心音のチューニング――「響け!ユーフォニアム3」9話レビュー&感想

©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

波乱の「響け!ユーフォニアム3」。9話ではオーディション結果に吹奏楽部が軋みをあげる。だが、副題が示す「チューニング」の対象は吹奏楽部なのだろうか?

 

 

響け!ユーフォニアム3 第9話「ちぐはぐチューニング」

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1.チューニング対象は何?

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久美子がソリから外れたのを筆頭に、第2回オーディションによってコンクールでの編成を大きく変えることとなった北宇治高校吹奏楽部。久美子は自分の中にこみ上げる感情を必死に抑えようとするが、結果に不満を抱いている生徒は他にも多く……!?

 

調律の「響け!ユーフォニアム3」。部長の久美子ではなく真由がソリに選ばれるまさかの事態を迎えた前回であったが、オーディションの結果に衝撃を受けたのは彼女だけではなかった。ユーフォとチューバの人数変更を始め府大会から大きく手を加えられた選抜結果に不満を覚える者は多く、北宇治高校吹奏楽部には重苦しい雰囲気が漂うようになってしまう……今回の副題は「ちぐはぐチューニング」であるが、なるほど第2回オーディションの結果は部内のチューニングに全く失敗していると言える。だが、チューニングが指すものはそれだけだろうか。

 

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つばめ「滝先生、部長とか幹部とか関係なくちゃんと聞いて選んでるんだって」

 

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葉月「少なくとも、私はシンプルに実力で選ばれていると思ってた。だから去年も納得したし、今年目指して頑張れた」

 

チューニング=調律とは楽器の音の高さを一定に合わせる行為であるが、合奏においては当然ながらそれは個人→パート→全体で行われる。すなわち今回最初に見るべきもまた、部全体よりは部員個々人の方だろう。例えば第2回オーディションの結果に不満や不信を抱く生徒は確かに多いのだが、それはけして全員ではない。3年生でようやくコンクールメンバーに選ばれた加藤葉月や真由とも仲のよい釜屋つばめのように、実力主義はけして建前ではないのだと今回の結果にむしろ納得している者もいる。彼女達個々人の中では「チューニング」はこれまで以上に合っているのだ。

 

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橋本「なんていうか……今年はみんな無茶苦茶ピリピリしてるんだよ。ガッチガチに固まっているというか……硬い!」

 

もともと、オーディション結果への不満は第2回で急に生まれたわけではない。2年の鈴木美玲のように第1回の時点で顧問の滝先生の基準に首を傾げる者は発生しており、彼女達は納得できない気持ちにそれでも蓋をして練習に臨んできた。だが、先の葉月やつばめと並べて考えるならそれは内心と行動がチューニングできていない・・・・・・・・・・・・に等しい。そんな人間が増えれば演奏にも影響が出るのは当然で、だからコーチの一人である橋本は今年の吹奏楽部の演奏を「ガッチガチに固まっている」と評したのだろう。

 

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久美子「麗奈の言う通りだと思うよ」

 

内心と行動、あるいは結果が一致しない時、多くの場合私達は内心の方を変えることでチューニングしようとする。他人を変えるより自分を変えた方が手っ取り早く、また世界(この場合は滝先生の基準、そして自分達が掲げた実力主義)は公正だと信じたいからだ。幹部の1人、ドラムメジャーの高坂麗奈は部員達に今回の結果への異論を許さず、彼女達の内心を結果に一致させるべく指導を強めようとする。久美子もまた、ソリに真由が選ばれたことに自分は納得していると言い聞かせ周囲にもそう振る舞う。だが、こうしたチューニングは多少の不満には有効だが一定値を超えると途端に綻びを覗かせる。パートリーダーが訴える各パートの息苦しさ(チューニングの失敗)はもはや麗奈の正論で抑えられるものではなかったし、久美子は口では「麗奈の言う通りだと思うよ」と賛同してももはやひきつったような笑顔しか浮かべられなくなっていた。

 

