「バジリスク〜甲賀忍法帖〜」レビュー~瞳は行いを映す~

 山田風太郎の原作をせがわまさきが漫画化した「バジリスク甲賀忍法帖〜」を読了。このたび続編がアニメ化されるということで、再読して自分の中に1本の筋を見つけておくべきではないか……ということで手を伸ばしました。実家に置いてあったので、ちょうど帰省の期間で良かった……再読してみて感じたのは、主人公である甲賀弦之介と伊賀の朧の異能はよくよく彼らのキャラクター性に結びついているのだなということでした。まずは甲賀側からいってみましょう。


1.甲賀弦之介とは「反射する男」である
 本作の主人公の片割れであり「甲賀ロミオ(原作より)」である弦之介は、実に物語の1/3ほどにも渡って甲賀と伊賀の「不戦の約定」が解かれたことを知りません。それは情報が制限されているからということもありますが、何より婚約者である伊賀の朧が無心の瞳を向けているから、彼もそれを疑うことなく無心の瞳を返す。またいざ大御所より争忍の命が下ったことを知っても彼は積極的に争わず命の理由を聞こうとし、一方で伊賀鍔隠れ衆が襲うなら容赦なく打ち返さんともする。すなわち彼の行動は常に相手の行動の反射です。彼の忍法は害意を持った相手を見ることでその害意を相手に反射し自滅を強いる驚愕の瞳術ですが、その性質は彼の行動においても変わらないのです。だから害意を持った者には滅法強いが、害意を持たない者にはまるで無力。結果として彼は、争忍のスタートについた段階で十人衆の内4人を失っているという痛手を負いました。


2.朧とは「破綻させる女」である
 一方、もう1人の主人公であり「伊賀ジュリエット(これもまた原作より)」である朧もまた、その瞳に特別な力を持つ人間です。その力とは、見つめた相手のあらゆる忍法を破ってしまう「破幻の瞳」。すなわち相手の害意を破綻させる瞳である、と言い換えてもいいでしょう。そして彼女の行動もまた、事あるごとに事態を破綻させていきます。捕えた甲賀のくノ一・お湖夷を囮にしたり小四郎の吸息かまいたちで弦之介に対抗するという作戦を「破綻」させ、棟梁であるお幻が死んだ今は孫の朧が戦いの矢面に立たねば……という要請を「七夜盲の秘薬」で自らの目を塞ぐことで「破綻」させ……彼女のいるところ、その瞳を使うと使わざるを問わず事態は「破綻」していきます。
 特筆すべきは「バジリスク」において、天膳が弦之介に飛びかかろうとして首を落とされるきっかけが原作では「天命としてたまたま床板が腐ってたから」だったのが、「目の見えない状態のドジっ子朧が床板を踏み割ってたから」に変わっていることでしょうか。偶然性の排除でもありますが、天膳が勝つはずだった戦いを朧は「破綻」させているのですね。何かもうここまで来ると「恐ろしい子」と言わざるを得ない……!w


3.反射と破綻、その行き着く先
 さて、この瞳に性質をあらわされた2人はしかし、共にその力を発揮する機会にさほど恵まれません。共に中盤で「七夜盲の秘薬」によってその瞳を封じられてしまうからです。このハンディが物語にどう転ぶか読めないワクワクを与えてくれているのは言うまでもありませんが、瞳が性質を表したものである以上、それが「見えない」こともまた彼らの状態の表象に他なりません。
 気付けば仲間を討たれていた弦之介は、朧が自分を欺いていたのかと困惑しそれ故に前述したような消極的な抗戦を行います。気付けば弦之介に自分が彼を欺いていたように思われてしまった朧もまた、自らの潔白を示すために弦之介に斬られようと――言わば消極的な自殺を行おうとする。2人が見えなくなっているのは何より、愛し合ったはずの相手の心なのです。

 もちろん、周囲はそんな2人を許すはずはありません。伊賀の薬師寺天膳は朧に戦いを迫り更に自分の妻にもなるように迫り、伊賀方に命運を託すことになった竹千代の乳母・阿福は天膳が死んだ後も甲賀側と戦うよう迫る。しかし朧は弦之介と天膳の戦いの中、自分の潔白を弦之介に知ってもらうことに成功しました。同時に彼が自分への愛を失っていないことも知りました。七夜盲の秘薬が解けるのと時を同じくして、彼女は弦之介の心を「見ることができた」のです。だから彼女は遠慮することなくその破綻の力を振るいます。陽炎の弦之介との無理心中を「破綻」させ、同じ伊賀方であるはずの天膳の復活能力を「破綻」させ、目の見えない怪我人相手なら負けるはずもないだろうと一騎打ちの場を仕立てた阿福の目論見を自死することで「破綻」させる。愛とは、か弱い少女をかくも凄絶に変えるものでしょうか。
 そして、朧が「大好きです 弦之介さま」と告白し自らの胸に刃を突き立てた瞬間、弦之介もの七夜盲の秘薬もまた解かれ――彼は愛する朧の心を見ます。そして「反射する男」である以上、彼は朧のその愛を反射せずにはおられない。だから彼は甲賀に譲られたはずの争忍の勝利を伊賀に返し、また自らも死を選ぶことで朧の愛に応えるのです。



 本作は甲賀と伊賀の各10人の忍者が争うお話であり、弦之介と朧だけで成立する物語ではありません。「生きているのに死んだように装う」薬師寺天膳と「死人が生きているように装う」如月左衛門。最初から目が見えず弦之介の師であり叔父でもある室賀豹馬と途中で視力を失いまた朧を敬愛する筑摩小四郎など、対比するに面白いキャラクターはまだまだたくさんいます。ですがまず1歩、こうして弦之介と朧の性質を考え直すことができたのはそれだけで続編に感謝して良いように思いました。とは言え、やはり続編本編にこそ期待は持ちたい。あえて苦難の道を進む「バジリスク〜桜花忍法帖〜」が何を見せてくれるのか、楽しみにしたいと思います。

 しかし、再読しても僕はこの作品の女性キャラでは朱絹が1番好きだなあ。負傷して己の無力に歯噛みする小四郎に母性を刺激されてキュンとしてしまうシーンは、何度見てもこちらの方がキュンとしてしまいます。名前通り朱い絹のように川を流れていく無念の最後も、美しくも悲しい……