心を軽くする魔法――「ダンジョン飯」7話レビュー&感想

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

食べて食べられる「ダンジョン飯」。7話では魔法が大活躍する。だが、それは魔力を使った魔法ばかりとは限らない。

 

 

ダンジョン飯 第7話「水棲馬/雑炊/蒲焼き」

delicious-in-dungeon.com

 

1.魔法の石鹸

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

岩盤の穴から注ぐ水で湖となっている地下4階へ到達したライオス達。センシは水上歩行の魔法をかけられるのを拒み、日頃縁のある水棲馬ケルピーの背に乗って渡ろうとするが……?

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

マルシル「それはもちろん魔法の出番! これをこうやって……よっと! 水上を歩いてくってわけ」

 

世界の広さを知る「ダンジョン飯」。今回の舞台である地下4階は流れ込んだ水で水没しており、主人公ライオス達は荷物を背負ったままでは体が沈んで迷宮の魔物に対抗できない。仲間の一人マルシルが操る水上歩行の魔法はかけられた人間が湖面を床の上のように歩くことを可能にするが、効果からすればこれは擬似的に体を軽くする魔法と言ってもいいのかもしれない。ただ、今のパーティには一人とんでもない「重さ」を持った者がいる。誰あろう魔法嫌いのセンシだ。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシ「嫌じゃあああ!」

 

魔物を敵という以上に生物として認識し、その生態系を重んじるセンシは聡明なドワーフだが一方で頑固でもある。豊かにたくわえた髭はいつから洗ってないのか不明なほどだし、水上歩行の魔法を使うと言われて嫌じゃ嫌じゃと拒否する姿は駄々をこねる赤子そのもの。魔物の脂と血が染み込んだ髭が絶縁体になるため無理に魔法をかけられても水に沈んでしまう彼は心も体も「重い」のだ。加えてセンシは魔法以外の方法で問題を解決しようとした結果、事態を更にこじらせてしまう。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシ「分からん……さっぱり分からん」

 

センシはこの地下4階で1頭のケルピーと仲良くなっており、アンヌと呼んでいるそれにまたがって魔法なしで水上を行こうとするもこの試みは失敗に終わった。家族のように懐いて見えたこのケルピーはセンシが背中に乗ると態度を一変、彼を水中に引きずり込んで殺そうとしたのだ。ただ一人警戒を解いていなかったライオスの助力でセンシは命こそ助かったものの、愛称までつけてかわいがっていた魔物に襲われたり自ら手にかけることになった事実が「重」くないわけはない。いくらでも機会はあったはずなのになぜ背中に乗る瞬間まで自分を襲おうとしなかったのか、センシにはさっぱり分からなかった。
センシはライオス達の手を借りず、けじめとばかりに一人黙々とケルピーを食肉に解体していく。体は水上にあってもケルピーによって水中に沈んだままの彼の心を軽くするには、浮力を与えるにはちょっとした魔法がいる。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシは単独で黙々と作業を続けたが、彼は必ずしも一人ではなかった。傍らではケルピーの脂身を分けてもらったマルシルが何やら鍋をかき回し続けており、彼女の姿があるだけで「かわいがっていた魔物を解体していくセンシ」の悲愴さはいくらか薄れて見える。また残りの仲間であるライオスとチルチャックはこの間に昼食を用意してくれ、ミミックの身や水草だけでなくそれについていた魚卵で独特の食感が加わった雑炊はこれまたいくらか空気をやわらげてくれた。三人の存在が少しずつセンシを水中から引っ張り上げてくれたのだ。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシ「使いたい。苦労して作ったものなのだろう?」
マルシル「……分かった!」

 

食事を終えマルシルから何かを手渡されたセンシは、それが彼女がケルピーの脂身から作った石鹸であることを知る。最初に触れたように髭の手入れもろくにしない彼は、おそらくケルピーのそんな利用の仕方など考えたこともなかったろう。マルシルはマルシルで、かわいがっていた相手を食肉にしてしまうセンシの気持ちはさっぱり分からない。けれどそれでも彼女がセンシに寄り添おうとしてくれたように、分からなければ一緒にいられないわけでもないのだ。このことは、アンヌの気持ちがさっぱり分からないと沈んでいたセンシにとって大いに励ましになってくれる――いや、「心を軽くしてくれる」事実ではなかっただろうか。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシ「なるほど、こうしてみると分かったことが一つ。水上を歩くのはなかなか気持ちがいいものだ。ありがとう、マルシル」

 

