久美子・イン・エンドレスエイト――「響け!ユーフォニアム3」8話レビュー&感想

©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

抜け出せない「響け!ユーフォニアム3」。8話は合宿と2度目のオーディションがドラマを生む。オスティナート=執拗な繰り返しが見せるのは、久美子が陥った「エンドレスエイト」である。

 

 

響け!ユーフォニアム3 第8話「なやめるオスティナート」

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1.繰り返しの定義

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北宇治高校吹奏楽部の夏合宿が始まった。準備の大変さに改めて先輩の偉大さを感じる幹部3人だったが、今回は初日に2度目のオーディションを行うという違いがあった。果たして久美子は、関西大会でも麗奈と共にソリを務めることができるのか……?

 

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メビウスの輪の「響け!ユーフォニアム3」。8話は吹奏楽部の合宿回だ。前回のプール遊び同様にこの合宿は本作の夏のおなじみであり、今年のメンバーでの合宿の様子を想像していた視聴者も少なくないのではないのだろうか。そう、プールも合宿も「響け!ユーフォニアム」においては繰り返しである。副題の「オスティナート」も「執拗音型」と別称される程の音楽的パターンの繰り返しのことを言うそうで、今回の話を考えるなら繰り返しは外せない要素と言える。

 

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橋本「もう一度!」

 

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新山「もう一度!」

 

「繰り返し」……確かにこの8話で描かれるものは繰り返しである。昨年・一昨年同様に指導してくれるプロ音楽家の橋本と新山は顧問の滝先生ともども「もう一度」と生徒達に演奏を繰り返させるし、コンクールメンバー選びのオーディションも今年は2度目だ。転校生の真由は自分がオーディションに参加する是非について久美子に2度に渡って確認するし、主人公にして部長である久美子は1年の時に見た先輩がそうしていたように朝ぼらけの中で1人ユーフォを演奏する。元々3期はこれまでのシリーズを彷彿とさせるような(久美子達が1,2年だった頃が私達の頭の中で「繰り返される」ような)エモーショナルな作りとなっているが、8話はそれが特に顕著な回と言えるだろう。だが、そもそもこの「繰り返し」とはなんだろう?

 

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繰り返しという言葉は日常でもよく言われる言葉だが、厳密な意味での全く同じ繰り返しは存在しない。いや、私達はそれを認識できない。例えば2009年には本作同様に京都アニメーションがアニメ化した「涼宮ハルヒの憂鬱」第2期で夏の日々がループする「エンドレスエイト」が8話に渡って放送されたが、登場人物(あるいは視聴者)にとってループが問題なのはそれがループだと認識している「違い」があるためだ。元凶にしてループに気付いていないハルヒのような人間からすれば何巡目だろうが1回目でしかなく、そもそも繰り返しを認識できない。逆説的だが、「何らかの違いがあるにも関わらず同じことが起きる」ことをこそ私達は「繰り返し」と呼んでいるのである。

 

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自分達が3年生となった今年こそ全国大会金賞を取るため、久美子達は部に様々な変化――シンコペーション――を加えてきた。(これは先代の指名によるものだが)3人での幹部体制、サンライズフェスティバルと同時進行でのコンクール練習、大会ごとに選び直すオーディション……どれもこれまでの「繰り返し」を避け、より良い結果を生むための施策だ。しかし一方で彼女達は、自分達が3年生になったからこそ繰り返しに気付いてもいる。多数の部員が3日間泊まり込む合宿の準備をやってくれていた先輩がどれだけ偉大だったか思い知ったり、合宿は3度目で最後なのだと2日目になって気付いたり……先に定義を示したように、久美子達が繰り返しを認識するのは「誰が」3年生かが変わったからこそだ。そして、この8話には「誰が」が極めて大きな意味を持つ出来事が待っている。……そう、「誰が」コンクールに出るかを決めるオーディションである。

 

2.久美子・イン・エンドレスエイト

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久美子「前にも話したでしょ? 上手い子に吹いてほしいんだよ。一番上手い子が吹く……それが北宇治だよ」

 

