食卓は生態系の味――「ダンジョン飯」4話レビュー&感想

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

皆で囲む「ダンジョン飯」。4話ではダンジョンの新たな姿と共にライオスの進むべき道がおぼろげに示される。食卓を作ることは生態系に似ている。

 

ダンジョン飯 第4話「キャベツ煮/オーク」

delicious-in-dungeon.com

 

1.魔物殺しの先達

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

迷宮地下3階に到着したライオス達だが、ここにいるのは骨や腐肉が動くおよそ食用に適さないモンスターばかり。敵を避けて進もうとする彼らにしかし、仲間の一人センシはゴーレムに用があると言う。99%が土でできた魔法生物のゴーレムが食べられるはずはないのだが、はたしてその理由は……?

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシ「彼らの体はたっぷりとした栄養に富み、いつも適度な温度と湿度を保っている」

 

多彩な顔を見せ続ける「ダンジョン飯」。前回3話は動く鎧を食べる驚天動地の回であり、同時に不可思議な存在のはずの魔物を食べる魔物食が一種の神殺しだと示された回でもあった。動く鎧が魔法で動いているのでなく軟体生物が寄生しているのだと解き明かした主人公ライオスの観察力は今回も健在で、彼はこの4話冒頭で人とスケルトンとグールの足音を聞き分ける芸を披露してみせたりする。ただ、こうした分野に長けているのはライオスだけではない。最新参の仲間・ドワーフのセンシはそれこそ10年以上魔物食を研究しているベテランであり、拠点にしているキャンプ場のある迷宮地下3階で明かされた魔物の活用法は驚くべきものだった。なんと彼は土でできた魔法生物ゴーレムに植物の種を植え、畑代わりにしているというのだ。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

チルチャック「ゴーレムを畑代わりにしてんのか!? 城の人間が泣くぞ!」
マルシル「魔術の研究者も泣くね!」

 

ゴーレムは土で人を模して作られる、主人の命令を忠実に守る魔法生物だ。センシはゴーレムの組成や強さが野菜の栽培や泥棒対策に最適と評価しているが、元は王宮だったこの迷宮を守るために作られた存在をそんな風に扱うのは冒涜じみてすら見える。仲間であるエルフのマルシル、ハーフフットのチルチャックが城の人間や魔術研究者の嘆きを説くのも無理もない話だ。まさに「魔物殺し」。だが、センシのそれは単に魔物を生物に変えて終わりというものではなかった。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

チルチャック「なんか茂ってるとは思ってたが、これ全部野菜? ゴーレムからしたら寄生されてるようなもんじゃないのか?」
センシ「むしろ植物が根を張ることで土が強固になるのだから、共生関係にあると言っていい」

 

センシは確かにゴーレムを畑代わりにしているが、それは自分だけが美味しいところをかすめ取るような行動ではない。野菜が根を張ればゴーレムの土は強固になるし、土のままでは畑として不敵だからセンシは何度でもゴーレムを再起動させてくれる(収穫の時には彼自身がゴーレムを倒しもするが)。肥料や水をまきあだ名まで付けてゴーレムのコアを土に埋め直す彼の姿は愛情に満ちていて、一方がもう一方を搾取するのとは違う共生関係が成立するものだった。そして収穫した野菜料理に舌鼓を打ったライオス達は更に、センシが共生しているのがゴーレムとだけではないことを知る。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシ「ダンジョンも畑も一緒だ、ほったらかして恵みを享受することはできん。何よりここで育ったものを食べ自らもダンジョンに分け与え、そうして暮らしているとようやくこの迷宮の中に入れたように思える。それが嬉しい」

 

迷宮内の人通りの多い場所ではトイレ、排泄をどこで行うかが取り決められているが、3階のそれの手入れが行き届いているのはセンシのおかげだった。もちろん彼は単に掃除をしているのではなく、汲み取った糞尿を畑の肥料として利用している。ライオス達はこれまで気付きもしなかったが、センシはこのダンジョンそのものと共生関係にあったのだ。

