切っても切れない純・不純――「ダンジョン飯」8話レビュー&感想

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

世界を知る「ダンジョン飯」。8話はダンジョンの幽遠さと厳しさを見せる回だ。その奥深さは、純粋さと不純さの切っても切れない関係にも似ている。

 

 

ダンジョン飯 第8話「木苺/焼き肉」

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1.マルシルとファリン、純と不純

人為的に作られたダンジョンが冒険者まで含めた生態系を成していることに、改めて驚かされるマルシル。彼女は学生時代、その構造から「ダンジョニウム」とも呼ばれる精霊繁殖実験を行ったことがあり……

 

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マルシル「とにかく、この迷宮はとんでもない場所なの。何重にも計算を重ねて膨大な魔力を循環させ続けてる。」

 

様々な表情を見せる「ダンジョン飯」。この8話、特にその前半はいつもとは大きく調子の異なる回だ。前回の話では「狂乱の魔術師」が作ったとされるこのダンジョンが人間による魔物退治まで考慮されていることが判明したが、それがいかに常識離れした技なのか主人公パーティの一人マルシルが語る……というものだが、内容としてはマルシルと彼女が救い出そうとしている仲間・ファリンとの出会いを描いた回想ともなっている。

 

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マルシル「すごい、ダンジョンの中って精霊だらけなのね」

 

二人が知り合ったのは魔術学校時代、瓶の中に迷宮に似た構造を作ることから「ダンジョニウム」とも呼ばれる精霊繁殖実験がきっかけであったが、当時の彼女達の立場は対照的だ。かたやマルシルは学校始まって以来の才女とまで言われる優等生、一方のファリンは授業をよくサボる落ちこぼれ……ダンジョニウムを作った際も力量の差は明らか、だったはずが、蓋を開けてみればファリンのそれはマルシルを遥かに上回る繁殖に成功していた。彼女は日頃潜り込んでいる本物のダンジョンの土や水を瓶に含ませており、それがダンジョニウムに術者が込める魔力の巧拙より遥かに大きな効果を発揮していたのだ。
ファリンに案内されてダンジョンへ潜ったマルシルがその生態系の奥深さと共に自分の勉強不足を知り、彼女と友情を結ぶやりとりは美しい。ファリンがバッタを追いかけたり木苺を食べるなど子供っぽさを強く見せることもあり、優等生として「純」粋培養されたマルシルが程よく不純さを得ていく物語のようにも見える。だが、実際のところ話はそう単純ではない。

 

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ファリン「スライムはコウモリの糞を分解して魔力にしてるの。あの子達がいなくなればダンジョンが死んじゃう……」

 

例えば回想の始まりでマルシルは他の生徒から憧れの眼差しで見られていたが、彼女はふだんこの生徒達と一緒にいるわけではない。所属する科の異なる彼女にとってダンジョニウムの製作は専門外だが、研究のため教師に頼んで参加させてもらったのだ。すなわちこの授業、そしてこの科の生徒にとってマルシルは「不純」物である。
また彼女は魔法研究に有益な魔物だけを育てられる無害なダンジョンを作れないかと考えていたが、実際に訪れて知ったのはスライムやコウモリといった有害無益に思える魔物がダンジョンの生態系に大きく関与している事実であった。役に立つものだけ選別しようという「純」粋な発想はかえって「不純」だったのであり、つまりマルシルにも不純さは多分に含まれていたと言える。

 

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マルシル「よし、早くファリンを助けに行かなきゃ! ほらほら、目が覚めたんなら早く起きて起きて!」

 

ダンジョニウムに夢中だったマルシルは当初ファリンの名前も聞かなかったが、ダンジョンでの出来事を通して彼女に生まれたのはファリンの友達になりたいという「純」粋な気持ちであった。また思い出話を聞いていたファリンの兄ライオスはマルシルとの出会いが妹から学校生活への不安を払拭してくれたと指摘しているが、こうした副産物は見ようによっては「不純」なものでもあろう。今回の回想がファリン救出への具体的な効果はなくとも決意を新たにさせているように、純粋さと不純さは敵対や共存というよりむしろ循環関係にあるのだ。そしてこの循環は後半、思わぬ形でパーティに牙を剥くことになる。

 

2.切っても切れない純・不純

思い出話の前半が終わり、後半描かれるのはマルシルのピンチだ。3話を連想させるいわゆるTRIGGERらしいクセの出た作画によるアクションが目を引くが、純粋さと不純さがヒントになるのは変わらない。

 

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チルチャック「ろうそくが消えたらライオスを叩き起こす。用事は済ましとけ、次の休憩は少し遠いぞ」

 

この後半、一行が最初にしているのは今後の打ち合わせである。ファリンを食べたレッドドラゴンの出現場所まで後2日というところまで来た彼らは、時間や食料を無駄にしないため休憩まで少し長めに歩いて行くことを決定する。無駄にしないとはすなわち「純粋」に近づけることだ。仲間の一人チルチャックが用事は先に済ませておけと皆に言い渡すのは、移動を遅滞させるような「不純物」の排除として換言することができる。だが前半がそうであったように、不純物を排除すれば純粋になるほど世の中は単純ではない。

 

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マルシル(うーん、気を使わせるなあ。幻術の魔法とか勉強しとくべきだった?……そういう問題じゃないよね)

 

用事を済ませておけと言われてマルシルが希望したこと。それは体を拭いておくことだった。だが女性が体を拭くところに居合わせるのは男性としては気まずいから、そこにはマルシルが十分だと考える以上の配慮が生まれたりする。それは余計なもの、つまり不純物だ。またマルシルはこの状況にかつては男女比が半々で楽だったと振り返ったり、その内の一人ナマリがファリンを助けるこの冒険に同行しなかったことに腹を立てたりするが、体を拭く上で雑念に当たるこれも不純物に数えられるだろう。不純物を取り除くための行いが不純物を生んでいるのだ。そして、この体拭きは更に思わぬ余計な事態を巻き起こすこととなる。沸かした水をダンジョンに捨てたことに怒ったのか、水の精霊ウンディーネがマルシルに襲いかかってきたのだ。

 

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マルシル(この足じゃ逃げ切れない……!!)

