始まらない1話――「響け!ユーフォニアム3」1話レビュー&感想

©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

昨年の映画を経て遂に地上波へ帰ってきたアニメ「響け!ユーフォニアム」。待望の3期だが、敢えて言おう。この1話ではまだ3期は始まっていない。

 

 

響け!ユーフォニアム3 第1話「あらたなユーフォニアム

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1.始まらない1話

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黄前久美子、北宇治高校吹奏楽部3年の春がやってきた。「今年こそは全国大会で金賞を取りたい」。いまだ部長になれた実感はわかないものの、その思いを胸に最後の1年が始まる……

 

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最後のコンクールが始まる「響け!ユーフォニアム3」。武田綾乃の小説を原作として京都アニメーションによる映像化が始まって9年、紆余曲折(という表現すら生ぬるい道のりだったが)を経て遂に最終シリーズ3期が放送されることとなった。2015年の1期ではピカピカの高校1年生だった主人公・黄前久美子も遂に3年生、それも吹奏楽部の部長というのだから驚きだが――劇中における2年前の春と異なり、今回の話は始まりの気配に乏しい。久美子が部長になったのはこの春からではなく昨夏の3年生引退からだし、練習などのため早朝に家を出るのに家族はもうすっかりなれっこになっている*1。通学の際に麗奈、葉月、みどりの4人が顔を合わせるのもいつも通り。副部長の塚本秀一も久美子とは長い付き合いだから気心は知れていて、体制こそ新しいがそこまで新しいことが起きているわけではないのだ。

 

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奏「協調性など実力以外の要素もありますし……これ以上久美子先輩の胃をいじめるのはかわいそうですし」
久美子「誰がいじめてるんだか」
奏「誰がいじめてるんです?」

 

関係が変わらないのは久美子が2年生になった時も同じではないか?と思うかもしれないが、この時は学年が上がり新体制に移行すること自体が初めてだった。特に久美子の低音パートに久石奏というキワメテコセイテキな少女が加入し、「劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」で重要な役回りを演じていたのを覚えている人は多いだろう。だがこの3期、3年生となった久美子の低音パートへの新入生の加入にそうした重要さは見えない。バンダナとギャグが目を引く上石弥生を始め3人の新入生は皆個性的だが、「個性的な後輩が加入する」こと自体がもはや新しくないのだ。そうした新鮮味の乏しさは、この1話で久美子がもっとも緊張する山場で頂点を迎えることとなる。そう、部の活動方針の決定である。

 

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久美子「これ(全国大会金賞)を目指すかどうかということになります!」

 

北宇治高校吹奏楽部は、2年前に腕利きの指導者である滝昇を顧問にして以来活動方針の決定を重要なものとして位置づけるようになっていた。コンクールでの優秀な結果を求めて厳しい練習を積むか、部活動を楽しむことに重点を置くか……毎年最初にそれを、部員全員の多数決で決める。全員一人も欠けることなく前者を選んでほしいと久美子は緊張せずにはいられなかったが、もちろん結果は満場一致で前者への決定であった。そう、「もちろん」なのだ。具体的な目標自体は全国大会出場から全国大会金賞へ変化しているが、滝の指導のもと昨年・一昨年と優秀な成績を出している今の北宇治には最初から上を目指して入学してくる生徒も少なくない。今年こそ全国大会で金賞を取るのだと決心している久美子達の活動方針決定がセレモニーに堕しているとは言わないが、この決定が既に過去の延長線上に位置しているのは確かだろう。

 

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この1話は1年生を加えた吹奏楽部が合同で演奏練習を行う音が校舎に響き、教頭先生が「始まりましたね」と語る1話らしい始まりを迎える……ようでいてそこで少し時を遡り、同じ楽曲を聞きながら寝ていた久美子が寝ぼけ眼で起床する構成となっている。すなわち、今回の話が描いているのはあくまでも3期の始まりの少し前だ。始まっているようでも25分のほとんど・・・・全てはアバンタイトルに過ぎない。真の始まりは1話EDに相当するスタッフロールと改めてのタイトルが提示された後、Cパートに相当する場面を待たねばならない。

 

2.そして、次の曲が始まるのです

3期の真の始まりは時間にして2分にも満たない1話Cパートにある。だがもちろん、本作は前日譚にだらだらと20分以上を費やしたわけではない。始まりの気配は、久美子自身も気付かない内に1話の内に忍ばされている。

 

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滝「ああ、黄前さん。ずいぶんギリギリですね、ミーティング長引きましたか?」

 

例えば3年生としての登校初日、早朝借りた部室の鍵を返しに行った際、滝はいつもの机の前ではなく職員室の奥で何者かと話していた。衝立で顔が見えずまた担任の松本先生に早く教室に行くよう急かされたこともあって誰と話していたのかは分からないが、劇中こんな場面は珍しい。

 

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久美子「……ユーフォ?」
麗奈「うん」
久美子「あすか先輩……じゃないか」

 

また久美子は帰宅の際、駅近くの土手からユーフォニアムの音が響いているのを耳にする。土手には卒業した田中あすかとの思い出があるが、柔らかくどこまでも伸びやかに広がっていくその音は今まで耳にしたことのないものだった。

 

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真由「わたし、黒江真由といいます」

 

職員室にいた誰か。駅近くの土手で演奏していた誰か。前者については1話では明言されていないが、後者が誰だったのかを久美子はCパートで知る。部の方針決定を終えて後は帰るばかりと思われたなか聞こえてきたのはあの時の音であり、音を追いかけて校舎屋上にやってきた久美子が見たのはよその学校の制服を身にまとい銀色のユーフォニアムを抱えた見知らぬ少女だったのだ。衝立越しに除いた板髪の色から前者と後者が同一人物と仮定するなら、最後に現れたこの少女――黒江真由の正体はおそらく転校生だろう。そう、久美子が1年や2年の時には存在しなかった転校生……その存在は決定的にイレギュラーである。過去の延長線上にいない彼女には当然、過去の部長の見様見真似では対処することができない。

 

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久美子達の担任でもある松本先生は、高校3年生という人生の岐路を迎える生徒達に「自分が何者か、そして何者でありたいのか」きちんと考えるよう語った。一方で久美子は、就任して数ヶ月を経ながらもいまだ自分が部長になれたとは思えずにいる。自分が何者か分からずにいる。それはおそらく、今の彼女がまだ過去の延長線上にしかいないからだ。見様見真似ではなく新しい何かに対しても部長として振る舞えた時、初めて彼女は本当の意味で先輩と同じ北宇治高校吹奏楽部の部長になれる。黒江真由との出会いこそは、久美子が本当に3年生になるため必要なものだったのだろう。

 

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久美子「……そして、次の曲が始まるのです」

 

「そして、次の曲が始まるのです」……聞き慣れた久美子のこの締めの言葉こそ、1話の終わりこそは3期の始まりの真の合図である。アニメ「響け!ユーフォニアム」は、黒江真由によって初めて「あらたなユーフォニアム」の物語を始めることができるのだ。

 

感想

以上、ユーフォのアニメ3期1話レビューでした。遂にの3期であり、9年前に出会った物語の終わりの始まりでもあり。9年の時間の重さを感じずにはいられない気持ちもあったのですが、ラストの久美子の重い「そして、次の曲が始まるのです」に背筋がぴしっと伸びる心地になりました。惰性で見たらはっ倒されるなこれは。私達視聴者の胃もいじめられそうですが、覚悟して臨みたいと思います。

 

 

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*1:父に至っては3年生なのにいつまで「続ける」のかとまで考えている有様