地上で耕作や狩りをした方が楽と考えることはないのかとライオスに問われたセンシは、自分がいなければトイレに落ちたゾンビを取り除いたり倒れたゴーレムを起こしてやれる者がいなくなってしまうと言う。ただでさえ個体数の減少しているゴーレムがいなくなれば階下の魔物が上がってくるようになり、そこを追い出された魔物が更に別の場所へ移動する連鎖で迷宮は歩くことも狩りもできない場所へ変貌してしまうだろう、と。彼はここで育ったものを食べ自分自身も分け与える行為によって自分が「迷宮に入れたような」気持ちを味わっているが、その感覚はセンシが迷宮の生態系の中にいる実感にほかならない。すなわち、彼にとって迷宮の中では自分もモンスターも共に「生物」なのだ。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシは魔物食=魔物殺しによって彼らへの畏怖こそ失っているが、代わりに対等な存在としての敬意を払っている。魔物食が魔物殺しだと理解し始めたばかりのライオスにとって、そんな彼の姿はどれほど遠くに見えたことだろう。「センシはすごいな……」とつぶやきながら彼を見るライオスの目に映っていたのは、魔物食という”迷宮”探索の先達そのものであった。

 

 

2.食卓は生態系の味

ダンジョンで共生関係を築くことはダンジョンの生態系の一員になること。それをライオスに教えてくれるのが4話前半なら、後半は彼が生態系の築き方の第一歩を踏み出す話だ。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

マルシル「ひどい! 食べ物を粗末にすると罰が当たるんだから」

 

センシの野菜は普段ならもう少し下の階層の者と物々交換しているのだが今は応じてもらえる見込みがなく、畑を遊ばせておくのがもったいないため収穫したものの使い切れない状況にあった。ライオス達は代わりにこの3階の「店」で物々交換しようとするものの取り合ってもらえず往生する。地上に戻れない犯罪者の客も多いここで取引の対象となるのは、地上と同じ金だけ……更には店には突如オークの一団が襲来し、ライオス達以外の人間は皆殺しにされてしまう。彼らは下層でセンシと物々交換を行う仲であったが、レッドドラゴンが集落近くに現れたため地下3階に避難。乏しい物資を補うために略奪を行っていたのだ。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

オークや彼らに殺された店の人間には共通点がある。それは彼らがこの3階の「生態系」の中にいないことだ。元よりオークは下層からやってきたのだし、店の者も3階を都合の良い隠れ家にしているだけでそこで育った野菜に見向きもしない。センシが前半懸念した生態系の異変が他の階から波及する形で実際に起きているのがこの後半の事件であり、ならば事態も単なる戦いでは解決しない。それは3階の生態系の再構築でなければならない。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ゾン「地上を追われ地中に逃れ、ようやくたどり着いた迷宮でさえお前達は奪おうとする!」
マルシル「先に発見したのは上の村の人達だし!」

 

命と引き換えに荷物を全て差し出すよう脅されるも、店にあった小麦粉やパン種でパンを作りたいというセンシの素っ頓狂な欲望から回り回ってオークの頭ゾンと一緒にパンをこねることになった一行は、そこでパン生地を叩きつけながら言い分をぶつけ合う。オークにはトールマン(人間)やエルフに地上から地下へ追い立てられた恨みがあるが、マルシルに言わせればそれは彼らが略奪を生業とし他種族の脅威となっていたため。迷宮地下深くの「狂乱の魔術師」を倒した者はこの迷宮の王となるが冒険者達は私利私欲の馬鹿者達ばかりだから殺すのだとゾンが言えば、マルシルはそれなら自分達も王座に挑戦すればいいと言い返す。どちらがどちらを言い負かすこともできないまま焼き上がったパンを、作らせてやっただけで食っていいとは言っていないとゾンは奪い取ろうとするが――そんな彼を止めたのは、幼い子オークの「父ちゃん、みんなで作ったのにあの人達は食べられないの?」という無邪気な問いであった。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ゾン「ほら、できたぞ! 食え!」

