一人で作れぬ∞――「SK∞ エスケーエイト」10話レビュー&感想

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
新たな局面、曲面を迎える「SK∞ エスケーエイト」。10話では歴が以前のような笑顔を取り戻す待望の場面が訪れる。今回は彼が立ち直るメカニズム、そして再び生まれた∞について書きたい。
 
 

SK∞ エスケーエイト 第10話「言葉のいらないDAP

Cherry blossomと愛抱夢との戦いは、愛抱夢の痛烈な一撃により決した。愛抱夢を止めるべく本選へと挑む菊池。一方、自分の本心に気付いた暦だったが、まだ答えを見つけられずにいた……。
 
 
 

1.歴が喪失したものと、そこから見える同類

ランガのビーフを見て応援だけなんて嫌だと更に打ちのめされてしまった歴は今回、家族の声も耳に入らぬほど虚けてしまう。街で不良に絡まれ暴行を受けても、痛みや苦しみより心地よさを感じてしまうほどだ。彼のその様子を見た岡店長の言葉は、とても示唆的に響く。
 

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
岡店長「そりゃさ、今のお前は自分が嫌いだからだよ」
歴「え?」
岡店長「自分で自分を殴りたいほど、嫌いなんだろ?」

 

 
今の歴には自己肯定感が足りない。ランガのように高くは飛べず、またそんな彼に酷い態度を取ってしまう自分への否定的な思いだけが渦を巻いている。そしてこの自己肯定感を見ていく上ではもう1人、愛之介を破るべくトーナメントに参加した忠への視点が重要になる。
 
 

2.忠とスケートの共通点

アバンで描かれるビーフ、忠は日本代表候補の実也を寄せ付けない傑出した実力を披露する。踊るようなその滑りに観客が熱狂する一方、忠の心は凍えるほどに冷ややかだ。
 

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
忠「最低で最悪だな。私も、このスケートってやつも」
 
誰に気後れする必要もない才能を持ちながら、忠のこの言葉に自己肯定感は全く感じられない。続く回想を見れば分かるように、忠は愛之介に対し、使用人の息子と御曹司の身分の釣り合わなさを強く意識している。才と身分の違いはあれど、歴がランガに抱く劣等感と同じ苦悩を忠は抱えていたのだった。
 
ただ、関係が既に破綻した忠が感じる「釣り合わなさ」は、身分だけに向けられていない。彼は自分だけでなく、スケートについても最低で最悪と評している。そう、「釣り合わなさ」は歴だけでなく忠だけでもなく、スケート自身もまた抱えている問題なのである。
 
 

3.スケボーを救い、自分を救い、全ての好きを救う

偶然の接触事故によって歴と忠は出会い*1、忠は歴にスケボーをやめるよう忠告する。
大怪我の危険、世間体、競技環境の悪さ、収入の低さ……特に最後の、野球やサッカーに遠く及ばない稼ぎの指摘は具体的だ。スケボーはスポーツとして、野球やサッカーと比べて「釣り合わない」と忠は言っているのだ。
 

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
忠「スケートなんて野蛮で、マイナーで、不幸になるだけのくだらない遊びだ」
 

 

けれど歴は、忠の忠告を受け入れない。虚けながらもスケートボードを手放せなかった彼はまだ、岡店長のように諦めてはいない。
 

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
歴「てめえはなんも分かってねえ、スケートってのはなあ!楽しくて、ドキドキして、かっこよくて!」
歴「いつでもどこでもできて、コツコツ練習して……どんどんできることが増えて……その度に、嬉しくて楽しくて。」
歴「誰かと滑るのはもっと楽しくて。楽しくて、楽しくて……そうだよ。スケートって、すっげえ楽しいんだ」

 

 「スケートは楽しいんだ」と純化していく歴の言葉は、ただスケートを弁護するだけの言葉ではない。それは彼自身を救う言葉であり、多くの人が抱える「釣り合わなさ」の劣等感を拭う言葉だ。それは絵でも小説でもレビューでもなんでも構わない、全ての「好き」の釣り合わなさへ届く可能性を秘めている。
歴はスケボーを救う言葉によって、自分自身をも救ったのだ。
 
 

4.一人で作れぬ∞

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
かくて立ち直った歴は、ようやくランガと正面から向き合う。二人は言葉を見つけられないが、滑りながら自分の気持ちを探っていく。この時画面に満ちていく幸福感は、道路ではなくランプを往復(反復)しているからこそ生まれている。
 
3話で描かれたように、Xの交差は世界にありふれているがそこには反復が存在しない。どれほど加速しようがいつかは終わり、停止する。しかし∞の交差は繰り返す度その速度を増していく。交差と別れを繰り返す度、交点は輝きを増していく。*3
顔も合わせられなくなっていた歴とランガは、ランプを往復し交差する度に笑顔になっていく。互いの顔を見て、タッチを交わして、最後にはぶつかって顔を突き合わせて話す。そこはランプの中間、つまり交点だ。一瞬のその交わりが愛おしくかけがえがなく、そして繰り返せるものだと二人は知った。
 

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
ランガ「俺たちのDAP、もう1つ付け足そうよ」
歴「いいねえ!」

 

 
二人が付け足すのは「∞」を作り出すDAP。けして一人ではできない、二人だから作れる無限の軌道の証。愛之介がシャドウの代わりに歴の出場を決めるのは嫉妬ゆえだが、作品世界の法則に導かれた結果でもある。
歴とランガ、忠と愛之介の二組から生まれる∞(あるいは二つの∞の重なり)を示唆して、トーナメントはついに真の姿を現すのだ。
 
 

感想

というわけでエスケーエイトの10話レビューでした。早めに目が覚めて寝付けないので一度視聴して、二度寝しながら考えて……と割と変則的に時間がかかったのですが、楽しく書けました。2,3話あたりの感覚が蘇ってきたぞ。
 
歴がシャドウの代わりにトーナメントに出るのでは、という予想はあったんですが譲るところもなんだか想像できず、負傷欠場というのは納得の理由でした。怪我の様子は描かれませんでしたが、再登場の際は店長と幸せになってるといいなあ。いや、話が終わった時にはみんな幸せになっていてほしい。
残り2話のトーナメントの行方、楽しみです。
 
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*1:ラブホテルだが愛が無いあたり、愛抱夢を感じさせるロケーションだ

*2:言葉を重ねる度に忠が視線を背けるところに、この言葉が自分で自分を殴るものであるのが感じられる

*3:ランガが父を失い消失した交点は、歴を得て蘇った。また歴はランガとの交点を見失ったが、忠との反復の中でスケボーを救い自らも救う∞を見つけ直した