水と油は混ざらない――「ダンジョン飯」9話レビュー&感想

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

合わせ難きを頂く「ダンジョン飯」。9話では以前の仲間との再会が描かれる。けして混ざらぬマルシルとナマリのそれは、水と油の関係にも似ている。

 

 

ダンジョン飯 第9話「テンタクルス/シチュー」

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1.水と油は混ざらない

マルシルの負傷と魔力切れで往生してしまったライオス一行。彼らの前に現れたのはかつての仲間であるナマリと彼女の今の雇い主・タンス夫婦一行だった。ファリンを助けようとせずパーティを抜けたナマリにマルシルは嫌悪感をあらわにし、二人は険悪な雰囲気に陥るが……

 

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マルシル「ナマリあなた、ファリンを見捨てておいて……」
ナマリ「見捨てた? ただで死地に付き合えと言われたのを断っただけだろ」

 

食べて解決「ダンジョン飯」。9話はライオス一行の元パーティメンバーであるナマリが登場する回だ。武器の扱いや目利きに長けた仲間だったが、レッドドラゴンに敗北し文無しとなったライオス達と別れて金払いのいいノームのタンス夫婦に雇われたドワーフレッドドラゴンに食われたファリンを助けるため損得抜きでパーティに残ったエルフのマルシルからすれば印象がいいわけもなく、彼女は前回の戦いの負傷が残っていてなお怒らずにはいられなかった。主義主張において二人は全く対照的――言うならば水と油だ。しかしその一方、ナマリは現在のパーティに馴染めているとは言い難い。

 

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ナマリ「このクソジジイ! いつも私ばっか盾にしやがって!」
タンス「そのためにお前には高い金を払っとる!」

 

現在の雇い主であるタンスのナマリに対する扱いは、我々視聴者からするとちょっと信じがたい程ドライである。前回マルシルが怒らせてしまった水の精霊ウンディーネに襲われれば躊躇なく彼女を盾にし、哀れナマリは脳天を貫かれ即死してしまう。強力な術がかけられたこのダンジョンでは蘇生が容易、また高い報酬が払われているといっても気分のいいものではない。またこのパーティにはナマリの他にカカとキキという双子の護衛がいるが彼らは祖父母と孫のような関係にあるらしく、劇中ではキキがタンスを「タンスじいちゃん」と呼んだり彼女がモンスター・テンタクルスに捕まった時はタンスは慌てふためいて救出しようとする場面が見られる。そんなタンス夫婦にとってナマリは現状、あくまで報酬をやりとりするだけの異物に等しいのだ。

 

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新しいパーティに馴染めないなら、ナマリは古巣であるライオス一向に戻ればいいのではないか。そんな展開を期待した人もいるかもしれないが、これはこれで難しい。確かに彼女とライオスは互いのことをよく知っており、マルシルの治療の見返りとしてタンス達の探索に同行した際にも協力してテンタクルスを倒している。だがライオスが無謀とも言える行動をとった際、その意図に最初に気付いたのはナマリと入れ替わりにパーティに入ったセンシの方だ。またライオス達の魔物食はファリンを助けるため始めたものだから当然ナマリは馴染みがなく、酢をかけたテンタクルスの触手を食べる彼らに困惑せずにはいられない。

 

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マルシル「ナマリお願い、パーティに戻ってきて!」
ナマリ「マルシル?」
マルシル「ライオス達と一緒にレッドドラゴンを倒して。私はどうしても助けたいの! 今回だけでいい、お金なら私が工面する!」

 

新しいパーティには馴染めておらず、かといって古巣は変質しており元いた場所ではない。進むも引くも中途半端な状況にナマリは置かれている。だが、実のところこれはマルシルも同じだ。ケガこそタンスに治してもらったものの彼女はすっかり魔力を切らしており、それによって貧血に近い状態でもあるからもはや戦力にならない。怒り続けているウンディーネのせいで進めないからと帰還の術で地上へ戻ろうとするタンスに彼女を同行させてほしいとライオスが頼むのは理に適っているが、ファリンを助けたいマルシルにとってこれが受け入れ難い話なのは言うまでもないだろう。


ナマリとマルシルは似たような問題を抱えているが、だからといって彼女達を入れ替えてもそのままでは機能しない。マルシルはお金は自分が工面するからと代わりにライオス一行に戻ってくれるようナマリに頼み込むが、それは彼女の評判をドライを通り越して金でなんでもする奴だと貶めることになるから到底叶わぬ願いであった。
同様の悩みを抱えてなお、二人は水と油である。果たして、この難題をどう解決したらよいのだろう?

