春を登る――「ヤマノススメ Next Summit」10話レビュー&感想

©しろ/アース・スター エンターテイメント/『ヤマノススメ Next Summit』製作委員会
山あり谷あり「ヤマノススメ Next Summit」。10話では進級でクラス替えの時期を迎えたあおいの様子が描かれる。小さな山だとしても、人生に上り下りはつきものだ。
 
 

ヤマノススメ Next Summit 第10話「新しい季節」

桜が咲き始める3月。あおいは2年になったらひなたと別のクラスになるかもしれないという不安にかられる。
終業式の日に天覧山で写真を撮ることになり、山に詳しいという理由でリーダーに選ばれてしまうあおい。
ほとんど話したこともないクラスメイト達を相手に、あおいはどうする?

公式サイトあらすじより)

 

1.1年生を下山する

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楓「湯船にお湯を張ったら洗剤を入れて、ザックを浸します。そしたら……踏む、踏む、踏む――っ!」
 
直接山に登る描写以外に道具などのウンチクも見られる「ヤマノススメ」だが、今回の冒頭では主人公のあおい、ひなたに楓、そして小春による登山道具のメンテナンスが描かれる。その中でも印象的なのはやはり、楓がザックを洗う時の描写だろう。湯船に張った湯に洗剤を入れ、浸したザックを踏んで汚れを出す場面は楓の「踏む、踏む、踏む――っ!」のかけ声もあって目を引く。
 

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小春「そんだけガンガン登ったってことね。いいことだよ! 道具は使ってナンボだし」
 
踏みつけたザックからは汚れがしみ出し、あおいはザックが思っていたより汚れたり生地も傷んできていることを知る。そして小春が指摘するように、これはあおいが色々なところに登った証だ。彼女が登山を始めたのはここ1年のことだから、この洗浄は1年間の登山の棚卸し――形を変えた"下山"として見ることができる。そして、下山しているのは登山道具に限った話ではない。
 

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みお「あーあ、これで1年も終わりかあ」
ゆり「名残惜しいね」
ひなた「皆で顔合わすこともしばらく無いかもね」

 

この10話は3月も終わりの話であり、高校1年のあおいは3学期の終業式を迎えている。卒業や入学ほどではないけれど、4月になったらクラス替えがあるというのは学生にとって結構なビッグイベントだ。級友と4月からも同じ教室で過ごせるとは限らない以上、そこでの会話には小さな終わりの気配が漂う。4月から翌3月の1年間を登山に例えるなら、この3月は間違いなく「下山」である。
 

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あおい「みんな注目して! 写真撮ろう!」
生徒「おー、そうだったな!」

 

記念写真を撮ろうという話に、ひなたを始めとした数人でのつもりで天覧山での撮影を提案したあおいだが、思いのほか話は大きくなり彼女はリーダーにまで指名されてしまう。人付き合いの苦手なあおいが上手く先導できるわけもなく、一同は彼女のリードが耳に届かずあっちに行ったりこっちに行ったり……ただあおいはけして一人というわけではなく、ひなたやみおといった他の級友が折に触れては手を貸したり背中を押してくれる。最終的にはあおいはきちんと写真撮影の先導をし、カメラマンを他の登山客に頼む等しっかりリーダーとしての役割を果たすことができた。それらは去年の彼女では望むことも実現することもできなかったものだ。クラスの終わりという"下山"であおいが発揮したのは、彼女が彼女なりにこの1年間をきちんと"登った"証だと言えるだろう。
 

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あおい(もっと色々、クラスの皆と触れ合っておけばよかったな)
 
リーダーを迎えるように自分を中心に迎えてくれた写真撮影の中、あおいは少し後悔する。「もっと色々、クラスの皆と触れ合っておけばよかったな」……形の見えない、時間の限られたクラスは二度と登ることのできない山である。やり直すことはできない。けれど下山することなしには、ある種のみそぎ無しには人はきちんと後悔することもできない。登山につきものの喜びとほんの少しのほろ苦さを背負って、あおいの1年生下山は終了したのだった。
 
 

2.春を登る

1年の終わりが下山なら、1年の始まりは当然に登山になる。後半、あおいが新しいクラスに感じる難しさはやはり登山的だ。
 

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あおい(めっちゃ心細い……)
 
