忘れ難きは地上の味――「ダンジョン飯」5話レビュー&感想

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

食べ続ける「ダンジョン飯」。5話では地上とダンジョンを隔てるような食事が登場する。今回ライオスが味わうのは、忘れ難き地上の味だ。

 

 

ダンジョン飯 第5話「おやつ/ソルベ」

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1.カブルーとライオスの差

その日暮らしの冒険者になるのをよしとせず、迷宮の攻略を目指すカブルー達の一行。ゾンビから金銀財宝の入った宝箱を手に入れた、はずだったのだが……

 

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悪食の「ダンジョン飯」。5話ではカブルーをリーダーとする6人組の冒険者が登場する。彼らはベテランにも一目置かれる成長株であり、今回の探索でも十分な物資を用意し慎重さを忘れない優秀な面々だ。その甲斐あって初めての階層にも苦戦することなくたどり着き、ゾンビが持っていた宝箱から今後の軍資金となる金銀財宝を手に入れさえしたのだが――程なくして同じ場所を訪れた主人公ライオス一行が見たのは、外傷もほとんど無いのに全滅しているカブルー達の亡骸であった。財宝と思われたのはそれに擬態した宝虫なるモンスターで、彼らは不意を突かれてあっけなく全滅してしまっていたのだ。

 

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カブルー「言葉よりも行動で示してやろうじゃないか。というわけで、今回は少し深めに潜る。入念に準備していこう!」

 

カブルー達は欲の皮の突っ張ったような人間ではない。日銭稼ぎが目的の同業者を軽蔑し迷宮攻略を真剣に目指す彼らはむしろ志の高い冒険者であり、財宝もそのための軍資金とするつもりだった。そんな彼らでさえ油断させてしまうところに財宝の、いや金銭的価値の恐ろしさがある。
迷宮に潜ればまともな料理が当分食べられないのを寂しがり、食料を始めとした荷物を全て先に調達しておくカブルー達は結局のところ迷宮に本当の意味で潜れてはいない。今回の全滅の原因はそういった部分にあるのだろう。ライオス達は違う。

 

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センシ「ほい」
マルシル「いやぁぁぁぁ!」
チルチャック「すっごい選別してる……」

 

ライオスがこっそり持ち歩いている「動く鎧」の剣に寄生していた軟体生物のおかげで財宝の正体がモンスターと知った一行はエルフのマルシルが咄嗟に放った失神魔法のおかけで難を逃れるが、その後の行動はカブルー達にはけしてできないものだ。なにせ仲間の一人ドワーフのセンシは散らばっている「財宝」を食べられる宝虫とそれ以外に選別してしまった。彼にとってこの虫達はあくまで食べ物でしかなく、財宝に似ていることは特に魅力的でも錯誤を起こすような要素でもなかったのだった。ただ、センシの手慣れた調理法によって宝虫達は確かに料理に早変わりするが、今回のそれには抵抗を覚えた人も多いのではないだろうか。

 

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ライオス(甘くて美味しい! 本当に宝石そっくりだ……)

 

現実でもその栄養価が注目されているように、昆虫食そのものは突飛な発想ではない。それにも関わらずセンシの作った「真珠ムカデの串焼き」や「コイン虫のせんべい」が食べ物として奇妙に見えるのはそれが非生物=食べ物とは認識し難い存在だからだろう。ライオスはハンバーガーのようにパンに挟まれた「宝虫の巣のジャム」の甘さに驚きながらその見た目が本当の宝石のようだとも感じるが、ここでは「宝石のように美味しい食べ物」というバグじみた認知が発生している。いや、というよりこれは、地上を基準で考えるなら確かにバグだ。なにせセンシは食べられない宝虫は捨てても構わないと言ったが、それは不味いとか毒があるからではなくなんと本物の宝石だから=食べられないからという食以外の価値が全く顧みられない理由であった。

 

センシは同じ魔物はダンジョンの外より中、上層より深層の方が美味いと語っていたが、魔物食の探求を続ける彼にはおそらく地上の飯よりもダンジョン飯の方が宝石のように価値がある。ただ、だからと言って彼や彼と行動を共にするライオス達が地上の飯を全く忘れているかと言えばそれは話が別だ。彼らはこの5話、自分達にも忘れられない味があるのを再認識する。

 

 

2.忘れ難きは地上の味

ダンジョン探索のベテランであり魔物食もこなすライオス達がなお忘れられない地上の味。それはレッドドラゴンに食べられたためライオス達が救出しようとしている彼の妹、ファリンの存在だ。

 

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ファリン「ごめんなさい、返してもらうね」

 

