彼女のモナリザ――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」22話レビュー&感想

©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
賛美の「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。22話では一つの精神が旅立つ。別れの際に見えるのは、魂という名の芸術である。
 
 

ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 第22話「天国の時! 新月の時! 新(ニュー)神父!」

『緑の赤ん坊』の捕獲に成功した徐倫アナスイ。一方、ホワイトスネイクとの戦闘で消滅したように見えたF・F(フー・ファイターズ)だったが、窮地に現れたウェザー・リポートの雨によって間一髪生き延びる。F・Fとウェザー・リポート徐倫アナスイのもとに向かい、4人は無事に合流を果たすが…
 

1.魂を形にするのは難しい

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この22話は存命時のDIOと、神父なる前の若かりしプッチの回想から始まる回だ。半裸で一緒のベッドに寝転がるDIOはなんともくつろいでおり、プッチが言うように興味深い話を述べる。
 

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DIO「優れた画家や彫刻家は自分の魂を目に見える形にできるということだな。まるで時空を超えたスタンドだ。そう思わないか」
プッチ「興味深い話だな。レオナルド・ダ・ヴィンチやアンティオキアのアレクサンドロススタンド使いかい?」
DIO「なあ、私は君のことを言ってるんでもあるんだ。君のホワイトスネイクは魂を形にして保存できる」

 

DIOは優れた芸術は芸術家の魂を目に見える形にしたものであり、プッチ神父のスタンド『ホワイトスネイク』も同様だと語る。確かに、スタンドや人の記憶をDISCにできるホワイトスネイクの能力には芸術家の芸術と似た部分がある。だが、全く同じかと言えばそうではない。
 

©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT 「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」21話より
ホワイトスネイク「私は君の記憶を奪って読めば、生まれたものがどんなものかすぐ分かる。だが君の感想を聞いておきたいんだ」
 
例えば前回、プッチ神父は敵対するF・F(フー・ファイターズ)に対し、DIOの骨から生まれたものに何を感じたか尋ねようとした。F・Fの記憶DISCを読めば何が生まれたのか把握はできるが、「柔らかそう」だとか「美しい」だとかいった感想は記憶ではないからというのがその理由だ。この回ではF・Fが「生きることは思い出を作ること」だとも言っているが、つまり思い出とは記憶DISCからはこぼれ落ちてしまう部分なのだろう。ならば、ホワイトスネイクの作るDISCはモナリザやミロのヴィーナスに似てはいるが同じではない。魂がそう簡単に目に見える形にできないことは、回想におけるDIOの行動が証明している。
 

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DIO「私の『ザ・ワールド』をDISCにして奪えば、君は王になれる。やれよ」
 
DIOはプッチと共にいることにやすらぎを覚えていたが、同時にそのことに不安を感じてもいた。話をしていて心が落ち着く人間など初めての存在であり、だからこそ裏切られることを恐れていた。それ故に彼に自分を裏切るよう焚き付け、指を自分の額にめり込ませてDISCを奪うチャンスを与えまでした程だ。そうまでしても裏切られないことでようやくDIOは不安や恐れを払拭し、また侮辱的な試し方をした謝罪に自分の骨を渡したりもしたが、このやりとりからは人が本心から何かを信じたり己の本心を伝える難しさがよく現れている。実際、シリーズにおける巨悪であるDIOがプッチを打算的に利用しているだけだと考えていた(あるいは今もそう分析している)人は多いのではないだろうか? 人の魂は上辺だけでは形にできないのだ。
 
 

2.魂の冒涜者

人の魂は上辺だけでは形にできない。これは回想後の主人公徐倫達とプッチ神父の戦いからも言える。
 

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ホワイトスネイク「こいつ! ウェザー・リポートに雨を降らさせやがった!」
 
前回行われたプッチ神父とF・Fの戦いは、F・Fの正体であるプランクトンの性質に付け込んだ謀略によってプッチ神父の勝利に終わった。熱湯によってプランクトンを死滅させられ、徐倫の名を叫びながら爆散したF・Fを見て彼女が生きていると思った者は(原作既読者以外)いなかったろう。だが今回F・Fは、無線機でピンチを知ったウェザー・リポートスタンド能力で降らせた雨によってあっさりと復活を遂げる。致命的な危機ではあったが、前回の爆発は彼女の死を形にしたものではなかった。
 

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アナスイ「おいなんなんだあれ、何やってんだあの二人!?」
 
またDIOの骨から生まれた『緑色の赤ちゃん』を確保した徐倫は仲間であるアナスイに「これ以上ない感謝のお礼を言っておくわ」と述べ、実際それに嘘はないのだろうがアナスイはそれに満足できない。徐倫に懸想している彼にとってこの言葉はどこか他人行儀だし、彼女が再会したウェザー・リポートとはハグまでする様子には遅れを感じずにはいられないからだ。F・Fが言うようにハグ自体は挨拶として珍しくないが、久しぶりに会ったウェザーに徐倫が見せる笑顔は言葉より遥かに明瞭に彼女の"魂"を形にしているのである。
 

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ホワイトスネイク「案内してくれて例を言うぞF・F。本物のウェザー・リポートが追いつく前にここに来れたことをな!」
 
魂が簡単に形にできない以上、人は目に見えるものに頼らざるを得ない。数字、損得、論理、外形、エトセトラエトセトラ……しかし「数字は嘘をつかないが嘘つきは数字を使う」という名言もあるように、これらは簡単に装えるものだ。この代表格がプッチ神父であり、彼はホワイトスネイクの幻覚能力で自分をウェザー・リポートと偽って徐倫達に接近、素早くアナスイとF・Fに致命傷を与えてしまった。
 