後半、新学期の始まりを迎えあおいは悩んでいた。クラス替えでひなたと離れ離れになってしまうのではとの懸念は的中し、彼女や昨年仲良くなったみおやゆりと別のクラスになってしまったのだ。もう一人の級友、かすみとは同じクラスなもののズバズバものを言うタイプの彼女との二人での接し方があおいには分からない。2年生登山を"登れない"のである。あおいは1年が早く終わって後輩のここなが入学してこないかな……などと空想にふけるが、これは冬山登山で遭難して眠りかけている状態になぞらえてもいいかもしれない。
ただ、2年生である以上彼女はこの登山は初めてではない。昨年と同じ山ではなくとも登ることで培われたものは確かにあって、それは体力だけとは限らない。
 

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あおい「高尾山も去年の6月に。ケーブルカーでも登れるけど、自分の足で登れるルートもたくさんあって……」
 
ふけっていた空想から呼び戻され、自己紹介で咄嗟に趣味は登山とだけ答えたあおいは周囲の食いつきの悪さにやらかしを認識する。だが、かすみが昨年富士山に登ったことを尋ねる助け舟を出してくれたことで周囲の反応は賑やかなものになった。高尾山は登ったのかだとかそこにはどんなルートがあるかだとか、話は一気に弾むものになった。自己紹介という、2年生登山の一合目をあおいはどうにか登ることができたのだ。それは彼女が昨年は高山病で断念せざるを得なかった富士山に今年こそはと挑むのと同じ、クラスの皆と触れ合うことへの再挑戦なのだとも言える。去年ひなたに引っ張られて登山を始めたように、今年のあおいはかすみを先導にこの山を登っていくのだろう。天覧山から山登りを始めたように、小さく小さく、けれど確かな一歩を繰り返していくことだろう。
 

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あおい「かすみさんがいてくれたおかげで意外と平気だった」
ひなた「でしょ? だから全然心配してなかった」
あおい「なによ、なんでもお見通しみたいに」

 

前半で下山し、後半で登山する。10話は奇妙な構成の回だ。しかしこれはものの見方の一つに過ぎない。例えば前半は天覧山に登っているのだからやはり登山の話ではあるし、リーダーとして皆を先導することへのあおいの悩みを登山として見ることができる。一方で後半は昨年仲良くなったかすみが助け舟を出してくれたわけだから、これを昨年の棚卸し、下山と見ることも可能だ。また3期であおいが交友関係を広げた際に自分との距離が不安になってしまったひなたが、今回は背中を押したり安心して放任しているところに彼女の登り下りを見るのも難しい話ではない。この10話からは、いくつもの小さな登り下りをこんな風に無数に、そして同時並行的に見出すことができる。
人生とはきっと、今回のようないくつもの小さな山の連なり重なりを、時には登りながら下る・・・・・・・ことすらしながら踏破していくものだ。その時私達が進む山道は一つ一つが全く別物で、同時に皆どこか似通っている。
 

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あおい(春が来ました。山ガールの季節が、これから始まります!)
 
春は終りと始まりの季節である。下山の季節であり、登山の季節だ。そして終わりと始まりが繋がっていると気付いた時、私達は世界の優しさを――本当の意味での春の訪れを感じることができるのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版ヤマノススメ4期10話レビューでした。今回から15分アニメ×2でなく30分アニメということで、2本立ての内容ながら両者が繋がって一つの山を作っているのが感じられる内容だったと思います。私は3期だと12話が一番好きで、それはひなたが大人ぶるのをやめる……下山することに肯定的な意味を見出せるからなのですが、今回も同様に下山をキーワードの一つに見られるのがとても好みでした。
30分になって表現が広がったのが強く感じられる回で、残り2話も非常に楽しみです。
 
 

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小春「今日は小春日和のいい天気だねー!」
ひなた「小春日和の本来の意味は違うんですけどね」

 

小春部長がかわいい日はいつも小春日和。登山道具を洗ってる時に小さく聞こえる「ほっ、ほっ!」のかけ声とか、岩井映美里さんと山本監督に本当にありがとうございますという感じです。
 
 

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