特別∞普通――「SK∞ エスケーエイト」11話レビュー&感想

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
再起の先へ進む「SK∞ エスケーエイト」。11話では歴とアダムの勝負が描かれる。5話では奮闘するも遠く及ばなかった愛抱夢との、再び∞の交差に歴はどんなドラマを持ち込んだのか。今回はそれを探っていきたい。
 
 
 

SK∞ エスケーエイト 第11話「キング VS ザコ」

自分の大切なものは何か気付いた暦は、ランガとの日常を取り戻した。そんな2人を見た愛抱夢は自分と滑る相手として暦をトーナメントに招待する。誰もが暦を止めようとする中、ランガだけは暦が勝つと信じて送り出す。
 

1.特別扱いの孤独

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忠(皆が愛之介様を求めている、お父様が亡くなられてからずっと……)
 
愛抱夢(愛之介)を取り巻く歪んだ環境はこれまでも描かれてきたが、今回は明瞭な共通点を見せる。あなたのためにとあれこれ指示する叔母達、中央とのパイプが必要なんですと県連会長に担ぎ上げる政治家達。両者は共に愛之介を「特別扱い」している。それは伝説を築いたSでの扱いも同様だし、彼を間近で見てきた忠すら実は変わらない。
 

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忠「いいかげんにしろ、スケートなんかで人生を棒に振るつもりか!」
忠「金にも名誉にもならない、事故を起こせば新聞沙汰だ。そうなれば、積み上げてきた全てが壊れてしまう」

 

愛抱夢が潰すつもりだからと歴にリザーブ出場辞退を勧める忠の言葉は、途中から歴ではなく愛之介への心配に中身が変わっている。忠にとって愛之介は今も大切な「愛之介ぼっちゃま」であり、それゆえ彼を特別扱いせずにはいられない。
才能、豊かさ、貴さ……様々なものから「特別」は生まれる。しかし特別は輝かしさの一方で、孤独と背中合わせでもある。愛抱夢は特別である限り、ジョーが警告するところの「一人ぼっち」から逃れられない。
 
 

2.特別へ挑むのでなく、特別を救え

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歴「負けるとはまだ決まってねえだろ。まあ、勝つとも決まってねえけどさ」
 
特別の権化である愛抱夢に、歴はかつて勝負を挑み敗退した。スケーターとしては平凡で普通人な彼はかつて「下から上」、つまり王道の「逆転」ドラマを狙ったが果たせなかった。なぜか?「下から上」では愛抱夢を特別の呪縛から解放できないからだ。それは結局、愛抱夢を特別視した物の見方でしかないからだ。
相手を特別な人間として見る限り、凡人と天才の図式は覆らない。「努力すれば凡人でも天才に勝てる」が「勝った奴は結局天才なのでは?」と言われてしまうように、それは天才そのものを孤独から解放してはくれない。孤独からの解放には、特別さの解体こそが必要なのである。
 

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歴「だからスケートをやる理由なんて一つだって。『楽しいから』だぜ!」
 
だから再戦を挑むこの11話の中、レースに挑む前から歴は特別を解体していく。
 
自分はランガだけでなくジョーや実也達とも違う。だけどスケートが好きな気持ちは一緒だ。
相手がどんな奴でも、スケートをやる理由は「楽しいから」だけ。
壊れたものは直せばいい。スケートボードでも、人間関係でも。
 
特別の解体はけして平準化を意味しない。無個性や均一にせずとも、ただ価値を等しくすれば特別は解体され孤独でなくなる。この方向性は当然、歴と愛抱夢のビーフでもドラマを動かすエンジンになる。
 
 

3."特別"を解体するのは"普通"にあらず

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歴(……すげえ。ランガはいつも、こんな景色を見てたのかよ!)
 
虐殺ショーとすら予想されながらも愛抱夢に再び挑む歴は、蹴散らされた前回と異なり最後の最後まで勝敗の分からない激闘を繰り広げる。しかしそれは、チェリーの正確さやジョーのパワーのような分かりやすい特別性を持たない。歴が披露するのはむしろその逆だ。
 
例えば崖からのショートカットは愛抱夢すら驚かせる技だが、以前にランガもやったものだ。才気でそれをやったランガと違い、「楽しそうだから」を原動力に歴はその技をランガだけの特別なものでなくしてしまった。
例えば歴の用意した雨天用のウィールは、特別な条件で速くなるといった類のものではない。スケーターが本来嫌う雨天でも遅くならない――つまり雨天を特別扱いしない粘り強さこそがその真骨頂だった。
例えば愛抱夢はチェリーを葬ったスケートボードでの殴打をフルスイングキッスなる必殺技に仕立てたが、歴は回避してみせた。回避されればその時点で必殺技は必殺技ではなくなる。特別なものではなくなる。
 

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ランガ「雨天用のウィールなんだ。特別な溝が入っていて雨でも滑らない。その代わり、晴れてる時は普通より遅いけど」

 
いくつもいくつも状況を重ねて、歴はランガや天気や必殺技を特別ではなくしていく。ただ見逃せないのは、雨天用のウィールについてランガが「"特別"な溝」と解説している点だろう。"特別"は解体されれば"普通"になるが、けして"普通"によって解体されているわけではない。
 
