歌姫vs天才軍師――「パリピ孔明 Road to Summer Sonia」レビュー&感想

© 四葉夕卜・小川亮・講談社/「パリピ孔明」製作委員会

2022年に放映されたアニメの総集編映画である「パリピ孔明 Road to Summer Sonia」。現代に転生した諸葛孔明が戦うのは芸能界? 否、彼が戦う相手は傍らに立つ歌姫だ。

 

 

パリピ孔明 Road to Summer Sonia

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1.天才軍師は敗北知らず

五丈原の戦いで志半ばにして命を落とした天才軍師・諸葛孔明。が、なぜか彼は現代の渋谷に転生していた。そこで出会ったシンガーソングライターの月見英子の歌に魅了された孔明は、現世では彼女の軍師になると言い出し……?

 

四葉夕卜と小川亮の人気漫画をアニメ化した「「パリピ孔明 Road to Summer Sonia」」。2022年に放映されたTVアニメ版が大好評、新シーンを追加し総集編として製作された本作は設定だけ聞くと一発ネタの作品にも思える。中国が誇る最高の軍師が芸能活動のマネジメントをするという奇抜な発想には確かに驚かされるが、意地悪な見方をすれば驚かされるのはそこまでだ。なにせ劇中でも「言わずと知れた」とされる軍師・諸葛亮孔明を擁する主人公サイドが負けるわけがない。彼が現世で仕える駆け出しのアーティスト・月見英子は人気シンガーのミア西表に当て馬にされたりフェスで不人気ブースを割り当てられるといったピンチをはねのけ人気を獲得していくが、孔明が策を巡らせているのだからこの程度は当然の結果と言えるだろう。正直に言えば私は、イージーモード的な進行という印象と孔明が英子に惚れ込む理由への物足りなさを感じながらこの序盤を見ていた。

 

英子は確かに歌が上手い。余談を承知で言えば普段の声もかわいいし健康的な美貌の持ち主でもある。だがその実力はけして圧倒的なものではなく、孔明自身も上手さはミア西表の方が上だと評価している。自分の策が上手くいくのは英子あってこそと語ってはいるものの、序盤の彼女は孔明におんぶだっこの状態に過ぎない。史実における君主であった劉備玄徳に匹敵するような、天才軍師と対等の存在としての説得力を持っていないのだ。そしてそれ故に二人は、孔明の優秀さだけでは乗り越えられない大きな壁に直面する。日本最大級のフェス「サマーソニア」に出演するチャンスをもらったものの、その条件は「他のどの候補者より先にSNSで10万の「イイネ」」を獲得するという常識外れな代物。孔明は英子が挑戦すると信じていたものの、その達成は彼の知略をもってしても今のままでは難しいと言わざるを得ない難題であった。

 

劇中で対立したりこそしないものの、月見英子という歌姫は天才軍師・諸葛亮孔明に完全に位負けしている。更に上を目指すのなら、まだ原石に過ぎない彼女は孔明に負けない玉として磨かれなければならない。

 

2.歌姫vs天才軍師

サマーソニアに出演するためには孔明の策だけではなく、英子自身が成長しなければならない。それを象徴するように、本作の中盤以降において孔明の出番は控え目である。有名DJであるスティーブ・キドに英子の新曲をレコーディングしてもらう機会こそ用意したものの、それはあくまで英子の歌がキドを納得させられればの話。「歌に自分がない」「自分がなんで歌うのか分かってないと駄目」とキドに酷評されてしまう英子は、親離れにも似たある種の孔明離れを促される状況に置かれていると言える。

 

孔明は英子に一応は3つの策を授けていたが、道路使用許可書だとか高層ビルの展望台のチケットだとかいったそれらは単独では使い道も分からない。出演企画の期限も近づく中、道路使用許可書ということは路上ライブをやれということかと考えた英子はそこで七海という女性と出会う。意気投合し一緒に路上ライブをするようになった二人は親友とも呼べる関係になるが、七海の正体は驚くべきものだった。なんと彼女は10万イイネ企画の有力候補である仮面のガールズバンド・AZALEAのボーカルだったのである。

