獣道は王の道――「ダンジョン飯」10話レビュー&感想

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

決戦迫る「ダンジョン飯」。10話ではライオス達のこれまで歩んできた「道」が見えてくる。獣道は常に脇道とは限らない。

 

 

ダンジョン飯 第10話「大ガエル/地上にて」

delicious-in-dungeon.com

1.抜け出せない獣道

レッドドラゴンが出現した地下5階のオークの集落へ向けて進むライオス達だが、地図にある道は大量のテンタクルスに覆われまともに進めるものではなかった。おまけに襲ってきた大ガエルにライオスとマルシルは武器を奪われ、大ピンチに陥ってしまい……!?

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ライオス「さて。もう結構進んだか……な……」

 

螺旋を行く「ダンジョン飯」。10話は主人公ライオス達の目標であるレッドドラゴンとの決戦準備の回だ。ライオスの妹ファリンを助けるためには彼女が消化される前にレッドドラゴンを倒さなければならず、同じくレッドドラゴンによって地下5階から地下3階まで追いやられたオークから得た情報は大きなヒントになる……はずだったのだが、今回の始まりでライオス達は思わぬ足止めを食うことになる。地下5階のオークの集落へ続く螺旋階段ではテンタクルスがびっしりと繁殖しており、更にはそこに生息する大ガエルにまで襲われてしまったためだ。
毒を持つ植物の魔物であるテンタクルスに触れれば皮膚がただれ、剣などで切り払うにも時間がかかる上に大ガエルは武器をその舌で巻き取り奪ってくる。迷宮の主である狂乱の魔術師はダンジョンの生態系すら計算に入れているというが、この螺旋階段も通行を困難にするためによくよく計算されて作られているのだろう。仲間の一人マルシルが「手間と時間を考えたら迂回した方が早い気がするけど」と言うように、この道は一種の獣道だ。およそまともな冒険者が通る道ではない――そう、まともな冒険者なら。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

パーティの主力であるライオスとマルシルが武器を奪われ、センシも斧を取られまいとかかりきりでピンチに陥る最中、残るメンバーであるチルチャックはダンジョンの罠を利用し大ガエルを攻撃する奇策で事態を打開する。だがこれは二重の意味でまともな手段ではない。彼らハーフフットは体格に劣る代わりに器用さなどがウリで鍵開け等を専門とする種族であり、本来なら戦闘はチルチャックの役割ではない。また罠の射出口はテンタクルスで覆われてしまっていたが、それを開放するためチルチャックが採ったのは既に撃破した大ガエルの皮を手に巻いてテンタクルスの刺胞を防ぐという驚きの方法であった。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

チルチャック「ライオス……大ガエルはなぜテンタクルスに触れても無事なんだ?」

 

大ガエルはテンタクルスに触れても毒を受けた様子がない。ならその皮には刺胞への耐性があるのではないか。その場で目にしただけでこんなことに気付くチルチャックの観察眼は恐るべきものだが、今回ダンジョンに潜る前の彼なら大ガエルの皮の利用まで思いつきはしなかったろう。咄嗟に皮をはいで手に巻けたのはおそらく、魔物食を通して魔物の活用が意識の片隅にあったおかげだ。行動そのものは魔物食でなくとも、魔物の皮を扱うその発想が既に魔物食的――獣道的――なのが今回のチルチャックなのである。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

危機を脱した後、センシがいつものように平然と大ガエルやテンタクルスの調理を始める傍らでライオスとチルチャックは大ガエルの皮を加工。一行はテンタクルスと大ガエルから作ったニョッキやパスタを食べながら、大ガエル皮の上着でテンタクルスの刺胞を防ぎその金色の野を進むといういっそ幻想的な光景を行く。こんな獣道を進めるのは魔物食にどっぷり浸かった彼らくらいのものだろう。そしてチルチャックの受けた影響が無意識レベルのものであるように、一行はもはや好むと好まざるとにかかわらず魔物食的な発想から離れられない(魔物食に抵抗を示すマルシルですら、前回冒険を続けるために自らウンディーネを食べて魔力を回復させようとした)。ライオス達は無事地下5階へたどり着くも大ガエルの皮の血が固まって服にくっついてしまい脱ぐのに難渋するが、脱げないのはけして皮の上着だけではないのだ。

 