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プッチ神父「どうする気だ空条徐倫! もはや究極の選択ではないだろう!」
 
スタンドと記憶をDISC化しそれによって人々を操るプッチ神父は、自分の魂を形にする芸術家というより他者の魂の冒涜者である。実際彼はただ一人残った徐倫に対し小細工を弄しても勝てない有様であったが、彼女の目的である父承太郎の記憶DISCをアナスイに挿入、死にゆく彼と共にDISCが朽ちるという脅迫によって退けることに成功した。この時、承太郎が知っていた「天国へ行く方法」は既に覚えているからその記憶DISCは不要と割り切るプッチ神父の独白は、彼が"魂"を決定的に軽んじている証と言えるだろう。そして徐倫にとって大義ではなく父の魂が目的である以上、敵の企みが明白であっても彼女はDISCを優先せざるをえない。
 

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プッチ神父「これで君の世界に共に旅立てるぞ、ハレルヤDIO!」
 
プッチ神父徐倫を出し抜き、遂に『緑色の赤ちゃん』を手にしてしまった。赤ちゃんに身を捧げた彼がどうなったのかこの22話では描かれていないが、徐倫は完全にしてやられてしまったのである。だが、それは彼女達の本当の敗北を意味しない。
 
 

3.彼女のモナリザ

プッチ神父を追い詰めたはずの徐倫達は彼の逆襲を受け、仲間達が死に瀕した上に『緑色の赤ちゃん』まで奪われてしまった。だが今回真に勝利したのはプッチ神父ではない。DIOの言う優れた芸術家――魂を形にしてみせた者にこそ本当の栄冠は輝いている。誰あろう、それは死の淵で必死の抵抗を見せたアナスイ、そしてF・Fだ。
 

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アナスイ「約束を忘れやがってクソッ! たかがプランクトンが!」
 
最後に加わった仲間であるアナスイはこれまで、必ずしも全幅の信頼を寄せられない人間として描かれてきた。浮気した恋人とその浮気相手を『分解』した殺人犯であり、スタンド『ダイバー・ダウン』で敵の人体を改造する恐ろしい男。徐倫への恋心が戦いの理由だといいF・Fに難題をふっかけ、今回は彼女を侮辱するようなことまで口にした嫌な男。だが不意打ちで胸を貫かれた彼が見せたのは、徐倫への献身的とすら言える愛情であった。
 

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アナスイ(残ってる俺の命も全部使いきっていい。くれてやるよ、お前が俺の体の中に入って、徐倫のためにDISCを取り出すんだよ!)
 
心臓まで止まり薄れゆく意識の中でアナスイは、同じく死にかけのF・Fにスタンドで呼びかける。女囚エートロとしての肉体を失った彼女に、自分の体を使って蘇り承太郎のDISCを回復させるよう指示したのだ。彼を不気味に感じたり今一つ快く思っていなかったが、この呼びかけにぐっときたという視聴者は少なくなかったのではないだろうか? それはアナスイの献身が、言葉よりもシンプルに彼の魂を伝えてくれるおかげだ。そしてこの魂の表現は、アナスイの叫びを受けたF・Fによって完成する。
 

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流れ出るアナスイの血液が崩れ行くF・Fに届いた直後、彼の体から魂が浮かび上がる様に徐倫は驚愕する。アナスイは死んでしまったのか、父のDISCは取り戻せないのか――だが意外にも、そこに浮かんでいたのはアナスイではなくF・Fの魂であった。彼女はアナスイの体を奪うのではなく、彼の傷を埋めて蘇生させることに最後の力を費やし息絶えていたのだ。
 

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F・F「あたしを見て徐倫。これがあたしの魂、これがあたしの知性! あたしは生きていた!」
 
昇天の時を迎えながらF・Fは、自分を見てほしいと嬉しそうに徐倫に言う。人間ではない自分にも魂が存在し、それがかつてホワイトスネイクの部下として機械のように生きていた時期の姿ではなく、徐倫達の仲間として過ごした時の姿だったからだ。
 
F・Fは人間ではなくプランクトンから生まれた新生命であり、それにより人間と違うしぶとさも弱みも悩みも見せていた。だが彼女はDISCに命を与えられた偽の生物ではなく確かに生きていたことが、そして彼女にとって生きるとはどんなことだったのかがこの姿には如実に現れている。表現・・されている。そう、これは目に見える形になったF・Fの魂の表現だ。かつてDIOプッチ神父を優れた芸術家と同列に並べたが、真にその座に相応しいのはF・Fの方であった。己にとっての命題とも言えるそれが果たせたからこそ、彼女は自分の死すらも「これでいい」と受け入れられるのである。
 

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徐倫「F・F……」
 
プッチ神父の能力から生まれた新生命は徐倫の父の魂を救い、己の存在を証明して舞台から去った。その終わりは悲しく、しかし言いようもなく美しい。そう、美しいのだ。人間でないが故に誰よりも人間を問う存在であったF・Fの最後とはすなわち、モナリザやミロのヴィーナスに匹敵する魂の表現であった。
 
 

感想

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というわけでアニメ版のストーンオーシャンの22話レビューでした。前回のテーマにした遠近のパラドックスが概念的でともすると今回もそっちに引きずられがちだったのですが、繰り返し見ていく内に冒頭のルーブル美術館の話をテーマに書けるなと方向が定まっていった次第です。別れの場面に涙ぐみ、EDでクレジットの一番上がF・Fになっていることに更にじーんと来てと本当に素晴らしい回でした。ありがとう伊瀬茉莉也さん。
 

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前回も書きましたが、6部ではF・Fが一番好き。次回のトンチの効いた展開も好きですが、今はこの余韻に浸りたいと思います。
 
 

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