 

4.歴の"特別"とは

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歴「赤毛じゃねえ、俺は歴だ!覚えとけ!」
 
ランガが「想像を超えてくる」と評したように、歴はけして"普通"ではない。快活さや面倒見の良さ、スケートボードを見る眼の確かさ……ランガのように華麗に滑れない自分に一度は絶望したが、彼にもやはり"特別"はある。そういう意味では彼もジョーや実也と変わらない。だが彼らと変わらないのであれば、歴もまた愛抱夢に蹴散らされていたはずだ。
歴がジョーや実也達とも更に違うのは、"特別"なのは、彼は自分の特別さを他者のために使える点だ。他者を特別さの孤独から解放できる点だ。
 

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ランガは確かにスケートに天賦の才を持っていた。けれど足かせになっていたスノーボードとの違いを解消できたのは歴がいたからだ。
実也は日本代表候補に選ばれるほどの才と引き換えに友を失っていた。けれど歴の言葉に救われた彼は、誰より仲間を心配するようになった。
シャドウの描写は当初、単なるヒールスケーターでしかなかった。けれど歴が日常にズケズケ踏み込んだ結果、むしろ彼の善良さは誰よりあらわだ。
チェリーやジョーは経歴から言えば、Sでは雲の上のスケーターだ。けれど彼らはもはや、当たり前のように歴達と一緒にいる。
 
もちろん、これら全てが歴一人によって成されたわけではない。しかし歴がいなければ、彼らは今のように一緒にはいなかったはずだ。快活さや面倒見の良さ、スケートボードを見る眼の確かさといった歴の美点は、全て一つの特別さに集約できる。すなわち、特別を孤独な特別でなくす力・・・・・・・・・・・・こそ、歴の持つ特別さなのである。
 

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歴「あーーー!やっぱスケートって、超楽しい!」
 
ウィールの破損によって敗北こそしたが、称賛は歴に寄せられまた歴は満足げな表情を見せる。敗北こそしたが、と書いたが、むしろ敗北したからこそだ。彼はこのレースで、敗者すらその孤独さから救ってみせた。そしてその笑顔に、忠はかつて見た愛之介の笑顔を重ねる。
 

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
愛之介「スケートって、すっごく楽しい!」
 
自分にとって大切なその笑顔を忠は「特別扱い」してきたが、それは本当はありふれたものだ。そしてありふれているなら、取り戻すこともできる。
 
 

5.交点を反転させよ

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愛抱夢「勝ったのは僕だ、僕が……!」
 
歴とのビーフによって、愛抱夢の「特別扱い」の仮面はズタズタに引き裂かれた。伝説のスケーターだって転びもするし雨天ともなれば調子を崩す。追い込まれれば怒り狂いもするし、いつも圧倒的な勝利を見せつけるわけでもない。愛抱夢はすさまじいスケーターだがけして人外ではなく、どこにでもいる人間に過ぎない。
 
特別は孤独と背中合わせの苦しみを持つ。しかし同時に、自分が特別でないと認めるのも苦しみを伴う行為だ。歴はかつて自分の才能の無さに、特別でない自分に絶望してひとりぼっちになりかけた。愛抱夢が今立つ瀬戸際も、それと同じものだ。
 

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©ボンズ・内海紘子/Project SK∞
愛抱夢「僕をひとりぼっちだと言ったな。その通りだよ、僕の世界には僕しかいない。だが、すぐに二人になる」
愛抱夢「共に堕ちよう、僕らはアダムとイヴになるんだから!」
 
「特別扱い」の呪縛に苦しんだ愛抱夢は同時に、誰よりも自分の特別さに固執している。それでもつがいなら孤独さから救われると信じて、ランガにすがろうとしている。けれどちっぽけなプライドを捨てられぬままでは孤独から解放されないし、逆に自分の持つ特別さも見えない。忠は自分しか愛之介を止められないと考えていた特別扱いをやめ、同時にそれを果たせるのがランガの持つ特別さであると認めたからこそ辞退した。
「どこにでもいるありふれた存在に過ぎず、しかし自分の代わりなどいない」……愛抱夢に必要なのは、ランガがもたらせるのはきっと、その実感なのだ。
 
 

感想

というわけでエスケーエイトの11話レビューでした。書きあぐねると言うより、書くことが多過ぎて全然整理がつかずに悩みました。「プリンセス・プリンシパル」といい、大河内一楼脚本は情報量が多くて油断するとすぐ見立てが迷子になる。普段は他より遅いけど雨天で遅くならないウィールって歴の滑りにも通じるなとか実也がすっかりいじらしい子供だなとか、吹き出した時にチェリーの中でも愛抱夢を特別扱いする呪縛は解けたんだろうなとか、ディティール部分を挙げていくとまだまだキリがない。
テーマ面では、書いた人は違うけど「特別性の解体」はガンダムビルドダイバーズRe:RISEの22話あたりにも通じるかな。奇しくも、ランガ役の小林千晃さんが主役を演じています。
 
 
歴だけでもランガだけでも愛抱夢を救えなくて、その上で歴は最高の仕事をしてランガにバトンタッチした。次回の決着、とても楽しみです。
 
 
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