引導の時――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」9話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
踏ん切りの「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。9話ではスレッタ達地球寮とシャディク達グラスレー寮の決闘が描かれる。その戦いから見えてくるのは、諦めの悪い少年と少女の昔日との別れである。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第9話「あと一歩、キミに踏み出せたなら」

シャディクの策略により、株式会社ガンダムの起業は暗礁に乗り上げた。
ミオリネは会社の命運を懸けて、彼に決闘を申し込む。
決闘の条件は6対6の集団戦。しかし、地球寮にはモビルスーツパイロットも足りず……。

公式サイトあらすじより)

 

1.チェックメイトに非ず

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サビーナ「大人しくしておけガンダム!」
 
今回は本作初の集団戦が行われる回だ。主人公スレッタやその"花嫁"ミオリネが設立しようとした株式会社ガンダムにグラスレー社CEOの養子シャディク・ゼネリが校則変更で待ったをかけ、ミオリネ達地球寮は再変更のためアスティカシア学園伝統の決闘をシャディクのグラスレー寮に挑む。複数のMSの動きが描かれることもあって映像的にも賑やかな回だが、私が特に印象的に感じたのはシャディクの戦術的な巧みさの数々だ。
 

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ミオリネ「校則を書き換えたのはあんた?」
 
猪突猛進なジェターク社のグエルやペイル社の使い捨ての駒だったエランといったこれまでの相手と異なり、学生ながら既に実業家として実績を挙げているシャディクは盤外での戦い方をよくよく心得た人間である。今回にしても校則変更で起業に制限をかけると同時に破格の好条件での企業譲渡をミオリネに持ちかけているし、彼女に決闘を挑まれてもどうにか思いとどまるよう説得を試みるなど非暴力的な解決に腐心している様が見える。またいざ決闘となっても闇雲に攻撃するのではなく降伏勧告や特殊なシステム攻撃で勝負を決めようとしており、頭脳戦ではこれまででもピカイチの相手であろう。
シャディクにとって戦いとはおそらく、終わりを相手に悟らせ自ら負けを認めるよう仕向けるものだ。現実を突きつけ、相手がそれを受け入れることを期待する理性的な人間なのだと言ってもいい。だが、最終的に勝利したのは彼ではなく向こう見ずな挑戦を続けたミオリネ達地球寮の側であった。
 

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シャディク「それで、他になにかいい案は?……俺以外に誰が君を救えるんだ?」
 
シャディクは今回、ミオリネ達に何度も"チェック"をかけている。法的には自分達以外株式会社ガンダムを救えないという状況を作り、決闘では集団戦を仕掛けることでスレッタのガンダムエアリアル単機の強さをかすませ、更にはガンダムを動かすGUNDフォーマットを停止させるアンチドートまで用意する周到さは相当なものだ。だがチェックはあくまでチェックであって"チェックメイト"ではなく、それ故にシャディクは何度も思惑を覆されることとなった。ミオリネは譲渡に同意せず決闘を挑み、エアリアルのGUNDフォーマットはアンチドートをオーバーライドして再び動き出し、木っ端程度に認識していたであろう地球寮の他のMSには自分の乗機ミカエリスの頭部を狙撃され金星を挙げられてしまう。彼は相手に終わりを見せているつもりだったが、それらは全て自身の思い違いに過ぎなかったのだ。
 
 

2.引導の時

相手に終わりを見せる力に長けているはずの少年が、実は誰よりも終わりを見誤っている。この皮肉な事実は最後に明かされたわけではなく、今回の冒頭で既に示されている。
 

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ミオリネ「17歳になる前に、絶対ここから逃げてやる」
 
9話の冒頭は1話より少し前、グエルが決闘のホルダーだった時期の話だ。ベネリットグループ総裁の娘であるミオリネはホルダーの花嫁になるよう定められた自分の境遇にウンザリしており、脱走しては連れ戻される日々を繰り返していた。シャディクはそんな彼女を心配し気遣っていたが、一方でそれ故に相手の心に踏み込めない。劇中で明言されているように、シャディクが入ろうとしないミオリネの菜園は彼女の心の内のメタファーである。
 

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シャディク「……俺は違うよ」
 
自分は他の連中のように社長令嬢目当てに君に近づく人間じゃない。そう言いたいがためにホルダーには興味がないと口にした瞬間、シャディクはミオリネの心を掴む資格を失った。それは対外的には自分は傍観者だという宣言に過ぎず、つまりミオリネにとって毒にも薬にもならないからだ。――そう、彼とミオリネの関係はこの時"終わって"いた。
 

