口移しの言葉――「ダンジョン飯」13話レビュー&感想

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

異口異音の「ダンジョン飯」。13話では急転直下の事態にチルチャックの心が揺れる。言葉は時に、口移しである。

 

 

ダンジョン飯 第13話「炎竜3/良薬」

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1.話の通じぬ恐ろしさ

マルシルの古代魔術でファリンを蘇らせることに成功したライオス達だったが、めでたしめでたしと物語は終わりにならなかった。突如姿を消したファリンを追いかけたライオスは骨になったレッドドラゴンとその前で苦しむファリン、そして謎のエルフに遭遇し……!?

 

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チルチャック「何が起きてんだよ。あいつ冒険者か!?」

 

敗北の「ダンジョン飯」。13話は天国から地獄へ叩き落されるような急展開の回だ。主人公ライオスは仲間達と共にレッドドラゴンを打倒、妹ファリンを蘇らせ大団円……と思いきや、彼らの前には迷宮の主である狂乱の魔術師が登場。その圧倒的な力に一行は防戦が精一杯で、レッドドラゴンの肉から蘇ったファリンも狂乱の魔術師の命令に逆らえず姿を消してしまうのだからなんとも絶望的な状況である。加えて恐ろしいのは、狂乱の魔術師がおよそ話の通じる相手ではない点だ。

 

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狂乱の魔術師「汚らわしい盗賊が」

 

狂乱の魔術師の言葉は、言語そのものはライオス達が使うものと同じである。その点で会話は可能だ。しかし迷宮の元となった既に滅んだ王国に絶対の忠誠を誓う彼女はライオス達の言葉に全く耳を貸さず、意思疎通の余地はおよそそこに存在していない。迷宮にはかつての王国の民の霊も漂っているが彼らにすら一方的に話をしている節も見え、外見的には一人のエルフでしかないはずの狂乱の魔術師の恐ろしさは何よりも話の通じなさに起因していると言えるだろう。

 

同じ言語を使っているからと言って、人と人が話し合えるとは限らない。これは狂乱の魔術師がかけたある種の呪いであり、ライオス達は幸運にも生き延びた先でもその呪いに苦しむこととなる。

 

2.ライオスに食べさせるべきもの

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チルチャック「二人が目を覚ませば、絶対にファリンを探したがる。なんとしても諦めさせないと」

 

狂乱の魔術師にあわや殺されそうになるも、仲間の一人マルシルの機転や様々な幸運もあって逃げおおせたライオス達。更には上階で情報交換をしたオークの族長ゾンの妹リド達とも出会い傷の手当を受けるが、問題はその後にこそあった。ファリンを大切に思うライオスやマルシルは今は眠っているが、目を覚ませばまた彼女を追いかけようとするのは必定。どうにかして二人を地上に戻させない限り、パーティは全滅を避けられない危機に陥ってしまったのだ。つまりここで発生しているのは、ファリンを再び奪われ心身ともに傷を負った二人にいかに良薬を……苦い諦めという名の「料理」を飲ませられるかという問題である。

 

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センシ「二人を欺けと?」
チルチャック「ああそうだよ、そうでもなきゃあのバカ二人は絶対に諦めない! これ以上進めば俺達は確実に殺される、壁の一部になりたいか? 俺はごめんだね!」

 

パーティの一人チルチャックは、二人に巻き込まれて死ぬのはまっぴらごめんだからと二人に嘘をつくことを提案する。マルシルの杖を燃やすなり、ファリンが地上に行くのを見たというなりすれば二人も納得するだろうと。だがもう一人の仲間センシは二人を欺くのかとこの提案に否定的な反応を示し、リドに至っては根性が腐っているとまでチルチャックを罵倒してのける。考えてみればこれは無理からぬ話で、もし嘘を信じたなら二人はその後の長い時間を地上でのファリン探しに費やすことだろう。絶対にいるはずのない地上を、だ。この嘘は苦い良薬を甘い毒薬にすり替えて二人に飲ませるに等しく、故にリドはそんな提案をするチルチャックを軽蔑する。だが、慌ててファリンを追いかけたため置いてきてしまった荷物を取りに行く彼を案内する中でリドが知ったのは、この男がただの臆病者ではない事実であった。