 

ウンディーネに襲われたマルシルは「純粋」である。なにせ仲間達は彼女に気を使って離れていたからその場にいない、彼らに前回かけた水上歩行の魔法は切れているから気付いても加勢できない、戦闘など想定していなかったから補助となる杖も持っていない……身一つだ。そして傍目には水が動いているとしか思えないウンディーネはその純度においてマルシルを遥かに上回っており、彼女は水流に足や肩を撃ち抜かれ魔力も尽きかける大ピンチに陥ってしまう。
純粋さで勝てないならどうすべきか? 無論、突くべきは不純さにある。ウンディーネは確かに動く水だが、マルシルの体を貫いたことで血が混じったそれはもはや無色透明ではなかった。すなわち「純粋」ではなかった。加えてそれを目印に最後の魔術を足元に放ったマルシルは天高く弾き飛ばされ、ライオス達の手の届くところまで戻ることにも成功する。攻撃と移動を兼ね備えたマルシルの行動はすなわち「不純」だ。

 

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マルシル「ごめん……」
ライオス「謝るな。少し横になってろ」

 

かくてライオス達は命からがらウンディーネから逃げ延びるが、ピンチはそれで終わりとはならない。魔力を使い果たしてしまったマルシルは止血こそできたものの血と魔力が足りておらず、当然そんな状態の魔術師は戦力になり得ない。完全にパーティの「不純物」だ。レッドドラゴンを倒す戦力を純粋に整えようとした結果こんな事態に陥るとはなんという皮肉であろうか。

 

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チルチャック「どうすんだこれから。この先魔力切れの魔術師を連れてはいけないぞ。……水上歩行がない以上どこにも行けないが」

 

マルシルが水上歩行の魔術をかけ直せない以上、ライオス達はここから移動することもできない。彼らが陥ったのはいわば純粋さと不純さの循環である。だがマルシルが思わぬことからピンチに陥ったように、生きることはそれ事態が純粋さと不純さの循環だ。だったら生きればいい。生きるために必要なことをすれば――ダンジョン飯を食べればいい。

 

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センシ「バラ」
ライオス「脂が甘い」
チルチャック「柔らかいな……」
センシ「マルシル、レバーが焼けたぞ」

 

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マルシル「ほ……」
ライオス「ほ?」
マルシル「他のところも食わせろ!」

 

この状況下でライオス達が敢行したこと。それはなんと前回倒した水棲馬ケルピーの肉で焼き肉を食べることだった。レバーには貧血に有効な鉄分が豊富に含まれているのはよく知られるところであり、当然全てのレバーはマルシルに割り当てられることとなる。彼女に元気を取り戻してもらうための「純粋」な食事……しかしマルシルとしてはこれは必ずしも嬉しいことではない。モモ、バラ、ヒレ、テールと多種多様な部位の味をライオス達が堪能しているのを横目にレバーだけを食べるなど拷問にも等しく、だからマルシルは叫ばずにいられない。「他のところも食わせろ!」=もっと「不純」な食事をさせろ、と。けれど、そんな文句を言える理由の半分はレバーを食べて少しは元気が出た=「純粋さ」と「不純さ」の循環が再開したおかげだ。

 

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ナマリ「まったく、どこのどいつだ? こんなところで肉焼くバカは」

 

ダンジョンで飯を食べる、本作らしい行為によってマルシルの体力は回復しつつある。だが魔力不足まで解決できたわけではなく、「純粋に」4人だけでは手詰まりなのは変わらない。最後に彼らの近くに姿を現した元仲間のナマリ=ファリンを助け出す志を最優先しない「不純」な彼女の存在は、おそらくライオス達に新たな「純粋さ」をもたらす鍵になってくれることだろう。


「白河の清き魚の住みかねて 元の濁りの田沼恋しき」の句が示すように、純粋さだけでは世の中は回らない。一方で賢く「清濁併せ呑む*1」つもりでいれば裏金が無罪放免で済まされる不純な世の中にもなってしまう。対照的だが切っても切れず、ダンジョンの魔力の如く巡り巡るのが純・不純のさだめなのである。

 

感想

というわけでダンジョン飯の8話レビューでした。相変わらず情報が多いので、見立てができてからもともするとレビューが状況説明に終止してしまって文章化に手間取りました。一歩間違ったら即命の危険という緊張感もあって、これまでと違うようでもやはりダンジョン飯な回だったのだと思います。さてさて、次回ナマリとの再会はどんな化学反応を起こしてくれるんでしょうね。

 

 

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*1:もっとも、この言葉を「酸いも甘いも噛み分ける」といった意味で使うのは本来誤用である