嘘から一番遠い言葉――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」11話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
隔たりの「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。11話ではスレッタとミオリネのすれ違いが問題になる。二人が心を通わせるのに必要だったのは、いったいなんだろうか?
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第11話「地球の魔女」

改修中のエアリアルを引き取るため、学園を出航する地球寮の一同。
目的地は、ベネリットグループの巨大開発施設プラント・クエタ。
だがスレッタは、ミオリネとのすれ違いにまだ思い悩んだままで……。

公式サイトあらすじより)

 

1.言わなきゃ分からない

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スレッタ「わたし、怖くて」
プロスペラ「何が?」
スレッタ「……皆が」

 

前回"花嫁"であるミオリネと些細なことですれ違い、自分はどうでもいい存在なのだと思いこんでしまった主人公・スレッタ。必要な存在になるべく彼女は様々な仕事を買って出るが、思い込みは悪化する一方でミオリネどころか株式会社ガンダムの仲間からも必要とされていないのではないかと考えてしまう。失敗した時にちょうど発せられた「使えねえの」という言葉が自分に向けられたものと誤解したり、弁当が足りないのを言い出せなかったり……彼女と同じような経験をした人も少なくはないだろう。
 

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スレッタ「あれ? わたしの分……」
 
スレッタがすれ違いと誤解をこじらせる原因は何か? 言うまでもなくそれは、彼女が口下手でコミュニケーション能力に乏しいためだ。実際、「使えねえの」という言葉はスレッタにではなくアプリケーションソフトに向けられたものだったし、弁当は足りないのではなく勘違いで他の人間が持っていっただけだった。ミオリネとのすれ違いを含め、正直に話せばスレッタは勘違いをせずに済んだはずなのである。
 
「言わなきゃ分からない」――思考をきちんと口にすることはコミュニケーションの基本であり、話し上手の言葉はいつも分かりやすい。論理的で明瞭で自信にあふれ、言葉の端々に知性が覗く。……だが、それは本当に信用できる言葉だろうか?
 
 

2.言葉は嘘をつく

私達は言語を使ってコミュニケーションする生き物であり、それに長けた人間は他者との意思疎通も円滑に行うことができる。だがこれは常に善なるものか?と言えばそれはノーだ。
 

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巨大企業ベネリットグループの主導権争いから総裁であるデリングの暗殺計画まで起きるこの11話では、多くの人間が腹に一物を抱えている。グループ御三家ジェターク社のCEO・ヴィムが激昂を装ってデリングの護衛に発信機を付けたり、彼から2時間後の襲撃を指示されたグラスレー社CEOの養子・シャディクはヴィムを裏切って直ちに攻撃を仕掛けるよう実行組織に連絡したりする。更にはデリングにしても表向きはガンダムを禁忌の存在としていたが、実はスレッタの母プロスペラ(エルノラ・サマヤ)とガンダムの技術を応用した何事かを企てていることがこの11話では明かされている。
 

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シャディク「サビーナ、『フォルドの夜明け』に合図を送ってくれ。ただちに作戦を実行してくれと」
サビーナ「了解した」
メイジー「え?」
イリーシャ「2時間後じゃ……」

 

今回の腹の探り合い、裏のかき合いから見えてくるもの。それは言葉などというのはいくらでも嘘のつけるものに過ぎないということだ。破綻した内容でも自信たっぷりに繰り返し言われれば人は信じてしまうものだし、それは言葉そのもののイメージすら書き換えることがある*1。言葉というのは、巧みであればあるほど嘘をくるんで隠している可能性を否定できないものなのだろう。
 
「言わなきゃ分からない」……これは事実である。だが同時に「言ったことが本心とは限らない」のも事実だ。何を言っているかだけで判断しようとして、かえってその字義に束縛されてしまうことすらコミュニケーションにおいては珍しくない。ならば私達が本心を伝えるには、心からのコミュニケーションを交わすには、いったいどうしたらいいのだろう?
 
 

3.言外の言葉

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言わなければ気持ちは伝わらない。しかし口にしたことが本心とは限らない。このジレンマを考える上で、本作は序盤にヒントを提示している。デリング襲撃の実行組織「フォルドの夜明け」に占拠された輸送船に乗り合わせていた少年、グエルが見せた洞察である。
 

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グエル「あれはジェターク社のMSだ。旧型だがテロリストごときが簡単に手に入れられるものじゃない!」
 
今はボブの偽名を名乗って家出中だが、ジェターク社の御曹司である彼は「フォルドの夜明け」の装備の充実ぶりに違和感を覚えていた。彼らの使用するMSの中にはジェターク社のもの*2があり、旧型とはいえテロリストが入手できるような代物ではなかったためだ。このことは当然、「フォルドの夜明け」にベネリットグループ内からスポンサーがついていることを意味する。リーダーであるナジはもちろんそんなことは口にしていないが、彼らのありようは口にしたこと以上にその実像を喋っているのだ。つまり「言って、分からせている」のである。
 

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ミオリネ「ったく……」
 
人は確かに言語を使ってコミュニケーションする生物である。だが他の手段を持たないわけではなく、時にそれは言語では拾えない領域をカバーすることがある。例えば冒頭、ミオリネとのすれ違いを気に病むスレッタは彼女が近くを通った際に思わず隠れてしまったが、ミオリネの方はそのことを百も承知だった。スレッタは後ろ髪をはみ出させてしまっていて、彼女の隠伏もつまり隠れるような悩みがあることも一目瞭然だったのだ。
 
 

4.嘘から一番遠い言葉

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ヴィム「養子は大変だな? パパに気に入られるよう精々がんばれよ」
(終話後)
レネ「何あのオヤジ? さいってー」
 
