二人だけが吹けたソリ――「響け!ユーフォニアム3」12話レビュー&感想

©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

独奏の「響け!ユーフォニアム3」。12話では全国大会でソロパートを吹く者が決定する。「ソリは1名しか吹くことができません」――本当にそうだろうか?

 

 

響け!ユーフォニアム3 12話「さいごのソリスト

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1.絶対者・黄前久美子

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全国大会演奏メンバーを決めるオーディション――ユーフォニアムソリストとして名を呼ばれたのは久美子だけではなかった。なんと、後日部員全員の投票で久美子と真由の再オーディションを行うというのだ。奇しくも実力主義をモットーとした2年前と同じ状況下、選ばれるのは果たして……?

 

 

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頂を目指す「響け!ユーフォニアム3」。12話は主人公の久美子達が1年生だった1期を思い出さずにいられない回だ。顧問として滝先生が赴任し、全国大会金賞を目指すべく学年ではなく上手さを基準に選ぼうと決めたあの時、再オーディションの結果トランペットのソリの座を勝ち取ったのは3年生の中世古香織ではなく1年生の高坂麗奈であった。月日が流れ久美子が部長に就任したこの年、今度は彼女が転校生の真由と再オーディションでユーフォニアムのソロパートを競うというのだからなんとも因縁めいているが――最初に注目したいのは今回の滝先生の立ち位置である。

 

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この再オーディションにおいて、滝先生は久美子と真由のどちらがソリを吹くかを選ぶ権利を持たない。選べるならそもそも再オーディションなどする必要がないのだから当然だが、これは現時点での彼の限界でもある。第2回オーディションが大混乱を招いたように、滝先生のメンバー選びは妥当ではあっても有無を言わせないだけの説得力は持っていない。もちろんモノローグで久美子が語るよう関西大会突破の実績によって部員達も以前より納得してはいるのだが、それでもなお結果を伝えるだけでは収まらないであろう箇所が1つだけある。……そう、ユーフォニアムのソロパートだ。バラバラになっていた部を大会直前のスピーチでまとめた久美子は、北宇治高校吹奏楽部にとってある意味滝先生以上に神格化された存在となっている。そんな彼女にソロを吹いて欲しいと思ってしまうのも、あるいは逆に彼女が選ばれればそこになんらかの(主人公)補正を感じてしまうのも人情というものだろう。それはおそらく、滝先生ですら例外ではない。

 

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滝先生「ですが本当に甲乙つけがたく、どちらも十分ソリが務まると考えています。ただあなたが部長である以上、部員みなが納得する必要がある」

 

再オーディションについて久美子に尋ねられた時の滝先生のこの言葉には、微妙なひっかかりがある。実力で選べば真由だが単純にそう伝えられないと言っているようにも見えるし、あるいは久美子がソロを吹くのがえこひいきだと思わせないための段取りが必要だと言っているかのようでもある。いや、神ならぬ人間に過ぎないと既に明かされてしまっている彼自身、心のどこかで久美子に吹いてほしいと願っていたのではあるまいか。投票であれば多くの部員が久美子の方を選ぶだろうことはけして想像できない結果ではないはずだ。だが、果たしてそれは北宇治の掲げる実力主義に合致するものだろうか。

 

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久美子「それなら1つ、お願いがあります。音だけで判断できるよう、どちらが吹いているか分からない形にしてください」

 

久美子は自ら望んで己と真由の立場の違いを消し、己の絶対性を否定する。ただ一人の演奏者であろうとする。けれど、そこまで平等たらんとする判断ができる人間などそうはいないのは久美子の申し出に滝先生が己の未熟を恥じたことからも明らかだ。すなわちこの時、久美子は滝先生を超えて北宇治イズム=実力主義の体現者であり、滝先生を超えて北宇治高校吹奏楽部の絶対者なのである。

 

2.水面下の対決

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遂に迎えた再オーディション当日。トランプで順番を決めた出番までの間、久美子は真由と二人きりの待ち時間を過ごす。オーディションが始まるまでの短い静寂の時、ではない。二人が心から語らうこのやりとりは、実のところ久美子と真由の絶対性を問う水面下の対決である。

 

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孤立を恐れていたであろう転校生に実力主義を押し付けたことを謝罪し、自分の経験からオーディションで嫌なことがあったのではと推測する久美子に、真由は自分の過去を明かす。同じくユーフォを吹いていた友人はいつも真由ばかりがコンクールメンバーに選ばれるのを受け入れているように振る舞っていたけれど、最終的には音楽をやめてしまった。だから皆で楽しく吹くためならオーディションも金賞もどうでもいい、と。つまり彼女は久美子がかつての友人のようになってしまうのが嫌だからオーディションの辞退を申し出ていたというのだが、これは「あなたもあの子と同じでしょう?」と久美子にささやいているに等しい。実力主義を謳っているけれどそれはやっぱり建前でしょう? あなたは特別な人間なんかじゃないでしょう?と。けれど久美子は、真由のこのささやきに己の絶対性を揺るがせない。代わりに笑顔で久美子が指摘したのは、真由が久美子にオーディションの辞退を申し出ていた本当の理由――わざと下手には吹けない事実であった。

 

