【ネタバレ】湘北vs『湘北』――「THE FIRST SLAM DUNK」レビュー&感想

原作・井上雄彦自身がメガホンを取って製作された「THE FIRST SLAM DUNK」。公開までほとんど情報の明かされなかった本作は果たして、何との戦いを描いた作品なのだろうか?
 
 

1.湘北vs『湘北』

1990~96年にかけて週刊少年ジャンプで連載されたバスケットボール漫画「SLAM DUNKスラムダンク)」。バスケの人気を一躍高め当時の子供達を熱狂させた、伝説的な作品である。TVアニメ化もされたがこちらは全国大会編は製作されず、原作よりひと足早く終了を迎えた。そんな本作が、20年以上の時を経て映像として帰ってくる――2021年に製作が発表された際も大きく話題を呼んだが、正直に言えば私はさほど関心を引かれなかった。
 
別にスラムダンクが嫌いだったわけではない。私も当時熱狂した人間の一人であり、一応はバスケットボール部で3年間を過ごしたりもした。けれど瞬間的な思考も行動も苦手で、海南の神のように何百本もシュート練習をする根性もなかった私には結局バスケは身につかなかった。そして漫画も最終回まで読みはしたけどそれきりで、私にとって本作はあくまで思い出の一つでしかなかったからだ。
思い出に勝つのは難しい。中年を迎え、往年の名作のリバイバルやスピンオフが増えているのを横目に見ながら私はそう感じている。今になって追補する作品がどれだけ巧みだったとしても、私はきっと感動はするだろうがあの頃のような熱狂を味わうことはもうない。そういう諦観があった。だから声優変更のニュースが出た時も驚きはしたが抵抗はなく、同時に土日がアニメレビューで忙しい中でわざわざ見に行かなくとも……という気持ちになるばかりだった。が、どうも評判がいいらしく、じゃあ見るだけ見てみようということで劇場に足を運んだ。そして、観終わった私は一人拍手していた。せずにはいられなくなっていた。
 
本作は原作最後の試合、花道達湘北と山王工業高校のインターハイ2回戦を舞台にしている。山王は全国大会優勝の常連、10年以上の長期に渡って高校バスケットボール界に君臨する絶対的王者である。そしてここで考えてみたいのは、絶対的王者なのはスラムダンク自身も同じ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・である点だ。
 
DEAR BOYS」等スラムダンク以前にバスケット漫画がなかったわけではないし、「黒子のバスケ」「あひるの空」等スラムダンク以後に大ヒットを飛ばした作品もある(打ち切りになったが私は少年サンデー連載の「ふぁいとの暁」なんかも好きだった)。だが、バスケ漫画と言えば?と聞かれて最も多くの人が挙げるのはやはり今もスラムダンクだろう。ジャンプ黄金期の代表格の一つである本作には、多くの人の情念が寄せられている。だから声優がTVアニメ版から変更されていると発表された時は大きな騒ぎにもなった。私にしても、湘北の5人の顔を見ると今でも故・梁田清之さんを始めとした声が自然と蘇るくらいには記憶に残っている。TVアニメ版は明らかに現実と合わない時間描写などツッコミどころはたくさんあるが、それでも絶対的王者はアニメでもやはり多くのファンにとって絶対的王者だったと言っていいだろう。
 
スラムダンクのTVアニメはある種の不可侵な存在であった。思い出補正や声優交代騒動で買った不評を含め、結構な数の人が「THE FIRST SLAM DUNK」の新しい花道達がTVアニメに勝ることは無いと思っていたはずだ。それは、インターハイ初出場の湘北が優勝常連の山王に勝つなど劇中の観客の誰もが思わないのと同じではないか?
 
長くなったが、つまり「THE FIRST SLAM DUNK」の山王は絶対的王者であるが故にかつてのTVアニメ版の花道達の姿絵である。仮想の『湘北』である。本作は井上雄彦がTVアニメ版に挑むべく新たに組み上げた湘北が『湘北』と試合する、非常に挑戦的な作品として見ることができるのである。
 
 

2.『FIRST』の由縁

前節で述べたように、スラムダンクにはTVアニメ版も含めて多くの情念が寄せられている。私の例で言えば、今も覚えているのは横で見ている父に言われた一言だ。「スポーツやってるのによく喋るな、あんまり動かないな」……ただただ楽しく見ていた当時の私には、父の言葉はとても意地悪に感じられた。
 
 
手書きが主流かつ漫画連載と同時進行で年単位放映というスケジュールだった往時のTVアニメには、制限も脱線もつきものだった。動きを抑えて台詞で間を持たせたり、原作にないオリジナル展開を挿入したり。「ドラゴンボール」の進行の遅さや「北斗の拳」でやたら南斗の拳法使いが増えたのは現在でも語り草である。とはいえこれらが製作の都合もあってのことなのはよく知られているところであり、ツッコミもたいてい笑い混じりだ。事情もあってのことだから仕方ない、引き伸ばしもリアリティのなさも分かってあげるのが「大人」でしょ……と成人になった私達の多くは考える。だが「THE FIRST SLAM DUNK」はこれに真っ向から異議を唱える。
 
