絵の中から飯を出せ――「ダンジョン飯」6話レビュー&感想

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

生存競争の「ダンジョン飯」。6話はいつも以上に意外なものが食材になる。絵の中から飯を出すにはどうすればいいのだろう?

 

 

ダンジョン飯 第6話「宮廷料理/塩茹で」

delicious-in-dungeon.com

1.食べられたのはどっち

十分な食材を調達できなかったライオス達一行は、体力温存のため休むか食べられる魔物を探して進むか悩んでいた。そんな折、ライオスは生ける絵画の中に敢えて入れば食事ができるのではと考え……?

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ライオス(美味い……! 絵の具の味でもするかと思ったがこりゃ本物のごちそうだ!)

 

食うか食われるかの「ダンジョン飯」。魔物を食材とし思わぬ料理に変えていく異色のファンタジーを描く本作だが、この6話前半食べようと試みられるものはいつも以上に異色だ。なにせ対象は肉体を持った魔物ではなく「絵」……モンスターである生ける絵画の世界に入ってそこに描かれたものを食べようと言うのだから。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ライオス「いや、いるぞ……! 襲いかかってくる食べ物!」

 

劇中でも言及される「絵に描いた餅」という言葉があるように、絵の中の料理は絵の具の類に過ぎず食べることはできない。しかし迫真性を持った絵は次元の区別を超えて見る者に迫ってくるのも確かで、実際には真似できない本作の魔物食が私達の食欲や好奇心を喚起するのはその最たる例と言えるだろう。人喰い植物のタルトやローストバジリスクを見て「ああ、画面の中に入ってこれを食べてみたい!」と思った人は少なくないはずで、見た者を絵の中に引きずり込む「生ける絵画」が実在するこの世界は実際にそれに挑戦できる世界なのである。……ただ、ここには一つ落とし穴も潜んでいた。それは生ける絵画が「魔物」であることだ。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

絵の中に入って食べ物をいただこうと提案したのは毎度おなじみ主人公のライオスであるが、今回彼は別に魔物への興味からそれを提案したわけではない。この日パーティは十分な食材を調達できておらず、このまま休めば十分な食事ができない一方、食材を求めて進むには体力の消耗が避けられないジレンマに陥っていたためだ。発想こそ突飛なもののライオスはあくまで問題解決の提案をしたに過ぎなかった……のだが、次第にそれは怪しくなっていく。
縄を体にくくりつけ、仲間が引っ張り出せるようにしてもらって絵の中に入ったライオスは、1枚目の王に子供が誕生する絵では雰囲気が邪魔をして食べられず、2枚目ではパンなどを持っていこうとするものの帰還すればそれは消え失せていた。「次だ! こうなったら是が非でも味が知りたい!」……仲間に呆れられながらも3枚目の絵に飛び込もうとするライオスは、もはや実際に食べられるかどうか確かめたい意地でいっぱいだ。食料事情の解決への意識は完全にそちらに食べられて・・・・・しまっていた。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

マルシル「ほーら! やっぱり絵に描いた餅じゃん!」
チルチャック「時間返せ!」

 

ライオスは食べ物を食べに行ったはずが、気付けば食われていたのは彼の意識の方だった。話が逆転しているようだが、考えてみればこれは当然だ。絵の中にライオスが飛び込む構図は見方を変えれば彼が絵の「口」の中に入るに等しく、今回彼は食べる方ではなく食べられる側にいる。だから彼は3枚目でようやく食事にありつくも現実では空腹に戻ってしまい、仲間からも叱られる散々な結末を迎えることとなった。ライオス達はこの6話前半、食べ物を得るつもりが逆に希少な「時間」を生ける絵画に食べられてしまったのである。

 

2.絵の中から飯を出せ

ライオスは前半、食べるつもりで自分が食べられてしまった。そして6話は後半、彼とはまた別の「食べられた者」を主軸に物語を展開する。パーティの一員にして後半ほとんど一人舞台の活躍を見せる、ハーフフットのチルチャックだ。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

チルチャック(ミミックの後ろにもスイッチがある! くそ、ことごとく俺の邪魔をするのか!)