 

3.口移しの言葉

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リド「素直に死なせたくないと言えばいいのに」

 

荷物を取りに行く道中、チルチャックとリドは言葉をかわす。どうやってレッドドラゴンを倒したのか、その後皆でどうしたのか……仲間達の無謀さや間抜けさをチルチャックは悪しざまに言うが、一方でこの時の彼は饒舌だ。どうでもいいと思っている相手ならそんな風に長々と語ったりしない。いや、語れるほど相手のことを知っていない。その転倒を、そのねじれをリドは一言で解いてみせる。「素直に死なせたくないと言えばいいのに」……理屈を重ねれば重ねるほど遠ざかっていく本心をぴたり言い当てるその一言は、チルチャックにとって何より口に苦い良薬であった。

 

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いったい、リドは直截的な女性である。それは子供っぽい単純さというよりは指導者としての英明さ、そして人に示すべき道を見失わない聡明さの現れだ。故に彼女はライオス達が狂乱の魔術師に襲われた事情を噛み砕いて説明もしてやれば、お世辞にも味が良くないであろう調合薬を会ったばかりのライオスとマルシルに口移しで飲ませてやりさえした。調合薬のビジュアルもあってコミカルにも見えるが経緯を鑑みればこの行為はほとんど崇高ですらあり、口に苦い良薬を飲ませる最良の方法を示してもいる。そう、ライオスに苦い薬を飲ませるなら口移しをするように・・・・・・・・・まっすぐ彼に語りかけるべきなのだ。

 

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チルチャック「頼むライオス、ここは耐えて地上に戻ってくれ! 俺はお前達を失いたくない! お前が妹を思う気持ちには敵わないかもしれないが、こっちは三人分だ!」

 

意識を取り戻しファリンを助けに行こうとしていたライオスに対し、チルチャックがかけた言葉。それはファリンは地上に行ったなどという嘘ではなく、このまま進んで仲間が死ぬのは嫌だという偽らざる本心であった。一度地上に戻って準備を整えれば救う手立てはあると訴える彼の目には涙すら浮かんでいた。これはライオスにとってとても「苦い」味わいだったことだろう。ファリンをすぐに救いに行けない歯がゆさが、ではない。一番苦いのは、いつもなら罵倒しながらも助けてくれるチルチャックにこんなあけっぴろげな本心を語ってまで止めさせようとしてしまった事実だ。加えてセンシやリドにも優しく帰還を勧められる今の自分が、いかに冷静さを欠いているのかライオスは嫌でも自覚せざるをえない。その苦味こそは、彼に一度地上へ戻ることを決心させる最上の良薬であった。チルチャックは自分の「口」を使って、ライオスにその薬を飲ませることに成功したのだ。

 

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ライオス「心配かけてすまなかった……一度、引き返そう」

 

私達は同じ言葉を使えば相手と意思疎通できるわけではない。いや、自分自身とだって怪しいものだ。けれど言葉は口から生まれるものだから、私達は言葉を食べることも食べさせることもできる。口と口を合わせなくとも、口移しするように思いを伝えられる力もまた言葉には備わっているのである。

 

感想

以上、ダンジョン飯13話のレビューでした。調合薬の口移しは「飯」としての見立てに使わない手はないだろうということで方向性は割とすんなり決まったのですが、疲れで中盤ちょっと書きあぐねて遅くなってしまいました。本文中で触れられませんでしたが、狂乱の魔術師の魔術から生まれた魔物をマルシルが杖で殴って直接術を解除するのも一種の口移しなのじゃないかなと。

 

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リドが指導者としての風格にあふれていて、オークの部下達彼女のためなら本当死も恐れず戦うだろうなという気がします。あとドラゴンボンレスハムがごろごろ転がって血肉に戻っていく場面が恐ろしいはずなのに笑えました。さてさて、次回からは第2クールに突入! PVも発表され、出番を控えた面々の今後が非常に楽しみです。ただ、来週は週末も用事があるので更新は日曜になってしまうかもしれません、すみません。

 

 

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