久美子が部長となったこの年、北宇治高校吹奏楽部には100人に近い多数の人間が所属している。だが全員がコンクールに出られるわけではなく、大会で演奏できるのはメンバーとして選ばれた一部の人間だけだ。「誰が」出るかで演奏の出来は大きく変わってくるからこそ、滝先生の下で久美子達は実力主義を唱えてきた。「誰が」は演奏の上手さで選ばれるべきで、そこには3年生で最後だからといった要素は関係ない――そういう体制を作ってきたし、それを今年も、いや今年の3度のオーディションでも「繰り返す」つもりだった。だが全体の上手さを重視する滝先生の基準では個々人の上手さは必ずしも評価に繋がらないことは1回目のオーディションで既に示されているし、今の北宇治高校には黒江真由という転校生がいる。3年生になって京都へやってきた、久美子と同じユーフォニアム演奏者……その存在は、下級生の演奏が上級生を上回る事態しか経験したことのなかった北宇治高校吹奏楽部にとってあまりに異質だ。

 

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奏「久美子先輩と高坂先輩のソリなら、全国いけますよ」

 

強豪校出身の実力者とはいえ、彼女は北宇治高校吹奏楽部に、いや北宇治高校吹奏楽部はいまだ彼女に馴染めていない。3年生からすれば一緒に2年間頑張ってきたわけではなく、2年生からすれば入学から1年面倒を見てもらったわけでもない。1年生にとっても部の「顔」は部長である久美子の方だ。だから、一同が考えるユーフォニアムのソロ担当は久美子しかいなかった。「誰が」は久美子以外にいないと思っていた。おそらく、真由の上手さを認めているつもりの久美子自身すら心のどこかでそう思っていたことだろう。

 

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滝「ユーフォニアム、3年……黒江真由さん」
真由「はい」

 

迎えた合宿の2日目、オーディションの結果を発表するのはいつもと違い副顧問の松本先生ではなく滝先生であった。「誰が」が違うその意味を考える間もなく進む結果発表で、久美子のユーフォニアムパートは大きな変更を受けたことが明かされていく。昨年も先日の府大会でも一緒にユーフォを演奏した2年生の奏はメンバーから漏れ、そして、ソロパートを担当するのは久美子ではなく真由。特にソロ変更は久美子にとっても他の部員にとっても青天の霹靂であったが、だがこれは「繰り返し」から外れたことなのだろうか? 否。オーディションに選ばれる全人数も、滝先生の基準も何も変わってはいない。真由に限らず誰かが選ばれればその分弾かれる人間が1人生まれる。滝先生が求めるのは全体の上手さであって、必ずしも個人の力量ではない……奏が選ばれなかったのは実力よりも編成人数の変更によるところが大なのだろうし、久美子の親友である麗奈はオーディション直前、真由には滝先生の求める音=全体に貢献できる音をすぐ理解できる『巧さ』があることを指摘していた*1。「実力主義」の名のもとに下されるこうした判断を、久美子達は既に何度も経験してきたはずなのだ。これはその「誰が」が今回は奏や久美子であったに過ぎない。

 

©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

全国大会金賞を取るために変わったはずだった久美子は、「何らかの違いがあるにも関わらず同じことが起きる」状況から――エンドレスエイト同様の繰り返しから結局抜け出せていない。だが前節で触れたように、「繰り返し」は違いに気付かなければそもそも認識すらできない。抜け出す方法を模索することはできない。麗奈が差し入れのよくある缶ジュースが想い人の滝先生からと聞いて目の色を変えたり、同じく3年生のみどりが後輩の求を恋愛対象として見るようになったらしき描写が示すように、「誰が」の違いに気付くことで世界は呆気なく姿を変えもするものだ。

 

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この8話、久美子は「あなたは本当に変わったのですか?」と問われている。辛く苦しいその問いこそ、彼女が陥ったエンドレスエイトから抜け出す最初の一歩なのである。

 

感想

以上、ユーフォ3期の8話レビューでした。うわーこれまでの8話で一番手間取った! 見立て自体はそこまで迷わなかったのですが、麗奈やみどりの描写をどう位置づけるかで文章がそれてすっかり時間がかかってしまいました。
求とみどりの関係がここまでテーマに関わってくるとは思わず、とてもびっくりしています。ここも安心して見ることはできないのか、いや当たり前か。蜘蛛の巣に捕まった久美子はいったいどうするのでしょうね。

 

 

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*1:同時に、久美子が注意を受ける回数が増えていた事実は彼女の演奏が滝先生が求める音(方針)からズレ始めている現れでもあったのだろう