビューでした。最初に書いたように「この内容でエチュードってどういうこと?」というのが一番首を傾げた部分であり、らしさを問うのが練習なんだと思いつくまで悩むことしきりでした。応援団の服がモデルの龍聖の衣装や、立華のかけ声を見て「北宇治はああいうのをやらないのか?」となる場面、衣装をぱぱっと修理して改めてママみたいと言われる真由なんかもらしさの問い直しに当てはめられますね。
演奏の話であり部長の話であり進路の話であり、それらが見事に合奏になっているのが素晴らしいなと思います。さてさて次の曲は。

 

 

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