茶番の尊厳――「愚かな天使は悪魔と踊る」10話レビュー&感想

©2023 アズマサワヨシ/KADOKAWA/かな天製作委員会

屈辱の「愚かな天使は悪魔と踊る」。10話ではリリーの兄ツヴァイが彼女を傷つける。だが、尊厳を汚されるのはリリーだけではない。

 

 

愚かな天使は悪魔と踊る 第10話「Dignity」

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1.本物と偽物

阿久津と仲直りでき体調も回復したリリー。またいつもの日々が帰ってくる……と思われた矢先、二人の前にリリーの兄ツヴァイが現れた。彼は兄妹水入らずで話したいとリリーを連れて行くが、阿久津は彼女の表情の暗さが気になり……

 

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ツヴァイ「そんなに緊張しなくていいよ、ちゃんと人よけはしてあるから誰も近づかないはずさ。ああ、でも遠くからだったら見られちゃうかもね。お前のその間抜けな姿を」

 

暴虐の「愚かな天使は悪魔と踊る」。10話はリリーの兄ツヴァイが本格登場する回だ。姉と共に彼女を虐待していたらしいこの男の登場でリリーはすっかり萎縮してしまい、本作らしからぬシリアスな展開となるが――この10話の特徴の一つとしては、ツヴァイが圧倒的に「本物」である点が挙げられるだろう。

 

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ツヴァイ「ああ~危ないところだった。許可もなく顔を上げるから、もう少しでこんなかわいい顔に傷がついちゃうところだったじゃないか」

 

本作の世界では天使と悪魔が対立し後者が劣勢を強いられているが、天使による迫害はあくまでギャグとして描写されるレベルに留まるもののはずだった。しかしリリーを土下座させたり眼前にサーベルを突き立てたりするツヴァイの態度はおよそコミカルさからは程遠く、その冷酷さ残酷さに阿久津はこう思わずにはいられない。「教科書通り」……つまり本物の天使であると。

 

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ツヴァイ「つまり、こいつは偽物なのさ」

 

またツヴァイは本作で登場した二人目の天使だが、彼によって明らかにされるのはリリーが「偽者」である驚愕の事実だ。鎖の魔術を得意とするリリーは以前も鎖を阿久津に擬態させる器用な真似を披露していたが、それはあの時だけに留まらなかった。鳥のような天使の翼も美しい肌も全ては鎖で作った偽物であり、実際の彼女は羽根を持たずまた全身に長姉アイネによって全身に蛇の紋章を巻き付けられていたのだ。阿久津の前でそれを暴き立てたツヴァイが見せた本来の天使の羽根は、どちらかと言えば虫か何かのような輝く二対の代物であった。

 

この10話、ツヴァイは偽物としてのリリーを暴き立てることで己が本物であると強調している。だが、彼が「本物」を主張しているのは天使に限った話ではない。

 

2.茶番の尊厳

ツヴァイが天使の他に主張している「本物」とは何か。それを考えるヒントは、彼がリリーに一度見せた怒りにある。

 

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ツヴァイ「だめだねえリリー、僕を甘く見るなよ。答え次第では……分かってるな?」

 

ツヴァイの顔を見たリリーはすっかり怯えてしまっていたが、かといって彼の言うことにただ従う人形になったわけでもなかった。行動を共にする阿久津が敵対勢力の悪魔であることだけは隠したがった彼女は、ツヴァイがやってきた原因である素体の暴走事件について必死に取り繕うとした……のだが、悪魔が近くにいることが素体の暴走条件だったため嘘を見抜かれ怒りを買ってしまう。僕を甘く見るなよ、というツヴァイは要するに「そんな茶番は通用しない」と怒ったわけだが、コメディ多めのラブコメの本作において「茶番」が重要なのはこれまでのレビューで触れてきた通り。つまり彼が否定したのはリリーの嘘以上に本作のスタイルの根幹だ。故に当然、彼は「コメディ多めのラブコメ」以外の茶番を本作に代入しようとする。本物・・の茶番を提示しようとする。

 

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ツヴァイ「上手にできました。ふふふ……あはははは!」
阿久津「何がおかしい!」

 

リリーへの仕打ちを見かねた阿久津の乱入を受け、彼の正体が悪魔と知ったツヴァイが見せるもの。それは「笑い」だ。彼は阿久津の攻撃を軽々と退けねじ伏せ。その眼前にリリーがいかに偽物であるかを突きつけていく。鎖を編み込んで隠した紋章を暴き立てては「笑えるだろう」と言い、鎖で偽ったまるで鳥のような羽根を見れば実際に吹き出す……ツヴァイにとってこれは笑いなのである。無力で醜い妹が必死で自分を飾り立てる滑稽な姿こそ、笑うに値する本物・・の茶番……けれど阿久津が笑うどころか腸の煮えくり返る思いになったように、こんな仕打ちを茶番と受け入れる者はいまい。本作をこれまで見てきた人なら尚更に。

 

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阿久津(どこまでやれば気が済むんだ。プライドを傷つけ、屈辱を味わわせ……そして、汚す!)

 

リリーと阿久津の茶番は確かにバカバカしいものだった。オトしあいバトルなどと言いながら頭脳戦からは程遠い、本当にしょうもないやりとりを繰り返してばかり。けれど二人が惹かれ合う経緯はちゃんと描かれていたし、そこにいつの間にか微笑ましさを感じるようになっていた人は少ないないはずだ。だがツヴァイはこの本作の象徴たる茶番を、コメディ多めのラブコメから単なるゲスの振る舞いへ引きずり落としてしまった。リリーを辱め、彼女の魅力であるおバカさや天使のように愛らしい笑顔を奪ってしまった。それが「汚す」以外の何であろう。

この10話の副題は「Dignity」、すなわち尊厳である。ツヴァイはリリーの尊厳を汚すことによって、同時に本作の根幹たる茶番の尊厳すら汚してみせたのだ。

 

感想

以上、かな天アニメ10話のレビューでした。アバンの前回回想が救いになる辛い展開。置鮎龍太郎さん劇場回という感じでしたが、こんな展開やった後にコメディ多めのラブコメに戻れるんだろうか。頑張れ阿久津! 来週も更新が遅くなってしまうと思いますが、二人の逆転を期待しています。

 

 

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