空っぽの深呼吸――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」18話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
居場所が消えていく「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。18話ではスレッタの出生の秘密が明かされる。副題にもある"空っぽ"とはどういうことだろう?
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第18話「空っぽな私たち」

決闘に敗北し、ミオリネとエアリアルを一度に失ったスレッタ。
悲しさを振り切るように、気丈に学園生活を送る。
プロスペラとの約束どおり、総裁選に向けた準備を進めるミオリネだったが、シャディクの台頭に焦りを見せていた。

公式サイトあらすじより)

 

1.埋めるほどに空疎

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スレッタ「毎日授業に出て皆と一緒にランチ食べて、すごく楽しいです!」
 
前回グエルとの決闘に敗北し、"花嫁"ミオリネとホルダーの座に加えて家族同然のMSガンダムエアリアルまで奪われてしまった主人公・スレッタ。今回はそんな彼女が落ち込むどころか熱心に勉学に励む様子から始まるが、友人である株式会社ガンダムの仲間達はスレッタの振る舞いを額面通りに受け取らない。遠い水星からやってきた彼女が学校での「やりたいことリスト」が埋まったと喜んで見せれば、その分むしろ埋まっていないたった一つ、「お友達の誕生日を祝う」が際立ってしまう。それはミオリネの誕生日に行われた最後の決闘でスレッタが敗北したために叶わなかった、たった一つの願いだ。彼女が穴を埋めようとすればするほど仲間達はそれ空元気だと、元気が空っぽだと感じずにはいられない。
 

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グエル「駄目だ、融資元は頷かん。必要なのは俺の実績か」
 
空っぽさを埋めようとするとかえって空疎さを露呈する。これはスレッタに限った話ではない。例えば彼女に勝利したグエルは亡き父の跡を継いでジェターク社CEOとなっているが、まだ社会人としての実績を持たない彼は投資家からの信用を得られない。服装が変わりベネリットグループ総裁の娘ミオリネと婚約したからといって、窮地の会社をいきなり立て直せるというのはさすがに夢物語に過ぎる。
 

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ミオリネ「ガンダムぅ!?」
 
もっとも、実績として使えそうなものがないわけではない。グエルの父ヴィムはスレッタの母プロスペラのシン・セー開発公社と協力して秘密裏にMSガンダム・シュバルゼッテなる機体を遺しており、ミオリネのベネリットグループ総裁選に向けて協力体制にあるプロスペラはこれをジェターク社と株式会社ガンダムの共同開発として発表してはどうかと提案する。だが、ミオリネはこの話に首を縦に振らなかった。
 

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ミオリネ「飲めないわね。株式会社ガンダムはMSの開発には関与しない。ガンダムの技術は医療のために役立てるって決めたから」
 
ミオリネの言葉は、先に触れた空疎さの陥穽を知らずして回避している。次世代コンセプトモデルにしてジェターク社製ガンダムであるシュバルゼッテはグエルとミオリネの鉄の子に等しいが、実際は二人が開発を指示したわけではなくその意義は中空の状態だ。その不足をミオリネの理念に反する「兵器としてのガンダム」で埋めようとしても、シュバルゼッテはかえって空疎さを露呈するだけに終わるだろう。ただ、これを発表する機会も作れないようではそれこそグエルとミオリネのコンビは空疎なままだ。プロスペラは「理念を守りたいのなら、それを活かしたコンセプトにすればいい」と更に助言するが、これは単なるMSの開発に留まらない指針の助言でもあると言える。
 
 

2.欠けるほど充足

空っぽさを埋めようとするとかえって空疎さを露呈する。これはフィクションの話に限った話ではなく、私達の身近でも言える話だ。ストレス発散のための浪費や暴食は部屋や胃袋しか埋めてくれないし、窮地で一発逆転の秘策を考えようとしてもたいていの場合それはろくな結果を呼ばない。だが、これは逆も然りではないか。
 

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アリヤ「話し合うより先に手が出てた君が、いったいどうしたんだ?」
チュチュ「ニカ姉ならどうすんのかな、ってさ」

 

気丈に振る舞うスレッタを見かねてミオリネのところを連れて行こうとしたのは仲間の一人、チュチュことチュアチュリー・パンランチであったが、劇中でも指摘されるようにこれは以前の喧嘩っ早い彼女からすれば考えられない行動だった。変化を指摘された彼女は慕っている"ニカ姉"ことニカ・ナナウラならどうするか考えた結果だと言うが、そのニカは14話のオープンキャンパステロ事件以降姿が見えなくなっている。実際、ニカがこの場にいればチュチュは彼女にその役割を任せていただろう。不在や空っぽであることが、チュチュの中でニカの存在感を空疎にするどころか強めているのである。
 

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ミオリネ「この交渉で示してみせるわ。私と株式会社ガンダムは、これからのベネリットグループは戦いじゃなく命を救うんだって」
 
