墜ちて始まるアルペジオ――「響け!ユーフォニアム3」10話レビュー&感想

©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

墜落の「響け!ユーフォニアム3」。10話では「響く」という言葉が印象的に使われる。音を鳴らすのではなく響かせるために必要だったものは、いったいなんだろう?

 

 

響け!ユーフォニアム3 第10話「つたえるアルペジオ

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1.もう1つの音

吹奏楽コンクール関西大会が刻一刻と近づくも、夏合宿以来漂う重苦しい空気を払拭できない北宇治高校吹奏楽部。秀一はもはや自分達にはどうしようもないと、滝先生に説明してもらうことを提案するが……

 

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香織「うらやましいな……『響いた』んだよ」

 

協和音の「響け!ユーフォニアム3」、10話の副題は「つたえるアルペジオ」となっている。和音を構成する音を順番に演奏することだそうだが、私はそもそも和音とは何?から始めなければならず今回はいつも以上に戸惑うことしきりであった。この和音というのは高さの違う2つ以上の音が同時に「響く」ことだそうで、劇中で主人公の久美子や卒業生の中世古香織が口にする「響く」もそこにかけられていると見るのが自然だろう。この「響く」を通して音楽を人間の比喩とする時、和音を構成する音もまた人の比喩となって見えてくる。

 

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第2回オーディションの結果への不満、今後への不安……そういったものがのしかかった今の北宇治高校吹奏楽部の空気は、端的に言って最悪である。遂には練習中に今のやり方に疑問を呈する者も現れ、関西大会まであとわずかしか無いにも関わらず演奏する手が止まってしまうほどとなった。そして、この時露呈しているのはただの個々人の不和ではない。

 

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部員「別に、私は不満なんか……」
部員「滝先生が大会ごとにオーディションするって決めたわけだし……」
麗奈「決めたのは滝先生じゃありません」
部員「そうなの?」
秀一「提案したのは幹部。まあ最終判断は滝先生だけど……」

 

上記の会話から見えるもの。それは幹部と部員で音の高さが違う・・・・・・・事実だ。部員達は滝先生の考えが見えないことを不安がっているわけだが、その理由の一つである大会ごとのオーディションはそもそも部長の久美子、副部長の秀一、ドラムメジャーの麗奈の3人が提案したものでまた部員達はこの時までそれを知らなかった。部員達が「滝先生に」感じている不安の一部は「幹部が」生み出したもので、北宇治高校吹奏楽部には滝先生と部員だけでなく幹部という高さの異なる音が隠されていたのである。

 

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部員達が感じていた不安、それは滝先生という1音にもう1音である自分達が支配されている不安であったが、音が3つあるならその構図は正確ではない。部内の不協和音はもはや自分達では収拾がつかないと秀一から提案を受けた久美子は、オーディションについて滝先生に説明してもらうべきではないかと麗奈に話すが彼女が賛同することはなかった。

 

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麗奈「部長としてやることが、滝先生に説明してほしいってお願いすることなの? 誰かに頼ることなの?」

 

麗奈はほとんど滝先生を盲信しているに等しい人間だが、にも関わらず彼女のこの指摘は盲信からもっとも遠い場所に立っている。なぜなら、滝先生さえ・・説明してくれれば解決するはずだというのは結局は彼を絶対視しているのと変わらないからだ。滝先生を疑問視しているようでその実、自ら彼に頭を垂れるのと同じだからだ。

 

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久美子「じゃあ麗奈はどうしたらいいと思うの!? 上から正論言って納得するなら誰だって苦労しないよ!」

 

麗奈の言葉に反射的に上記の言葉を返したこの時、久美子は麗奈以上に前回の麗奈的である。麗奈が部員達の不安に理解を示さないのは彼女が正論でばかり物事を考えるからだが、今の久美子は「正論では人は動かないという正論」を振りかざしてしまっている。だから前回と逆に相手から目をそらさないのは麗奈の方であり、その眼差しに久美子はうろたえざるを得ない。

 