幽霊の群れに追いかけられたライオス達はファリンがいてくれたらと嘆くが、そこで回想される彼女の存在感は確かに大きなものだった。マルシルとは別分野の魔法である霊の扱いに精通し、幽霊相手でも無駄に苦しませたくないと考える優しい心の持ち主……仲間の一人というだけでは片付けられない重要な人物であったのは想像に難くなく、それは一行の中でもっとも落ち着きのあるハーフフットのチルチャックですら彼女の不在を一瞬忘れて「あんなのパーッと(ファリンの)魔法で」と口走ってしまったことからも伺える。

 

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マルシル「な、なにあれ。聖水の瓶に触れた霊が霧散していく……!」

 

ファリンがいなければ幽霊に触られないまじないをかけてもらうことも、他の幽霊を呼び寄せないよう静かに追い払うこともできない。ライオス達はなんとか逃げようとするも幽霊達に追い詰められ、彼らに体温を奪われ生死の境をさまよってしまう。消えゆく意識の中でレッドドラゴンに食われたファリンに手を伸ばせたようにすら錯覚したライオスを救ったもの――それはセンシの振り回す瓶であった。彼は直前まで各地の伝承を元に即席の聖水を作っていたが、なんとそれを振りまくのではなく瓶に密封。縄にくくりつけて振り回すことで触れた幽霊を霧散させる武器として扱ったのだ。

 

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ライオス「今は俺たちしかいないんだから、自分達の力でなんとかしなくては」

 

聖職者でもなければ魔法が使えるわけでもないセンシが幽霊を蹴散らす様を見て、ライオスは自分がファリンに「取り憑かれて」いたのかもしれないと呟く。これはもちろん比喩であり、襲ってきたのがファリンの霊だったわけではない。ライオスは霊への対策はファリンにしかできないと思いこんでしまっていたのであり、それはすなわち食料調達は地上でしかできないと多くの冒険者が思いこんでいるのと同じだ。ならば魔物食によってその思い込みを取り払ったライオスは、同じようにファリンに対する思い込みも取り払わねばならない。センシから道具を借りてライオスが幽霊の群れを退治し終えた頃には瓶の中の聖水は熱を奪われきってアイスになっていたが、それは先に触れたようにダンジョン飯を食するのがファリンへの思い込みの取り払いに重なっている何よりの証拠と言えるだろう。ただ、だからと言ってそれは地上の飯やファリンの存在を全く忘却していいことまでは意味しない。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

マルシル「それって……ファリンがああなって良かったって言ってるの?」
チルチャック「お前そういうこと言うの? 今!?」
ライオス「あれ、いや俺はただ……」
センシ「口にしていいことと悪いことがあるぞ」

 

霊に触りまくったものなんか食べて平気なのか? あんなに力の強い聖水を口に入れるのも問題があるのでは? 今日は砂糖を摂り過ぎでは? 疑問を振り切って食べた「厄よけ祈願! 除霊ソルベ」は爽やかで非常に美味しいものだったが、そこでライオスは「ファリンがいたら、今頃こんな美味しいものは食べられなかったろうな」などと口走ってマルシルやチルチャックはおろかファリンと面識のないセンシからすら顰蹙を買ってしまう。もちろん彼はファリンを助けたいがためにダンジョンに潜っている善良な人間なのだが、それを差し引いても思慮の足りない発言だったのは否めない。
冷え切った空気にライオスは「ファリンがいてくれれば」フォローしてくれたのにと涙するが、おそらくこんなことは過去にも何度もあったのだ。兄がうっかり無神経なことを言ってしまった時、笑顔でフォローを入れるのもまた妹がかけてくれる”おまじない”だったのだろう。

 

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センシ「本当に冷えてしまったのは仲間との絆だったということか」
ライオス(早く戻ってきてくれ、ファリン!)

 

今回の話はライオスにとって、ファリンの大きさとその不在を改めて認識する機会となった。早く戻ってきてくれと願わずにいられぬこの愛しき妹こそ、ダンジョン飯に慣れ親しもうとライオスが忘れ難き「地上の味」なのである。

 

感想

というわけでダンジョン飯のアニメ5話レビューでした。カブルーが地上の飯をしばらく食べられないのを寂しがる場面から始まり、ライオスが早く妹を取り戻さねばと嘆く場面で終わるのがとてもきれいに繋がっている気がしてこういったレビューにまとめた次第です。今回の宝虫は原作を読んだ時も「え、食べるの?」となった記憶があります。しかしライオスが食べてる宝虫バーガー見てるとなんでも口に入れる幼子に戻ったような感覚に陥ってくるから困る。偽ティアラが簡単に砕けるのも考えると、固形のチョコレートでも挟んで食べてるような食感なんだろうか。

 

 

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