 

チルチャックを食べている者、それはミミックである。鍵開けや罠解除のプロフェッショナルである彼は宝箱に潜むモンスター・ミミックに何度も煮え湯を飲まされた経験があり、この6話ではそれが仇となって大ピンチを迎えることになる。同じ擬態モンスターだがかわいげを感じているコイン虫がミミックに食べられると思って追いかけた結果部屋に一人閉じ込められ、更にはその部屋のいかにもな宝箱とは別の箱に隠れていたミミックに襲われてしまったのだ。ミミック絡みとなると普段の冷静さを食われる・・・・呪いにチルチャックはかかっている、とも言える。

 

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

うっかり罠を踏んでチルチャックが閉じ込められるミミックとの相部屋は、ある意味で部屋自体が彼を捕食しようとする「生ける絵画」である。ならば絵の中でいくら食べても現実には効果を発揮しないのと同様、部屋を出た瞬間ミミックもその力を失うのが道理だ。奮闘の結果、チルチャックを部屋に閉じ込めた格子扉の落下罠は最終的にミミックに対するギロチンとして機能するが、宝箱の部分だけを部屋に残してミミックが真っ二つにされるのは単なる殺生に留まらず「魔物」としての処刑でもあるのだろう。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

チルチャック「……すげえ美味い」

 

チルチャックにとって、ミミックは何度も自分の命を奪ってきた不倶戴天の強敵であった。だが格子扉で体を両断され上半身だけが残ったミミックは海老やカニと同じ甲殻類でしかなく、ライオスや仲間のセンシは当然のようにそれを食べようとする。茹で上げられた甲羅が赤くなるのも身をかき出すのに難儀するのもカニそっくりなミミックにもはや、宝箱に潜み冒険者の油断を誘う魔物としての威厳はない。そこにチルチャックが囚われていた「絵」が存在する余地はもうない。加えてライオスとセンシはなんと、スプーンでは上手くかき出せない身を取り出すためにチルチャックのピッキングツールを"活用"してしまう。プロ意識の高い彼にとっては仕事道具を冒涜されたに等しかったろうが、それによって殻から容易に取り出されたミミックの身は――うんざりするほどの美味であった。そう、この瞬間ミミックはチルチャックが描いていた「絵」から飛び出し現実に食べられる食材として具現化したのである*1。そして絵から飛び出したのはミミックだけではなく、実はチルチャックも同様だ。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

チルチャック「こ……今年で29歳」
マルシル「なーんだ普通に子供じゃん、つまんなーい」
センシ「そこまで幼かったのかお前」
チルチャック「お前らこそいくつなんだよ!? これだから寿命の長い種族の奴らは!」

 

これまで描かれてきたように、チルチャックは一行の中でも一番の常識人だった。ライオスやセンシほど積極的ではないが魔物食への姿勢は理性的で、自分の仕事に対するプライドも高い。「絵」に描いたようなベテラン冒険者……だが今回明かされたミミックへのトラウマやそれがきっかけのヘマからも分かるように、彼だって別に全てをそつなくこなすスーパーマンではないのだ。仕事と私事はきっちり分けたいと年齢すら隠してきた彼が実年齢を明かして仲間達から様々に反応される姿には、きれいにすましていた時にはけして見えなかった親近感がある。それは魔物食がモンスターから畏怖を奪う代わりに親しみを与えるのと同じことであり、してみれば今回はチルチャックが「食べられる」話でもあったのだろう。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ナレーション「今日の食料は魔物だが、明日は自分達が食料になるかもしれない。ダンジョン飯、ああダンジョン飯

 

ライオスの失敗が示すように、私達は自分があくまで「絵」としか認識しないものは食べられない。食うか食われるか、相手が自分と同じ次元に立っていると知った時こそ、私達はダンジョンという絵の中から飯を出せるのだ。

 

感想

ダンジョン飯のアニメ6話レビューでした。前半が特に屏風の中の虎みたいなトリッキーな食材が対象でしたが、こうして見ると「ダンジョン飯」とは何かについてとても示唆的な回だったと思います。時系列以外は繋がっていないけど、雰囲気に遠慮する程度の迫真性は感じつつも結局は絵としてしか捉えていないためライオスが失敗する前半、架空の絵から飯を出すことに成功する後半で良い対比になっていたのではと。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

レビュー本文では触れませんでしたが、寝ぼけたりしつつも仲間思いだったりチルチャックに本当のことを話させるのに一役買っていたりとマルシルも見逃せない役割を果たしていました。あと回想でチルチャックの若かりし頃(声年齢も下がってる)が見られたのも楽しかったな。さてさて、次回はいったい何を食べるのでしょう。

 

 

<いいねやコメント等、反応いただけると励みになります>

*1:弱々しく見えるコイン虫が実はミミックを捕食する側だという驚きの事実もこれを補強する