 

2,混ざらなくてもできること

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

マルシル「ウンディーネを……飲む!」
ライオス「え……あれを?」
センシ「オエー」
マルシル「なんだその反応!? いつもの勢いはどうした!」

 

地上に戻されずにファリンを助ける旅を続けるにはどうすればいいか? 悩んだ末マルシルはなんと「ウンディーネを飲む」と言い出すが、確かに精霊は魔力を豊富に含んでいるとはいえこれは二重の意味で驚くべきことだ。1つ目は普段魔物食に一番抵抗を示している彼女が自分から魔物を食べると言い出した点。そして2つ目はそれが傍目には水の塊にしか見えない精霊=魔物食に積極的なライオスやセンシも乗り気になれないいかもの食いである点。だが、ここには一つの示唆も含まれている。驚くべきなのはそれらが対照的であるから――すなわち水と油の関係にあるものだからだ。

 

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混じらぬはずの水と油はしかし、マルシルの奇策を機に奇妙な一致を見せていく。センシは鍛冶屋垂涎の希少金属アダマントでできた家伝の盾を鍋と蓋に打ち直す暴挙に出ていたが、これはウンディーネの水流攻撃を防ぎつつ挟み込んで火にかけ倒すのに最適な代物だった。またアダマントの鍋があるとはいってもウンディーネの水流の勢いにはトールマンのライオスは耐えきれずナマリが代役を担ったが、これは彼女がセンシと択一でない役割を持てた瞬間だと言えるだろう。武器を大切にするドワーフらしいドワーフのナマリと鍛冶に興味のないセンシはこれまた水と油のような関係にあったが、ここでは二人の協力にこそ作戦を成功させる鍵があった。

 

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かくて沈静化を待つしかないと思われていたウンディーネは単なる魔力豊富な液体となり、更に吸収を助ける食品と共に摂取すべくマルシルとセンシの手によってシチューへと変わる。シチュー! そう、シチューである。具材を油で炒めて水で煮込む・・・・・・・・・・シチューだ。水と油は混ざらないが、一緒に食べることはできる。ナマリの協力あってこそ生まれ、マルシルの魔力を回復させるこの料理こそは彼女達の抱えた難題への最適解なのである。一同が囲む食卓ではそれに留まらずナマリとマルシルやセンシの和解、また古巣に戻ったらどうかと気遣われた彼女がちゃんとタンス達の仲間になりたいと返したりと様々な問題が解決されていくが、シチューがある意味で魔法のような性質を持っているのを考えればけして不思議なことではないのだろう。

 

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ナマリ「またな!」

 

ファリンを助けたいライオス一行と、ダンジョン探索を目的とするナマリ達は結局は水と油である。目的もスタンスも異なる彼らが混ざることはなく、食事が終われば待っているのは別れだ。けれど一時でも共に過ごせたのなら、それはけして無意味な時間などではない。水と油を共に食べられるところにもまた、「ダンジョン飯」の醍醐味は隠されているのである。

 

感想

というわけでダンジョン飯の9話レビューでした。早寝するつもりが寝付けず結局リアタイで視聴したのですが、今回は2回で「水と油」というキーワードが浮かんでスルスルと書けました。奇跡か。護衛の際にナマリの顔が立つように作戦を立てるライオスの優しさとか、なんだかんだ世話焼きなナマリのタンス夫婦への流儀だとか、修復される彼女とマルシルの友情だとかいつにも増して人情を感じる回だったなと思います。もう一人の元仲間のシュローがファリンに惚れていたのをようやくライオスが知るのも水と油を一緒に食べる内と言えるかな。素敵な30分でした。

 

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