魔女とパンドラの箱――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」10話レビュー&感想

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混沌の「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。10話ではデリングの暗殺計画が持ち上がる。デリング・レンブランの死、それは単に一人の人間の死に留まらない。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第10話「巡る思い」

シャディクとの決闘から二ヶ月。少しずつ軌道に乗り出した株式会社ガンダム
事業と学業を両立しながら、スレッタは充実した日々を送っていた。
一方ミオリネは、多忙な社長業に邁進する中、フェンと思いがけない再開を果たす。

公式サイトあらすじより)

 

1.水面と水面下

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シャディク「じゃあエアリアルが帰ってきたら、早速決闘の方を頼むよ。不在だった2ヶ月分溜まってるからね」
 
グラスレー社CEOの養子シャディクとの決闘に勝利し、ベネリットグループ御三家全てを打ち負かしたスレッタ達。しかし今回はその直後ではなく、この10話は前回の2ヶ月後だ。スレッタのMSガンダムエアリアルが修理のためか彼女の手元に無い間はシャディクが特例で決闘を延期にしてくれていたことも語られ、GUNDフォーマットによる医療事業を目的とした『株式会社ガンダム』を設立して以後の2ヶ月はおよそ穏やかで順風満帆な日々だったことが伺える。
 

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シャディク「ごきげんだね、いいことあった?」
 
順風満帆。そう、この10話前半のスレッタはとても幸せそうだ。決闘のホルダーである自身の"花嫁"にして株式会社ガンダムの社長ミオリネが出張の間は彼女の温室の世話を任され、GUNDフォーマットを用いた義足のテストも成功。寝泊まりする地球寮の皆ともいっそう打ち解け、冗談を言って笑わせまでする彼女の表情は晴れやかである。だが、水面が穏やかだからといってその下で蠢くものがないわけではない。
 

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シャディク「デリング・レンブランを襲撃してもらいたい」
 
ベネリットグループは総裁デリング・レンブランの下に御三家を始めとした多数の企業が所属する巨大企業グループであるが、デリングは恐れられこそすれ好ましく思われているわけではない。特に御三家の一つジェターク社CEOのヴィムは敵対意識が強く、同じく御三家のグラスレー社CEOサリウスにデリングの暗殺を持ちかけている。ヴィムのがさつさを知るサリウスは手を貸すつもりはなかったが、養子であるシャディクはなんとそれに乗ることを提案し計画を主導するに至った。これがリスキーな行為なのは言うまでもないだろう。サリウスが確認するように、失敗すればシャディクはグラスレー内での立場を失うことになる。
 

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エラン「今度デートしようよ」
 
また、御三家の一つペイル社は『エラン・ケレス』の名と顔を持つ複数の人間を使い分けることで暗躍していたが、今回新たに用意されたエランこと強化人士5号は4号の時のように決闘でエアリアルに勝つことを目的としていない。彼に与えられた新しい任務とは、廃棄処分された4号が築いた親密な関係を利用してスレッタを自身の側に引き入れることであった。ペイル社はエアリアルの入手を一つの目的としており、そのためにスレッタを直接狙うのは確かに理に適っている。
 

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穏やかな日々の下で御三家は陰謀を巡らせていたが、共通しているのはこれらは学園のルールである決闘を無視した戦い、盤外の戦いだという点だ。もちろんこれまでも彼らはその権力財力を利用して自分達に有利な状況を構築してはいたが、決闘そのものは基本的に尊重してきた。決闘のホルダーはデリングの娘ミオリネの花婿になることが定められており、勝利すればグループを手に入れられるメリットがあったためだ。なんでもありのようであっても、決闘には紳士協定としての力が一応は備わっていたのだと言える*1。だが、スレッタの所属するシン・セー開発公社はグループ内でも下位の企業のためミオリネと合力してもベネリットグループを支配する力を持ち得ない。加えて御三家が決闘でエアリアルに勝てない現状では、決闘を重視する必要は全くなくなってしまっている。今回の御三家の陰謀は彼らの卑劣さだけに由来するわけではなく、スレッタとガンダムによるパワーバランスの破壊がもたらした必然でもあった。
 
 

2.魔女とパンドラの箱

スレッタとガンダムはパワーバランスを破壊した。これはベネリットグループと御三家に限った話ではなく、彼女の通うアスティカシア高等専門学園やその生徒の描写からも見て取れる。
 

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セセリア「なんで地球寮のやつらがラウンジにいるわけぇ?」
 
例えば今回、株式会社ガンダムの面々は新PV撮影のため決闘委員会のラウンジを使用している。決闘のホルダーであるスレッタが使用権を有しているためだが、学園内の有力者で構成される決闘委員会の施設を地球寮の人間が使用するなどこれまでなら考えられなかったことだ。屋上での撮影は教師から許可されなかったり委員の一人セセリアは露骨に不満を口にするなど差別意識が消えたわけではないが、裕福なスペーシアン(宇宙居住者)が貧しいアーシアン(地球居住者)を見下すだけの関係は終わりつつある。
 