センシは不精を極めていたにも関わらず石鹸を使いたいと言い、マルシル渾身の洗髪の果てにその髪と髭は常人同様に水上歩行の魔法を受け付けるものとなっていた。それは彼の髭に染み込んだ脂と血だけでなく、おごりや悔恨といったものまでマルシルの石鹸が洗い流してくれたおかげだ。魔力が込められていなくとも、彼女が作った石鹸はセンシの心を軽くする魔法の石鹸だったのである。

 

2.心を軽くする魔法

マルシルの作った石鹸のおかげで、水上歩行できる程度にまで軽くなったセンシの心。その軽やかさはこの7話後半、彼を更なる高みへ導いている。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

マルシル「嘘でしょ? デカすぎ……!」

 

同じく地下4回が舞台の後半、ライオス達が戦う相手はジャイアントクラーケンである。クラーケンの時点でここでは大型の魔物に分類されるが、ライオス達が遭遇した相手は更に数倍大きい。魚類タイプの人魚をたやすくちぎり殺す力に加えて防御力も高く、武器では薄皮1枚破るのがやっとな上マルシルの魔法ですらほとんど効果が見られなかった。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシ「イカ、タコを締める時は……目と目の間!」

 

より強い相手、より大きな相手が出てきたら自分達もより強力な攻撃をしなければ勝てない。それが常識的な発想だろう。だがセンシは皆がクラーケンに手も足も出ない中、異なる発想でもって敵と対峙する。彼はマルシルにもう一度魔法を撃つよう頼むが、それはもっと火力のある魔法を求めてのものではなかった。なんと彼は、クラーケンに水上歩行の魔法をかける奇策に打って出たのである。
当然のことながら、水上歩行の魔法に攻撃力はない。ジャイアントクラーケンなら尚更だろう。だが見方を変えれば、巨大な魔物であってもクラーケンはイカやタコの類に違いない。であれば、水上に浮かせればそれはもはや”まな板の上のイカ”だ。目と目の間の急所を突かれたクラーケンは呆気なく「締め」られ、魔法も斧も効かないこの難敵はたった一撃で沈むこととなった。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ライオス「美味い! なんだろう、すごくふわふわしてて美味しい。少しぬめりもあるけど肉厚だなあ」

 

移動のための魔法や調理の方法を戦闘に応用するには、思考にある種の「軽さ」が必要になってくる。一般的にイメージされるのとは異なる用法をものにするのは水上を歩くようなもので、従来のままではその足は水中に沈んでしまうからだ。それは食べ物の扱いも同様で、ジャイアントクラーケンはマルシル曰くどうしたって美味しいイカやタコの親戚だがこちらはえぐみが酷く到底食用に堪えない。代わりに今回の食材となったのはなんとジャイアントクラーケンに潜み宿主相応に大きくなったジャイアン寄生虫……しかもそれが見た目もライオス達の感想もいわゆるうなぎの蒲焼そっくりという作者の発想に驚いた人は多いだろう。好奇心から生でかじったライオスが寄生虫の中に潜んでいた普通の寄生虫に苦しんだり、更にそこからセンシが自分の生態系に対する意識におごりがあったと認識するオチにも。

 

©九井諒子KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

センシ「生態系を守る、とは少々おごっていたな。最初から、迷宮の輪の中にワシらは組み込まれていたのだ」

 

便利と安易の違いや栄養バランスのとれた食生活の大切さを知る聡明さを持つ一方、センシは重い頑固さを持つドワーフでもあった。けれどこの7話で彼は魔法を多少は受け入れまた活用するようになり、生態系を守るという意識のおごりに気付くなどその思考には「軽さ」が加えられてもいる。もちろん、それをもたらしたのは水上歩行の魔法などではない。人の心を軽くする魔法は、誰にもどこにも潜んでいるものなのだ。

 

感想

というわけでダンジョン飯のアニメ7話レビューでした。「不在の絶対者」みたいな内容で普段の半分ほど書いたのですが指が止まってしまい、まだ描写の取りこぼしが多いなと見返している内にこういったレビューに。センシが水の上に浮く場面への感動を言葉にできてホッとしました。本文中だと触れませんでしたが、牛や豚より人から遠いはずでも食べたくない人魚が魚卵なら食べられるのも「心を軽くする魔法」だなと思います。全く論理的じゃないがやっぱり「気分的に嫌」。あとライオスのいい声なんだけど下手な歌と、早見沙織さん演じる人魚が歌いながらもそれに困惑を深めていく調子も楽しかった。次回も楽しみです。

 

<いいねやコメント等、反応いただけると励みになります>