 
本作を実際に鑑賞した人の多くが口にするのは、3DCGを使った製作と原作からシーンと台詞をこそぎ落としたタイムコントロールによる圧倒的なリアルさだ。試合運びにはまるで本当のバスケットボールを見ているかのような臨場感があり、アニメ的な間に慣れきった私のような人間にはまるで新生物を目の当たりにした如き驚きがある。それはきっと、バスケ一本槍で研鑽を積んできた山王の面々が湘北の意外性、特にバスケを初めてまだ4ヶ月の花道に感じる驚愕と同じものだ。そう、考えてみれば井上雄彦氏は花道同様に「(アニメを作ったことのない)ど素人の、しかし天才」であった。
 
私は、そしてたぶん少なからぬアニメファンは、本当にリアルなスポーツアニメを描くことは不可能だと思っていた。コートは実際より広く描かれ、実際の時間では不可能な量の台詞が飛び交う。程度の差はあれ、それを受け入れなければならないと思っていた。アップの絵の美しさや声優陣の熱のこもった演技でそれを代替するものだと思っていた。けれどそういった間をまるで感じさせない本作は従来のスポーツアニメより遥かにリアルで、にも関わらずアニメとして成立している。私達が想像もしなかった、しかしまるで幼い頃に自動でかけていた補正を現実化したようなアニメはけして実現不可能ではなかったのだと、本作は圧倒的なパワーで示してくる。その熱は、自然と鑑賞者に伝播していくものだ。
 
当初は劇中に登場する、試合より携帯ゲームに夢中な子供のように本作を冷めた目で見ていた私は、気付けば終盤の彼同様一つ一つの試合運びに身を乗り出さんばかりに夢中になっていた。「どうせ山王が(=TVアニメ版が)勝つんでしょ?」と思っていた観客がいつしか湘北の応援を始めた時、私の心もスクリーンを飛び越えて彼らと一緒にこの作品を応援するようになっていた。そこには美麗さがどうのリアリティがどうのという小賢しい目線はなく、ただただプリミティブな興奮だけがあった。そう、私は20年以上前に本作を読んだ時のように『熱狂』していた! このことに気付いた時の私の喜びを、どう表現したらいいだろう。
 
子供の頃だけの特権と思っていたあの感覚。この映画がどれだけ素晴らしいアニメでも味わえないだろうと思っていたあの感覚が、本作を見る私の胸の中に確かにあった。それはつまり、私の想像力の敗北を意味する。山王が湘北に敗れたこの時、私の中の『湘北』……私の中のTVアニメ版もまた「THE FIRST SLAM DUNK」に敗れたのだった。
 
試合の後、山王の堂本監督は選手に一つの名言を残す。『「負けたことがある」というのがいつか大きな財産になる』……アニメ製作に関わる人の中にも、本作を見て「負けた」と感じる人は多いのではないだろうか。そしてその敗北はきっと財産になる。よく知られた、一面では慣れきっているものとは違うアニメを作るのにこの作品は大きな影響を与えることだろう。漫画「SLAM DUNK」が多くの子供達をバスケの世界に誘ったように、だ。
 
敗北とは書いたが、私にとってやはりTVアニメ版は大切な存在だ。20年以上頭の中に残る声はそう簡単に塗り替えられるようなものではないし(完全に塗り替えられてもそれはそれで困る)、井上雄彦氏もパンフレットで『漫画は漫画としてあって、TVアニメも変わらず見ることができるし、映画は映画で「新しいひとつの命」として作った作品です』と記している。TVアニメの偉大さは変わらない。だが同時に本作はそれに劣ることはなく、つまりけしてかつての続編や再アニメ化などでもない。
本作は漫画やTVアニメの後塵を拝するのではなく、確固たる独自の道を走り抜けた。先頭を走るからこそ、本作は「THE FIRST SLAM DUNK」の名を冠しているのだ。
 
 

感想

というわけで「THE FIRST SLAM DUNK」レビューでした。当初はリョータの兄ソータの「心臓バクバクでも、めいっぱい平気な振りをする」という台詞がウェットさを限界まで内側に押し込めた本作の作りに共鳴してるとか、「誰にも代わりはいないけど人は代わるし、変わっていく」みたいなことで書こうかと考えたのですが、それっていつもの私のレビューで本作には相応しくないなと感じたのでこんな内容になった次第です。
 
いやもう、展開と私の作品に対する心情が上手くシンクロさせられた感じですっかり夢中にさせられてしまいました。序盤のアリウープのあたりは「いつもの試合(アニメ)とちょっと違うぞ」と訳知り顔でふむふむ言ってたのが、気がつけば心のなかで絶叫上映的なことをしている。私は実際のスポーツの試合を見て興奮することってあまりないのですが、スポーツ観戦が楽しくて仕方ない人の気持ちが少しだけ分かった気がしました。
 
(記事を読んだのは鑑賞の後ですが)大傑作と太鼓判を押す記事を書き、私が映画館に行くきっかけを作ってくれた社畜のよーださんの記事に感謝を。そして井上雄彦監督を始め本作を作ってくれた皆様、めちゃくちゃ手に汗握る作品でした! ありがとうございました!
 

 

 

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