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デリング「会社設立2ヶ月で投資効果の試算をここまで行っているのは上出来だ。回収期間を検討し、このまま投資を続けろ」
 
また株式会社ガンダムはスレッタとミオリネ、そして地球寮の面々で運営する企業であるが、彼らの力だけで成り立っているわけではない。ペイル社でガンダム・ファラクトを開発したペルメリアは前回はMSの手配、今回は義足の整備のフォローなどで力を貸してくれているし、ミオリネは株式会社ガンダムに出資した父デリングへの業務報告の形で会社経営の指導を受けている。いずれもかつてなら考えられなかったことで、特に父と曲がりなりにも「会話」のできたことにミオリネは満足げだ。
 

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先輩社員「着く前に食っとけよ、体に響くぞ?」
グエル「ありがとうございます」

 

7話でスレッタ達が見た映像において、GUNDフォーマット理論の第一人者であったカルド・ナボ博士はこの技術に生命圏の拡大のみならず地球と宇宙の分断と格差を宥和する可能性をも秘められていることを語った。彼女がどういう意味でそれを口にしたのかは不明だが、GUNDフォーマットを使用したMSガンダムエアリアルとスレッタの登場は確かにこれまでの硬直した分断と格差に変化をもたらしている。ヴィムの息子にして元ホルダーのグエルがスレッタへの敗北以降社会的には転落の一途を辿っていながら、人間的にはむしろ大きく成長していることなどもその一例に挙げることができるだろう。だが、分断と格差は硬直が解けたのではあってもまだ宥和されたわけではない。パワーバランスという名の秩序がほころびた時、起きるのは混乱、そして混沌である。
 

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シャディク「ベネリットグループを解体する。俺はもう、ためらわない」
 
例えばシャディクは施設育ちの自分を引き上げてくれた養父サリウスへの恩を語りデリング暗殺への積極的関与の許しを得たが、取り巻きであるサビーナ達5人の少女は別の狙いがあることを指摘する。彼はなんと、ベネリットグループの解体を目論んでいたのだ。動機はまだ明かされていないが、シャディクが踏み切った原因はおそらく前回の決闘だろう。彼はスレッタ達への敗北を通して自分がミオリネへの恋慕の資格を失っていたことを悟り、ようやくそれに決別することができた。巨大企業の解体などというだいそれた企みを実行するには踏ん切りが必要であり、あの決別が背中を押す結果になった可能性は十分に考えられる。シャディクの中にあった秩序を、スレッタ達との戦いが破壊したのだ。
 

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スレッタ「わたし、一人で勘違いして……」
 
またスレッタによってミオリネの運命は大きく変わったが、二人の関係はまだまだ成熟していない。当初は困惑した花婿・花嫁の関係はスレッタにとって(恋愛感情かはさておき)重大なものになっているし、ミオリネにしても株式会社ガンダムを設立したのは彼女のためだ。だがその忙しさもあって今回ミオリネは十分なコミュニケーションが取れず、スレッタは彼女の気遣いをことごとく自分が軽んじられている証として受け取ってしまう。こちらは破壊より一歩先に進んでいるのだが、宥和の一歩すら時にはすれ違いの元になってしまうのである。
 

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「学生は学生らしく決闘ゲームに興じる」範囲に一応は収められていた少年少女達の物語は、スレッタとエアリアルが秩序を綻びさせたことで良くも悪くもその殻を破りつつある。グエルに至っては既に学園を飛び出し、偶然にもこの暗殺計画に巻き込まれすらしているのだ。更にはシャディクに依頼を受けた「フォルドの夜明け」なる組織の少女が使うガンダム顔のMS2機が登場したことで、スレッタ達は否応なしに学園の外へ引きずり出されていくことだろう。それは学園のことは決闘で全てを決めるというルールの終わりであり、つまりそれを定めたデリングの権威と秩序の終焉である。
 

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ソフィ「抵抗してもいいけど、殺すから」
 
ヴィムはデリングを殺そうとしている。だがそれは彼の野望の成就など意味しておらず、混乱と混沌を引き起こすことになる。デリングの死とは本作における秩序の死であり、魔女はいまやパンドラの箱に手をかけているのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の10話レビューでした。序盤のスレッタが幸せそうで逆に不安、と思ってたら突き落としにかかってきた。人間関係もどんどん動いていくので息もつけません、5号エランは今後どういう振る舞いを見せるんでしょう……あと今回登場した2機のMSはプラモやOPで登場が示されていましたが、こんな役割とは想像もせず。いったいどういう機体なのか気になります。ここから残り2話、隔週放映になるのがもどかしい!
 
 

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*1:ヴィムは1話でもデリングを暗殺しようとしたが、息子がホルダーなのを前提としている点でやはりそこには尊重がある