2.獣道は王の道

ファリンを助けるため魔物食を始めたライオスは、ダンジョン探索のいわば獣道を進んでいる。これは目標であるレッドドラゴンの打倒においても変わらない。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ライオス「この3人でやれることを考えなくては……」

 

ライオス達はドラゴンに挑むのは初めてではなく、既に何匹も倒した経験のある実力者だ。その際のメンバーはライオス、マルシル、チルチャック、ファリンに加えドワーフのナマリとサムライであるシュローの6人。ファリンに防御を高める魔法をかけてもらった前衛の3人が時間を稼ぐ間にマルシルが爆発魔法を詠唱して弱らせ、隙を見てシュローが弱点である逆鱗を攻撃してとどめを刺す……剣も魔法も効きにくい強大なドラゴンへの正攻法と呼べるやり方で彼らは勝利を収めてきた。だが今はかつてのメンバーの半数を欠く一方で新たに加入したのはセンシのみ、補助魔法の得意なファリンもいない現状でドラゴンに挑むのは無謀極まりない。正攻法とは道の真ん中を行くようなものだから、ライオス達はどうにかして他の方法=獣道を見つけなければならない状況に陥っているのだ。とはいえ、これが世界の片隅のちっぽけな冒険かと言えばそれも正しくない。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

前回ライオス達と一飯を共にしたノームのタンスは今回探索から帰還、ダンジョンのあるこの島の主と会食するが、そこではライオス達の潜っているダンジョンを巡って政治的な駆け引きが行われていることが明かされる。元はと言えばダンジョン近辺の土地はエルフがドワーフから奪ったものの持て余して人間に与えたものであること、最近彼らはその返還を求めているが目的は財宝ではなくダンジョンにかけられた不死の術にあること、エルフにも優位に立てる不死の術の設計書を手に入れるために島主は冒険者へより積極的な支援を行うべきであること等など……浅い階層の財宝があらかた取り尽くされため冒険者達もガラの悪い者が増えているが、為政者達が欲しているのはより深い階層の探索なのだ。タンスが心の内で「彼らはどこまで進むのだろうか?」と思い浮かべるように、レッドドラゴンという難敵に挑むライオス達は、自分でも知らぬ内に島の命運を左右しかねないポジションに立ちつつある。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ライオス「頭を狙うのではなく、建物を爆破するのはどうだろう? ここ多いだろう、建物にまたがる橋や家が……」

 

獣道がいつも脇道とは限らない。レッドドラゴンがなぜ活発に活動し、元は城下町で移動に不向きなこの地下5階を執拗にうろついているのかは不明だが、本来のフィールドでない=獣道にあたるここでの戦闘は逆に冒険者にとってのアドバンテージになる可能性を秘めている。ライオス達は逃げ回ってレッドドラゴンをおびき寄せて建物を爆破、反撃を抑えつつ逆鱗へ攻撃しやすい状況を作り出す作戦を考案するが、やり方こそ違えど従来の手法の重要な部分を踏襲したこの策は弱者の戦法としてむしろオーソドックスな代物と言えるだろう。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

逃げ回るルートの下調べを終えたライオス達は、その間にセンシが作った料理で腹ごしらえをする。大ガエルの肉を使った「レッツ炎竜にカツレツ」、もちろんこれは、魔物食という獣道――だが、空腹でレッドドラゴンに挑んで敗北した以前に比べればしっかり食べて験を担ぐほうがよほどまっとうなのは言うまでもない。皆への心からの感謝を食事中に述べたライオスは仲間達から「間が悪い」と返されるが、これはいわば王道と獣道が交差した瞬間だ。実際、自分達を助けて食われた仲間を損得抜きで助けに行くだなんていっそ世間離れしたほどの王道ではあるまいか。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ライオス「みんな準備はいいか? 体調は万全だな? ……よし、行くぞ!」

 

ダンジョン飯」の題から受ける印象のように、本作はファンタジーとして獣道を進む作品のようにも見える。けれど、本当は獣道と王道にさほどの違いはない。進むべき道を歩むなら、両者は自然と交わっていくものなのである。

 

感想

というわけでダンジョン飯のアニメ10話レビューでした。今回は大ガエルの皮を着てテンタクルスの園を食事しながら進むライオス達が本当に唯一無二で、アニメ版のナウシカを勝手に連想してしまいました。要素の落差が激しいのにまとまっている本作の凄さがよく出た回だったと言えるのではないかと思います。さあ、次回は決戦だ!

 

 

<いいねやコメント等、反応いただけると励みになります>