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北宇治高校吹奏楽部には2つではなく3つの音があり、滝先生に説明を求めるのはそれを自ら2つに減らしてしまう行為でしかない。では、どうしたらいいのか? 行き詰まった久美子が向かった先は、以前に葉書で住所を教えてもらった田中あすかの家――卒業生という、高さの違う音の住処であった。

 

2.墜ちて始まるアルペジオ

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北宇治高校吹奏楽部卒業生、田中あすか。久美子の2年先輩にして同じくユーフォ奏者、今は同級生の中世古香織と同じ部屋をシェアしている彼女は見た目こそかつてと大きく変わっていたが、人を食ったような物腰は相変わらずであった。そんな彼女が久美子から相談を受けても正面からのアドバイスなどしてくれるわけもなく、あすかはからかうような口ぶりでこう指摘する。……久美子が言っていることはただのワガママだ、と。

 

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久美子にとってあすかの指摘は意外、というより心外だったことだろう。「オーディションやって一番上手い人が吹いてほしい」「選ばれないならちゃんと理由を説明してほしい」というのは”お気持ち”ではなく部長としてあるべき公的な態度だと彼女は考えていたはずだ。だが一緒に相談したオーディションを辞退したがる転校生・黒江真由の件が「客観的かつ論理的(byあすか)」に考えれば受け入れて自分がソリを吹けば終わりであるように、実際には久美子は自分が納得できるものを求めているに過ぎない。今の振る舞いは部長としてあるべき絶対の姿などではない。

久美子の思い込みのタガを外し、あすかは更にこうも言う。みな答えを出してから行動しているとは限らない。涼しい顔をしているが、おそらく滝先生自身もどうすればいいか迷っている。部内の空気の重さにも気付いているが、その迷いを見せたら終わりだと考えているからそしらぬふりをしているのだ……と。

 

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あすかがしてみせたこと。それはいわば神性の解体である。大地に引きずり落とす行為と言ってもいいだろう。部長としてあるべきと思っていた態度も、にこやかな表情で常に先を見据えていると思っていた教師も、高さが違うだけで音であることには変わりない。完全無欠の支配者などではない。それは1つの音に従っていれば済んだ時代の終わりだが、同時に新たな可能性の幕開けだ。すなわち和音は1つに重なっている(同時に演奏される)必要はなく、異なる意見そのままに分散して演奏されても――アルペジオになっても構わない。ただ、そのためには必要なものがある。自分自身で1つの音を担わなければ和音を分散することはできない。久美子自身が1つの音にならなければ、思っていることを話さなければ、演奏されるのはただの音楽の歯抜けにしかならない。

 

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秀一と麗奈ともう一度話し、迎えた関西大会当日。久美子は自ら申し出てスピーチの時間を取る。緊張のあまり落ち着くよう自分に言い聞かせる心の声を口にしてしまう久美子の姿は滑稽だけれど、そこには部長としてあるべき姿(と思い込んでいたもの)にガチガチに囚われていた頃にはけして見せられなかった1人の人間としての黄前久美子の姿がある。「1つの音」の姿がある。幹部も教師も1つの音として並べ、全国大会金賞を取りたいという彼女の訴えはまさしく演奏のように皆に「響いて」、だから部員達は二の句を告げなくなってしまった言葉を自らが演奏していくのだ。「全国に行こう」「金賞を取ろう」と一人ひとりが口にするその言葉こそ、この10話で北宇治高校吹奏楽部が奏でたアルペジオ=分散して演奏される和音、そして関西大会突破に必要な演奏であった。

 

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部員「私も! 取ろう、全国金!」
部員「絶対に行こう、全国!」

 

1つの音からは和音は生まれない。一人ひとりが音であるからこそ、それは音楽として響くことができるのである。

 

感想

以上、ユーフォ3期アニメ10話レビューでした。今回は最初に触れたようにアルペジオや和音を素人なりに理解するのがとても大変で。アルペジオが映像として現出していることに気付かされたのも本当に最後の最後でした。アバンの飴の演出上の意味は分からんので他の方にお願いします。
さて、関西大会を突破し話数は残り3話。全国大会に向けて、久美子達はどんな演奏をするんでしょうね。

 

6/11追記

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