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シャディク「ここまでだスレッタ・マーキュリー! ミオリネの隣に立つのは俺だ!」
 
かつては幼なじみとして一緒に事業コンペの企画も出す仲であったシャディクとミオリネの関係は、1話より前に終わっている。それを前提に8,9話を捉えた時、シャディクの行動は悲しいほど滑稽だ。なにせ彼はガンダムの入手を言い訳にすることでようやくミオリネの隣に立つため行動ができるようになったわけだが、そもそもが彼はとっくに花嫁争奪戦に敗北している。この9話は劣勢に立たされた地球寮が諦め悪く抵抗する話として展開しているが、本当に諦めが悪いのは終わっているのに戦いを続けるシャディクの方だったのである。なら、必要なのは彼にこそ終わりを悟らせることだ。
 
 

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集団戦でパイロットの技量とMSの性能の差を作り、アンチドートによるGUNDフォーマットの封じ込め、なお立ち上がってきたエアリアルをそれでも追い詰め。今度こそチェックメイトだとシャディクが確信した瞬間、リーダー機である自身の機体の頭部ブレードアンテナを破壊され彼は敗北した。それは既に戦闘不能に追い込んだはずの地球寮の機体達が、たった一つ残された大型ビームライフルで狙撃したことによってだ。しかしシャディクに敗北を悟らせたのは、本当はその後のミオリネの一言の方にある。
 

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ミオリネ「最後は自分で決着をつけると思ったわ。人に信じろとか言っておいて、結局あんたは誰も信用してないのよ」
 
ミオリネはこの状況が発生することをあらかじめ確信していた。決着の一弾は偶然の産物ではなく最初から予定されており、勝負はシャディクが考える盤外より更に外側でとっくに終わっていたのだ。――つまりシャディクはこの一言によって、自分が既に"終わって"いたことをようやく悟ったのである。その事実に気付けば、自分がいつ終わったのか認識するのはもう難しいことではなかった。だから彼はようやく冒頭の時間に戻ることができる。いや、そこから"進む"ことができる。
 

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シャディク「『ホルダーになって君を守る』……その一言が言えれば、俺も中に入れたのかな」
 
今回は出なかったが本作では「逃げれば一つ、進めば二つ」が重要なワードであり、私はこれを「自分のことなら身一つ、自分と誰かのことなら二つ」でもあると解釈している。自分がホルダーになってミオリネを守ると言えなかったあの日、シャディクは彼女と自分の二つのために進むことができなかった。ずっと逃げて、自分の身一つだけを守ってきた。だが、その逃走は今回遂に終りを迎える。校則を元に戻し今後株式会社ガンダムに危害を加えないと誓った彼は、あの時本心は別にあったことをようやく打ち明けることができた。それに薄々気付くくらいにはミオリネは自分を知ってくれていたのだと、あの一弾、そしてあの一言で知ることもできた。
 

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ミオリネ「……バカね。今更よ」
 
シャディクの言葉にミオリネは今更だと返し、そして青いトマトの身を摘果する。時が戻るのはあくまで心の整理の話に過ぎず、二人の関係が元に戻ることはない。本当はミオリネの菜園の中で生っていたシャディクのトマトは、結局赤く熟れることはなかった。
それでも、摘果に意味はある。かつての関係が既に"終わって"いると認識できたなら、そこから新たに始められる道もあるはずだ。それは今回ようやく彼に引導を渡せたミオリネにしても同様であろう。
 

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今回の戦い、シャディクは引導を渡されたから進むことができた。トマトが赤くならなかったとしても、それは身一つの逃走ではなく自分とミオリネの二つのための前進なのである。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の9話レビューでした。ふだんよく書く「悪平等と、不平等から生まれる平等」でいけば頼る者と頼られる者あたりが該当するかなと思ったのですが、今回はシャディクとミオリネの関係の方に焦点を合わせてこんな感じになりました。せつね。
 

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今回は異形の右腕を持つミカエリスの造形がいいですね。頼りになる人間をよく右腕と呼びますが、この機体の場合それは言葉通りの意味に過ぎずパイロットには比喩的な右腕はいない、という……グラスレー寮のパイロットの一人サビーナはシャディクの右腕として公式サイトで紹介されていますが、彼女は怒っていいと思う。髪型もキリッとした表情も瀬戸麻沙美さんのキャスティングも素敵なので今後の活躍に期待したい。
 
 
さて、御三家との決闘が終わり第1シーズンの残りはどんな話が繰り広げられるのか。次週を楽しみに待ちたいと思います。
 
 

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