自分や部をどうにかチューニングしようとしても、もはやそれらがちぐはぐな現状は隠しようがない。ではどうすればいいのか? 答えは思わぬ形で、そしてとても辛い形で久美子の前に姿を現す。

 

2.心音のチューニング

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夏休み後もまだまだ暑さの続くある日、練習を終えた久美子、麗奈、葉月、そして彼女達同様3年の川島緑輝(みどり)の4人はいつものように帰宅の途についていたが、途中のコンビニで話題になったのはやはり吹奏楽部の現状であった。現状の空気に否定的なのは同じでもオーディション結果そのものへの賛否は分かれる葉月とみどり、そもそも現状が正しいと考える麗奈……3人は誰もが意見の全てが一致するわけではなく、すなわちちぐはぐである。だが、見方を変えればこれはむしろ極めて自然な状態だろう。仲良し4人組とは言っても、1人1人は違う人間なのだから彼女達の意見が完全に一致するはずがないのだから。
吹奏楽部としてはちぐはぐなこの状況はしかし、個々人としてはむしろチューニングが合っている……この状況は、それ自体が一つの問題提起である。北宇治高校3年、ユーフォニアム担当にして吹奏楽部部長の黄前久美子に、お前のチューニングは合っているかと3人の不調和は問うているのだ。

 

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久美子「私は……そうは思わない」

 

いつの間にかコンビニから去っていた麗奈を追いかけた久美子は、納得していない内心を見抜かれながらもどうにか自分を取り繕おうとする。おそらく麗奈も葉月やみどりとは喧嘩したくなかったからこそ無言のまま先に帰ろうとしたのと同様、大切な人との意見の不一致は隠したいものだ。だが、不満の声は努力不足の言い訳だとまで言われては、さすがにもう賛同することはできなかった。麗奈の「正論」に合わせる形で自分をチューニングすることは、もうできなかった。

 

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久美子は言う。これだけ部員から疑問の声が出ているものを部長として無視はできない。少なくとも、今回の件に関しては滝先生を全面的に信じていると言ったら嘘になる……と。それは麗奈に言わせれば部長に相応しいあり方ではなく、ここに親友と呼べる間柄だった二人の関係には決定的な亀裂が走ってしまう。だが、決裂のこの瞬間こそは久美子の中でチューニングが合った瞬間だ。部長として相応しくあろうと自分に嘘を付くのではなく、押し殺してきた疑問が部長としての責務と一致したからこそこの結果は生まれた。帰宅した久美子は姉の麻美子にひどい顔をしていると言われ苦笑するが、本当は彼女は心の中でずっとそんな顔をしていたのだろう。

 

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久美子「……先生」
滝「なんですか?」
久美子「聞きたいことがあるんですけど……!」

 

翌日、麗奈と喧嘩別れしたため1人で登校となった久美子は、滝先生にいよいよ疑問をぶつけるべく話を切り出す。多くの部員が現状に疑問を感じているのは、穏やかな笑顔を絶やさぬ彼から本心が見えてこないから――チューニングが合っているように見えないからだ。そのちぐはぐさの解消なしには、滝先生と部員達が本当の意味で「音を楽しむ」ことは、合奏することはできない。
構成員が不満を押し殺すような表面的な調律は、この9話が行ったチューニングではない。心の臓から発する音と己の声を一致させる、心音のチューニングこそ久美子達の課題だったのである。

 

感想

以上、ユーフォ3期のアニメ9話レビューでした。副題がこれまでに比べると比較的なじみのある音楽用語だったので不安になりながら視聴したのですが、思ったよりすんなり見立てができてホッとしました。これがまだ「関西大会突破のための演奏(ドラマ)」だというのが恐ろしい。話数はまだ4話ありますし、「全国大会金賞のための演奏(ドラマ)」では何が起きると言うんでしょう。

 

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演出はさっぱりな人間なんですが、このカットは左右で違う川の色と橋の真ん中の模様で久美子と麗奈の間に走った亀裂が示されている……ということでいいんでしょうかね。こんなんよく思いつくな……

 

<追記>

 

 

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