 

七海は高校時代の仲間と共にAZALEAを結成したが、当初の彼女達の活動はバンドスタイルを前面に押し出した正統派のものであった。現在好評を博している仮面や派手な衣装、パフォーマンスは全てプロデューサーに唐澤に強いられたものに過ぎず、口パクやエアの演奏でいいとまで言われる今のAZALEAに七海達の意思はない。そう、唐澤を憎みつつもこの"天才軍師"におんぶだっこなのが現在の彼女達であり、英子にとって七海はあり得たかもしれないもう一つの自分である。
七海と英子は全く異なる環境にありながらしかし、軍師に対する関係性の一点でひどく似通ってもいる。加えて、原点を見失った七海を救いたいと願う英子は同時に自分の原点にも立ち返っていた。彼女は家庭の事情から自ら命を絶つことすら考えていたところを歌に救われた過去をきっかけに音楽を志しており、すなわち救いこそは英子の原点だったからだ。


「かつて自分が救われたように、自分も歌で誰かを救いたい」……それが英子が歌う理由ならば、彼女の歌が孔明を魅了したのも当然のことだ。1800年近く先の未来に転生し自分の仕えた国が滅亡したと知り、もはや見知った者もいない現世で途方に暮れていた孔明は間違いなく「救い」を必要としていた。救いの願いを原点としていたからこそ、英子の歌は単なる巧拙を超えて一人の人間の心に響いたのだろう。

 

キドを納得させレコーディングを終えた英子は、10万イイネ企画の突破を賭け対バンのような形でAZALEAと激突する。10万本の矢を敵から調達する「草船借箭の計」になぞらえた策でイイネを稼ぐなど孔明は幾重にも策を練っていたが、結局彼はその全てを実行することはなかった。なぜか? その必要がなかったからだ。孔明が一から十まで世話を焼かなくとも、英子が十分に蓄えた七海との縁や彼女を救いたい願いはその歌声に十分な魅力を与えていた。先に10万イイネを達成するだけの説得力を備えていた。策を超えた力を見せたこの瞬間はすなわち、英子が現代の劉備玄徳として天才軍師・諸葛亮孔明に勝利を収めた瞬間でもあった。

 

劇中で語られる「水魚の交わり」に例えられるように、孔明劉備は親密な交友関係にあったことで知られる。孔明が数多の名軍師の中でもひときわ知られる理由の一つは、草蘆に臥竜として潜んでいた彼を劉備三顧の礼で迎え入れた友誼の深さにもあろう。すなわち水魚の交わりこそは孔明の原点であり、そして原点とは他者との関係の中で見出されるものだ。英子が中国史上最高の名軍師に劣らぬ輝きを見せる限り、目に見えぬ競い合いを続けてくれる限り、孔明はそこに自分の原点を見つけ直すことができる。過去には戻れずとも、新しいスタンダードを手にできる。
パリピ孔明 Road to Summer Sonia」は歌姫と天才軍師の対決の物語である。水魚の交わりは、まさしくこの対決の水面下に伏せられているのだ。

 

感想

というわけでパリピ孔明のレビューでした。原作をはじめ全くの未視聴で映画館に行きまして、最初は「原点は水魚の交わり」の題で書こうかと考えたのですがそれでは浅過ぎるなと考え直し。物語が様々な対決を描く形になっているのを繋いでいったところ「歌姫vs天才軍師」の構図にたどり着きました。初見の私でも見やすい内容にまとまっていたなと思います。
置鮎龍太郎さんの孔明がベストマッチだし、本渡楓さん演じる英子も全身から魅力があふれ出ていて純粋にノリやすい作品でもありました。見に行って良かった!

 

 

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