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皆で楽しく吹ければオーディションも金賞もどうでもいいと言う真由はしかし、自分の演奏にだけは嘘をつけない。頼まれてならオーディションを辞退できるが自分からは言い出せない。あなたの演奏は「どうでもいい」と思っている人の演奏じゃない……久美子にそう言われた真由の表情はまるで、むきになった幼子のようだ。いつも穏やかな様子を崩さなかった、謎めいた転校生の姿はもうそこにはない。あるのは上手くなりたいと、演奏するなら良い結果を出したいと願うどこにでもいる1人の少女に過ぎない。そう、久美子はこの時、己の絶対性を奪われるどころか逆に真由の絶対性のヴェールを剥ぎ取ってみせたのだ。そして彼女は、己の掲げる実力主義が――自分達がそれを選んだことに嘘をつきたくないというワガママが本気であると直後に証明することとなる。

 

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姿を隠して行われたいよいよ行われた再オーディション。その結果選ばれたのは1番目の演奏者、黒江真由の方であった。だが自分達で選んだにも関わらず、部員達はその結果を素直には受け入れられない。当然だろう、姿が見えず、明確に点数がつけられるわけでもない状況下での投票はいわば「なんとなく」選んだもの……久美子達が1年の時滝先生に乗せられ、今年は久美子自身が部員達を誘導して選ばせた「全国大会金賞」の目標と同じものに過ぎない。だが前回久美子の姉の麻美子はこう言ってはいなかっただろうか。そう、「なんとなくっていうのが一番抗えないからね」と。だから久美子はこの「なんとなく」の選択を決然と肯定する。これが今の北宇治のベストメンバーなのだと。自分達で決めた言い逃れのできない最強メンバーであり、これで一致団結して全国大会金賞を取ろう……と。

 

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久美子「これが! 今の北宇治のベストメンバーです。ここにいる全員で決めた、言い逃れのできない最強メンバーです! これで全国へ行きましょう! そして、一致団結して必ず金を、全国大会金賞を取りましょう!」

 

久美子のこの言葉に部員達は拍手し、ここに本当の意味での満場一致が実現する。だが、この拍手は何に向けられたものだろうか? メンバーが決まったこと? 全国大会金賞の意思を固めたこと? 違う。この拍手は誰あろう久美子に向けられたものだ。スピーチという名の演奏に向けられた拍手だ。そう、北宇治高校吹奏楽部部長・黄前久美子ソロパート・・・・・こそはこの12話であり、彼女以外にそれが務まる人間は「絶対に」いなかった。絶対者たる久美子が言うからこそ、彼女という絶対者を解体するこの儀式に吹奏楽部全員が納得できたのだ。ただ、彼女がソロパートを吹くことは彼女が1人であることを意味しない。ソリを吹くのはけして、1人ではない。

 

3.二人だけが吹けたソリ

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麗奈「分からないわけないでしょ、久美子の音を……!」

 

再オーディションを終えた後、メッセージを元に大吉山を訪れた久美子はそこで麗奈がごめんと謝りながらボロボロと涙を流しているのを目にする。同数だった投票に最後の1票を投じたのは、つまり真由のソリを決定したのは彼女であったが、麗奈はけして久美子と真由の演奏を聞き分けられなかったわけではなかった。いや、聞き分けられないわけがなかったのだ。全国で一緒に吹きたいとかねがね口にしてきた彼女はどちらが久美子の演奏かなど百も承知で、にも関わらず彼女は真由に軍配を上げていた。けれどそれは裏切りではない。そもそもどちらが吹いているのか分からないように姿を隠すよう提案したのは久美子なのだ。にも関わらず聞き分けられるからと彼女を選んでしまうことこそ久美子への、いや二人の誓いへの裏切りに他ならない。

 

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二人は2年前のオーディションの時、音で決めるべきだと誓った。上手い人が吹くべきだと、そう決めて走り続けて……いや、奏で続けてきた。例えるならそれは、久美子と麗奈が奏でてきたソロパートである。そして北宇治高校吹奏楽部の今年の自由曲「一年の詩 〜吹奏楽のための」は、ユーフォニアムとトランペットのソロパート担当者達が、ソリが合奏する曲だ。すなわち久美子だけでなく麗奈も誓いを守らない限り合奏は完成しない。麗奈が最後の1票を投じ久美子が部員達を納得させたあの再オーディションは、紛れもなく二人が「ソリを吹いた」瞬間であった。

 

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久美子「私、死ぬほど悔しい……!」

 

実力主義の誓いを守った上で、麗奈と一緒に吹きたかった。自分を慕ってくれる後輩の奏にも見せなかった悔し涙を、久美子は麗奈にだけ見せる。「死ぬほど悔しい」……その気持ちは中学の時に麗奈が見せた悔し涙と同じもので、その意味で二人はもはや孤高の絶対者ではない。大好きな存在と一緒に吹きたい気持ちが叶わなかったことに涙するどこにでもいる少女に過ぎない。けれど二人が見せるこの涙以上に絶対的なものなど、「特別」なものなどあるだろうか。特別なソリはけして、孤独なものではない。

 

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久美子「私、この気持ちも誇りにしたい! どんなに離れていても、麗奈と肩を並べられるように……」

 

この12話の副題は「さいごのソリスト」である。だがそれはオーディションの投票結果が出た時に決まったのではない。誓いを守り共に涙を流したあの瞬間、久美子と麗奈はかけがえのないソリストになったのだ。

 

感想

以上、ユーフォ3期アニメのレビューでした。「まるで久美子の独擅場だな」という印象から感じたものを紐解いていったところ、色んなものが姿を見せてきて文章にするのも一苦労でした。いや、後はもうすごいとしか言いようが……次回はとうとう最終回。30分で描き切れるんでしょうか?

 

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