卵は混沌の苗床――「ダンジョン飯」21話レビュー&感想

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

混濁の「ダンジョン飯」。21話では迷宮を巡り思惑が入り乱れる。その錯綜はまるで卵に等しい。

 

 

ダンジョン飯 第21話「卵/黄金郷」

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1.卵と混ざること

地上へ戻り島主へ状況を報告しようとしたシュローとカブルーだったが、事態は重った以上に切迫していた。迷宮の危険を重く見たエルフの一団、通称カナリア隊が島主に迷宮の引き渡しを求めてやってきたのだ。一方、ライオスはイヅツミの反応から自分が見ていた幽霊が幻覚ではなかったと知り……!?

 

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卵を割る「ダンジョン飯」。21話はまた新たに多数の人物が登場する回だ。迷宮の調査と制圧を任務とするエルフ達のカナリア隊、黄金の国の王だったデルガルの孫にして不老不死の呪縛に囚われたヤアド……主人公であるライオスの妹を助けたいという小規模な動機から始まった物語はもはや、迷宮のある島や世界の趨勢まで左右しかねない巨大な騒動になりつつある。いや、ライオス達の目的はやはりファリン救出なのだから、これは大小の物語が迷宮の中で混ざっている・・・・・・と言ってもいいだろう。そして、今回「混ざる」を語るには卵の存在が切っても切り離せない。

 

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19話で仲間の一人マルシルは人間とモンスターの魂が混ざったファリンや新たな仲間イヅツミを卵になぞらえた。彼女達は1つの殻の中に2つの魂が入っている状態に等しく、混ざり合った魂は二度と元に戻らない……と。なんとも分かりやすい例えだが、同じく仲間の一人にして料理を得意とするセンシはこれに一つ問いを付け加える。混ざり合った魂が卵だと言うなら、それはどんな卵なのか? 例えば炒り卵か、それとも目玉焼きか?

 

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劇中で否定されるように、センシは言葉遊びをしているわけではない。卵には加熱凝固性を始めとした様々な性質があり、条件さえ整えれば水と油のような相反するものまで乳化させることができる。そう、混ぜることができる。ファリンやイヅツミのような状態はけして特殊ではなく、卵そのものが「混ざる」ことに強い親和性を持っているのだ。

 

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ライオス「魔物があんなに大人しくしてる……」
村人「俺達を傷つけないよう命令されとっからな。でも外から来たあんたらは別だ、村のものを肌身離さずにな」

 

「混ざる」を念頭に置いた時、この21話では確かに様々なものが混ざっている。主要人物の1人カブルーは島主の所へ赴き折衝を行っているが本来彼は同行者であるシュローの証言の補足を求められたに過ぎなかったし、島主の館に着いた時は既にカナリア隊が島主を強引に説き伏せようとしていたため二人は強引に乱入せざるを(=混ざる形を取らざるを)得なかった。また後半ではライオス達がかつて迷宮の地を支配した者達の住む黄金郷に足を踏み入れるが、不老不死の呪縛に囚われた黄金郷の住人は普通の人間と同じではないからこれもやはり「混ざる」一種に数えられるだろう。そして「混ざる」が卵同様の性質であるなら、そこから生まれる可能性にもまた卵同様の多様さが隠されている。

 

2.卵は混沌の苗床

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

カブルー(おそらくこれが最初で最後の機会である以上、エルフ達に邪魔をさせるわけにはいかない。あいつをどうするかはその後だ!)

 

カナリア隊が迷宮制圧の許可を取り付けようとする最中に割り込んだカブルーは、エルフと縁深い出自を語り策を提案することで彼らがダンジョンに入るのを遅延させることに成功する。だが、彼に具体的な勝算があるかと言えばそれは否だ。島の運命に大きく関わるのではないかと注目していたライオスは会ってみれば単純に魔物好きな男であり、およそ迷宮の主に相応しい器とは思えない。しかし自分達の中でもっとも可能性があるのがこの男である以上、今はそこに賭けるしかない。ライオスが島に繁栄と災厄のいずれをもたらすかは今はまだ卵の中・・・で混ざった状態にある。

 

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また黄金郷は様々な魔物を飼育しているが、これは通常の家畜が手に入りにくいからで別に好き好んで魔物を選んだわけではない。けれど魔物が好きだったり魔物食を研究しているライオスやセンシからすればこれほど好奇心をそそられる場所はなく、またマルシルからしても魔物から攻撃性を奪う結界が張られたこの場所は研究対象としてあまりに興味深い。村人は村人で外部から人間が来れば構いたくて仕方なくなり、マルシルなどは村の女性が作ったドレスの試着を求められる有り様。不死者と人間(と言っても種族もバラバラだが)が混ざれば新たなものが見えてくるのだ。その象徴こそ長であるヤアドが語った予言であり、それはなんと翼を持つ剣を携えた者=ライオスが狂乱の魔術師を打ち倒しこの国の新たな王となるだろうという驚きの内容であった。仲間達からすれば剣を手に入れた経緯は偶然だしライオスが新たな王になるというのも人違いとしか思えないのだが、偶然こそ決まっていたことだとヤアドに言われれば返す言葉が無い。

 

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カブルー(しかしなんとなく、この男が島の運命に大きく関わるのではないかと思った)

 

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ヤアド「予言はこう続きます。翼持つ剣を携えた者、狂乱の魔術師を打ち倒しこの国の新たなる王になるであろうと」

 

いったい、今回の話は地上と迷宮で完全に状況が分断されている話である。にも関わらず両者は共にライオスが王となる可能性を示唆しており、それは水と油が「混ざる」ようにしてその真実味を高めている。不老不死で食事を必要としないはずの黄金郷の住人が生きるために=正気を保つためにむしろ食器や畑の手入れを必要としたように、相反するものが混ざるところには「生」が生まれるものなのだろう。いや、そもそもで言えば卵とは生命の源なのだからこれは当然の話だ。狂乱の魔術師を倒し自分達を解放してほしいというヤアドの願いに即答できないライオスの心の中でもまた、今まで考えてもみなかった(あるいは見つめてこなかった)思いが生まれようとしている。

 

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妹を助けたいと思いと魔物を知りたい思い、エルフとカブルーの思惑、冒険と王権……ダンジョン飯」にとって、迷宮はまるで卵の殻だ。2つあるそれらをまぜこぜにして育む、混沌の苗床こそは卵なのである。

 

感想

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以上、ダンジョン飯の21話レビューでした。今回は特に悩んだのですが、描写を通して言えるものがあるならこのあたりかな……と。黄金郷のドレス、ハイセンス過ぎる。ポーチドエッグは食べたことないなあ、レシピは調べれば出るが自分でも作れるかしらん。次回のライオスの返答が楽しみです。

 

 

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