黒江真由には影がない――「響け!ユーフォニアム3」7話レビュー&感想

©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

カメラが写す「響け!ユーフォニアム3」。7話では少しずつ黒江真由の人となりが見えてくる。その転校生には、姿形はあっても影がない。

 

 

響け!ユーフォニアム3 第7話「なついろフェルマータ

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1,停止と延長記号のフェルマータ

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府大会を無事突破し、関西大会に備え夏休みも練習を続ける北宇治高校吹奏楽部。練習がないわずか3日のお盆の間、久美子が見るものは……?

 

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久美子「高校3年間、夏休みに入っても待っているのはひたすら練習の日々。そんな中でも、練習のない本当の休みと言えるのはお盆のたった3日だけだった」

 

ねじれ繋がる「響け!ユーフォニアム3」。7話の副題は「なついろフェルマータ」である。イタリア語では停止を指すらしい「フェルマータ」はわずかな夏休みを描く今回にぴったりと言えるが、この音楽用語には音や休止を伸ばすことから「延長記号」の別名もある。久美子を始めとした北宇治高校吹奏楽部は夏休み中も練習漬けの日々を送っているのだからこちらの意味でも納得だ。そして、延長しているのはけして吹奏楽の練習に留まらない。

 

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久美子「それでそこまで察しろは無理だよ」
麗奈「お揃いの水着買ったのに」

 

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優子「(お揃いのヘアピンは)こいつが私の真似してるだけだから」
夏紀「はぁ? 先に買ったの私なんですけど」

 

例えば久美子は今回、お盆のため数少ない完全なオフとなる3日間について親友の麗奈からそれとなくプール遊びの誘いを受けている。久美子にとってその誘いは遠回し過ぎて察するのは難しいものであったが、麗奈からすればこれはお揃いの水着を買った「延長線上」で自然と伝わるはずの話であった。
また今回は昨年の吹奏楽部部長・副部長の吉川優子と中川夏紀が吹奏楽部を訪れる回でもあり、二人は相変わらずの「喧嘩するほど仲が良い」コンビぶりや先代の幹部としての先輩ぶりを見せてもくれる。

1学年ずつ入れ替わっていく以上、学校の部活動は必然として前年の「延長線上」だ。久美子の姉の麻美子が里帰りする描写も含め、全体に今回は停止の中に延長が覗く回と言えるだろう。……過去だけではなく、未来への「延長」も含めて。

 

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部長としての仕事も一休みとなる今回、久美子は同級生の葉月と共に大学の説明会へ赴く。2年生の奏や梨々花が当たり前の行動として大学説明会に行く姿に3年生として、すなわち延長線上の存在としてショックを受けたが故の行動だが、葉月が短大進学から保育士に道を決めたのに対し久美子は今回も進路を見出だせないままだった。今の自分の先――つまりこれまた延長線上にある将来像がどうしても浮かんでこないのだ。見つからないからなんとなくで、と進路を決めるのも珍しい話ではないが、性格故か麻美子の進路について家族内で相当にもめたこともあってか彼女にはそれはできない。

 

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久美子「これこそ私がなりたいものだなんてものが突然見つかるとは思えず、だからといってなんとなくで決める気にはどうしてもなれなかった」

 

久美子の現状は、いわば楽譜の上にあるべきフェルマータを見つけられず、次へ進めない状態に等しい。そしてこの7話ではもう一人、フェルマータについて問題を抱えた少女がいる。吹奏楽の強豪校である清良女子高校から転校してきた同級生、黒江真由だ。

 

2.黒江真由には影がない

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吹奏楽部低音パートの大半やオーボエ担当の梨々花も加えた大所帯での行楽となったプール遊び。真由と二人になった久美子は、彼女と話す中で一つの気付きを得る。他人に比べて自分というものがなく、大抵のことはどっちでもいいと考えてしまうという真由に自分は中学生時代の己を重ねている――だからどこか苦手意識を抱いてしまっているのだと。

 

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真由「自分が写るの、あんまり好きじゃないんだけどな」
久美子「せっかく来たんだよ。私は1枚くらい一緒に撮りたい」

 

黒江真由が無いという「自分」、それは言い換えるなら延長線の起点である。起点がないから大抵のことはどちらでもよく、どちらに対しても延長できる。どこに自分のフェルマータがあるのか悩む久美子と逆に真由にはフェルマータだけしかなく、両者が水と油のように混ざらなかったのは明かされてみれば当然のことであった*1。そして更に不吉なことに、久美子はそんな真由を案じて彼女を写真撮影に誘ってしまう。「自分が写るのはあまり好きじゃない」と、常に撮る側であり被写体になろうとはしない真由を一緒に撮りたいと誘ってしまったのだ。

 

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葉月「あれ? ねえママちゃん、最後に皆で撮った写真は?」
真由「ああ、あれ? 現像上手くいかなくて……ごめんね」

 

先に触れたように、黒江真由はフェルマータだけがあって起点を持たない少女である。自分の無い少女である。自分が無いとはすなわち、姿形があっても正体がないこと――撮「影」される影がないことを意味する。後日彼女はプール遊びの写真を現像して持ってきたが、その中には自分も被写体とした写真は含まれていなかった。「現像上手くいかなくて」と真由は言うが、この説明は言い訳であってもおそらく嘘ではない。彼女にとって、空っぽの自分が写ったフィルムは写真になり得ない欠陥品でしかないのだろう。

 

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真由「オーディションはちゃんと吹くから、心配しないで」

 

合宿を前に、自分が映らない写真を並べながら真由は言う。「久美子ちゃんは、オーディションで一番上手い人が選ばれて、それで北宇治が最高の演奏をして金賞を取りたいんだよね?」と。言葉だけなら何を今更という話だが、これは真由にとって必要な儀式だ。彼女はこの言葉で、久美子に暗黙の内に問いかけている。念押しをしている。

 

「久美子ちゃんより上手い私でいいんだよね?」と。

「私はあなたの忠実なフェルマータになるけれど、それでいいんだよね?」と。

「これはあなたが決めたことだよね?」……と。

 

そう、久美子は1話で決めたはずである。「全国大会金賞を目指す」と、そう決めたはずなのだ。

 

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この7話で久美子は、黒江真由の正体に触れてしまった。いや、正体がないという正体に触れてしまった。黄前久美子はこの先、影なき黒江真由が見せる己の影と対峙しなければならないのである。

 

感想

以上、ユーフォ3期の7話レビューでした。久美子と真由の逆接的なフェルマータについては割と早めに浮かんだのですがそれだけだとスッキリせず、書き進めていく内に影というワードにたどり着きました。静かに、怖い……! 「小便すませて神様にお祈りして、部屋のスミでガタガタふるえて命ごいする心の準備」でもしておいた方がよさそうです。葉月ちゃんの進路が決まったのが救いかしらん、言われてみると保育士はすごく似合いそうな気がする。

 

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今回のレビューを書くに当たっては滝先生のセリフを確認したのですが、その中で「宇宙、日本、練馬」のねりまさんの記事が出てきました。2017年の記事ですが、久しぶりに再読してみると久美子の進路と選択が密接に繋がっているのは必然だったのだと感じます。今後の「進路」がちょっと見えてきた気もして、ここに感謝を記しておきたいと思います。

 

 

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*1:このあたり、反発しあっているようでヘアピンがお揃いな優子と夏紀、久美子と彼女の前では子供っぽくなる麗奈が水着をお揃いにしているのとは対照的