漫画やアニメでよく描写されるように、身体機能に障害を抱えた人間はかえって他の五感を発達させる場合がある。空っぽさというのは無闇矢鱈に埋めればいいわけではなく、むしろその空っぽさによって他を充足させることだってできるのだ。例えばミオリネは総裁選でグラスレー社のシャディク・ゼネリに大きく遅れを取っているが、それは彼女にベネリットグループへの反発から武力衝突の域に達しようとしているアーシアン(地球居住者)の抗議活動との対話交渉という大胆な行動を取らせることになった。プロスペラに誘導された感もあるが、ミオリネは別に自分の空疎な実績を埋めるのに躍起になってこんなことをしようというのではない。ガンダムで人を救う理念が今はまだ空っぽなスローガンに過ぎないと自分でも認めているからこそ、それを実績として目に見える形にする決断ができたのである。
 

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生徒「最初っからあの人がいりゃ良かったんだな」
生徒「持ってる人は違うっつーの?」

 

人は充足によって幸せになれるとは限らない。例えばグエルが不在の間ジェターク社を引っ張ってきた次弟ラウダは兄を尊敬し彼の帰還を喜んではいるが、周囲の人間がもはや兄しか見なくなった現状はその心に微妙な影を落としている。苦労は多かったが、兄の不足や欠乏、空っぽさから導かれる幸福もまた存在していたのだろう。それはきっと、主人公のスレッタにしても同じはずだ。
 
 

3.空っぽの深呼吸

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チュチュ達に背中を押されベネリットグループのフロントにやってきたスレッタは、母プロスペラの仕込みによってミオリネではなくエアリアルと再会する。もう会えないかと思っていた、家族同然の存在との再会――だが、そこで彼女が知ったのは驚きの事実だった。
 

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エリー「君はこれ以上すがっちゃいけない。僕にも、お母さんにも」
 
本作の世界のシステム管理や制御を担うパーメットのスコアが上昇したエアリアルの中、情報空間に意識が飛んだスレッタは幼い自分のような姿をした"エアリアル"に遭遇する。その正体は「PROLOGUE」にも登場したプロスペラの娘エリー(エリクト・サマヤ)であり、スレッタはエリーの遺伝子から作られたリプリチャイルドに過ぎなかったのだ。その役割はパーメットのデータストームの中でしか生きられないエリーの手足のようなものであり、エリーが自らエアリアルの体を動かせるようパーメット・スコアを上昇させるための鍵……スコア8に達したエアリアルにはもはやパイロットは不要と言われ、スレッタは絶望する。己がプロスペラの娘にしてエアリアルパイロットだという自己認識を完膚なきまでに空っぽにされたのだから、ショックを受けるのは無理もない。コックピットから弾き出されたスレッタは駆けつけたプロスペラにエアリアルの言葉が嘘だと証明してもらおうとするが、母であったはずのその人はエアリアルの言葉を肯定し学校に帰るよう促すのみであった。
 

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プロスペラ「そうね。スレッタは……自由に生きていいのよね」
 
ホルダーや花婿の座に加えて娘やパイロットとしての必要性すら奪われ、スレッタはこれからの物語に全く不要で無力な存在になってしまった。決闘の関係ない総裁選が控えミオリネが地球に行ってしまった現状、彼女にもはや具体的に何ができるかと問われて答えられる視聴者は少ないだろう。だが、だからこそだ。ほとんど全てを奪われ失ったこの空っぽの状況でこそ、スレッタ・マーキュリーという一人の人間に何ができるかは見えてくる。必要ないと言われれば言われるほど、スレッタの必要性はむしろ高まっているのだ。彼女のために婚約を自ら壊したミオリネも、自分や母にすがってはいけないと突き放すエアリアルも、そして散々利用してきたプロスペラすらもどうやら、スレッタの幸せを願って――スレッタの幸せを必要としているのだから。
 

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深呼吸の時、重要なのは息を吸うのではなく吐くことの方であるという。無理に吸気で埋めようとせずとも、空っぽになった肺は自然とその分の空気を吸い込んでいく。例えるならこの2話は、スレッタに限界まで息を吐き出させているようなものだ。もう少し続くかもしれないその深呼吸の先に、彼女が新しく吸い込む何かはきっと私達を驚かせてくれることだろう。
空っぽとは無価値や無意味を指すものではない。空っぽとは、無という可能性に満ちた状態に過ぎないのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の18話レビューでした。アバンから今回何が言えるかだいぶ迷って書くことに。グエルの帰還はラウダにとってどうなのか?と思う部分もあったのが拾われていてホッとするようなこの先が怖いような。今後彼はどういう立場になっていくのか。思わぬところから出てきたマルタンとセセリアの絡みですとか、エラン5号に空っぽさを指摘されたノレアにソフィの分も幸せになってほしいとか、ケナンジの今後の役割とか気になるところもたくさん。次回も気になります。

 

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