 

子オークが言うように、このパンは誰か一人が作ったわけではない。店にあった酵母や小麦をマルシルやゾン達が生地にし、センシが焼いた皆の成果物……誰一人が欠けても生まれなかったであろうそれは、理屈としては生態系と同じものだ。略奪だけでは持続性が無いように、パンの独り占めはオークが3階で生態系を築けないことを意味する。答えに窮したゾンにマルシルやセンシは助け舟を出すが、それは彼だけでなく自分達の命や食事の確保にも繋がる口添えでもあり、最終的には彼ら全員が食卓を共にする奇妙な状況が生まれることとなった。そしてこれまでの問答が象徴するように、これは単に食べ物を分け合うだけの行為に終わらない。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

マルシル「奪うことしかできないなんて言ったけど、オークもなかなかやるじゃん」

 

先に触れたように、パン作りの際の口論はどちらが勝ったわけでもない。けれど結果からすれば食卓にはパンだけでなくセンシの野菜からオークが作った料理も並んでおり、センシとは大きく異なるピリ辛なその味をマルシルは称賛する。彼女は「パンだけでは栄養にならない」「バランスよく食べてこその食事」と子オークに語ったが、多国籍ならぬ他族籍なこの食卓は料理を見ても顔ぶれを見ても彼女の言葉そのものだろう。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

また、同じ釜の飯を食いながらライオスはゾンに語る。自分達が迷宮深くに潜るのは妹を食べたレッドドラゴンを追うためであり、場所を教えてくれれば自分達が倒してみせる。目撃場所の近くにある集落には一切関与しない、と。レッドドラゴンの場所を教えてくれることが相手の利益にもなると取引を持ちかけたわけだが、つまりここで生まれるのもまた共生関係だ。約束が成り立った瞬間、ライオスはオークを含む3階の新たな生態系の一員となることに成功したのだった。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ライオス「これからは、この迷宮を手に入れるということをよく考えながら探索しよう」

 

生き物にとって、食事の一番の理由は栄養補給である。その主目的を叶えるだけなら、どう食材を入手しようがどう調理しようがさほど変わりはしない。しかし食材の成り立ちや作り方一つとってもそこには無数の意味が重ねられ、故に食事は大きな意味を持つ。それはRPGでおなじみのダンジョン探索にしても同じことだ。

たかがダンジョン飯、されどダンジョン飯。迷宮でちっぽけな食卓を味わう時、私達は生態系の如き深淵もまた味わっているのである。

 

 

感想

というわけでダンジョン飯のアニメ4話レビューでした。SEED FREEDOMを見に行ったこと、「①ライオスの成長 ②生態系 ③食事」の3要素を一直線に並べるくくりがなかなか見えてこなかったことから更新が遅くなってしまいました。すみません。

 

畏怖の代わりに敬意が生まれ、そこに生態系が誕生する。今回はこの構図が印象的でした。前回書いたように魔物殺しは科学による神殺しと同じものですが、現実でも畏怖の消失で止まって敬意の誕生に至らない状況はしばしばです。広く捉えるなら、一部のライフハックや大手SNSで金稼ぎのために閲覧数だけを重視するインプレゾンビなんかも生態系を破壊する存在に例えられるでしょう。もちろんここで「敬意を払ってないのは「奴ら」だ」と思い浮かべる対象も様々でしょうが、示唆するところの多い回だったのではないかと思います。
3話までともまた異なる方向性を見せてくれる、密度の高い30分でした。さてさて、次回はどんな「料理」が食べられるのかな。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシ「パンが作れる!」

 

ドラえもんに寄せた調子に笑ってしまう。中博史さんの声がたっぷり聞ける番組は貴重。

 

 

<いいねやコメント等、反応いただけると励みになります>