「頭隠して尻隠さず」という言葉がある。人は言語によって自分の心を整えて口にするが、その本心はしばしば勝手に漏れ出てしまうものだ。先に挙げたヴィムの場合はシャディクへの指示の際に養子である彼への侮蔑を口にしてしまっていたし、その前のデリングへの激昂にしても口にしたことは常日頃彼が抱いていた不満でもある。スレッタにしても抱えた不安を誰にも話せていなかった一方で、その行動は明らかに普段と違い周囲から不思議がられていた。
 

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ニカ「スレッタとなんかあったんでしょ」
 
人間にとってもっとも一般的なコミュニケーション手段は言語であるが、私達は思いを100%そのまま言葉にすることはできない。既存の言葉に置き換える過程でパケットロスは避けられず、考えれば考えるほどそれは生硬なものになりがちだ。しかし一方で、私達は言葉にならないことそのもの・・・・で自分の思いを表現できる時がある。あまりにも美しいものや強烈な出来事に遭遇した時に人はしばしば言葉を失うが、言語化できないからといってそこに感情が存在しないわけではない。むしろ、表現できない事実がそこに動く感情の大きさを証明しているのである。
 

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スレッタ「わたし使えませんし、雑草ですし、弾除けですし、チキンオーバー食べれなくて、皆に足りないって言えなくて……」
ミオリネ「なんのこと?」

 

トイレに逃げ込んだスレッタを見つけたミオリネ*3は、立ち聞きした母との電話から彼女の悩みの詳細を知って追いかける。捕まえられて話し出すスレッタの言葉は、はっきり言ってミオリネには理解不能なものだ。自分は「使えない」「雑草」「弾除け」なんだと言われても、それらの言葉が発せられた時に居合わせなかったミオリネにはなんのことか分かるわけはない。だが、だからこそミオリネはスレッタが苦しんでいることが理解できる。普段「逃げれば一つ、進めば二つ」と口にしているくせに、今は"花嫁"たる自分から逃げようとしていると理解できる。ミオリネにはそれだけ分かれば十分で、そしてそれだけは避けなくてはならない。
 
スレッタの苦しみを取り除けるのは、美辞麗句や実際的な負担の軽減などではない。前回ミオリネは菜園管理やパイロットといった分野でのスレッタの負担を減らそうとしたが、それは彼女に自分は不要と思われていると誤解を与えてしまった。今のスレッタに必要なのは、そんな表現できるような、そんな"理解"できるようなものではない。
 

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ミオリネ「ウンザリなの、決闘もクソ親父も! だから逃げたかったのに、地球に行きたかったのに!」
スレッタ「あの、なんの話……」
 
自分みたいな人間の苦しみはミオリネには分からない。その言葉にたまらなくなったミオリネは、思わずスレッタの頭をはたいた上に拳を次々と見舞う。見舞いながら、スレッタにすら分からないような話をする。自分の花婿を決める決闘もそれを決めた父親もウンザリで地球に逃げたかったのに、スレッタと出会ってしまったからそうはいかなくなった。会社を作って面倒を背負い込んで、逃げるわけにいかなくなった。スレッタのせいで――いや、スレッタのおかげで自分は逃げなくてよくなったのだ、と。スレッタを非難するようなミオリネの口ぶりは、いつの間にか感謝へと変わっていた。
 

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ミオリネ「良かったって言ってんの! わたしが逃げなくて良くなったのは、あんたのおかげなの! だから、わたしから逃げないでよ……」
 
ミオリネの言葉はおかしい。どこに当たるか考えもしない拳をみぞおちに受けてスレッタは悶えるし、「せいで」と「おかげで」もごちゃごちゃになってしまっている。はっきりいってメチャクチャだ。だがミオリネがスレッタの意味不明な話からその苦しみを理解したように、スレッタもまたミオリネの支離滅裂な言動でこそ彼女の思いを理解できる。不格好でまるで整っていないそのメチャクチャさが、彼女が自分を必要としてくれていることを百万の言葉よりも信じさせてくれるのだ。それはスレッタとミオリネが嘘のない言葉を交わせたと感じられた瞬間であり、だからようやく二人はすれ違いを解消できるのである。
 

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スレッタ「ミオリネさん、泣いてます?」
ミオリネ「見ないで!」

 

私達にとって言葉はもっとも多用されるコミュニケーションの手段だが、それは100%の手段ではなく嘘すら混じる。全く同じ言葉ですら時と場合次第で意味するところは変わるし、それが悪用されることも珍しくない。けれどその不完全さ故に私達は、時に言葉を超える言葉を誰かに伝えられることがある。アニメを始めとした物語にしてもテーマを一言に表すことはできるが、それを理解できるのは物語を体験したため――言葉を超えた言葉としての物語に触れたため――だ。仏教には不立文字(悟りは文字や言葉だけでは得られない)という言葉があるが、私達が物語から感得するものも、今回スレッタとミオリネが交わしたのもそういう類のものなのだろう。
 

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スレッタ「信じます。わたし、花婿ですから」
 
言わなければ気持ちは伝わらない。しかし口にしたことが本心とは限らない。それでも世の中には嘘がないと思える言葉がある。言葉にならない言葉こそ、この世で嘘から一番遠い言葉なのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の11話レビューでした。スレッタが隠れるのに失敗しているアバンから何が言えるのか?と考えていったらこういうレビューになった次第です。言葉にならない言葉を物語として考えるのも、表現するのも本当にすごいことだ……こうやってレビューを書く中で考えることがたくさんありました。スレッタもミオリネも、どっちも負けないくらい口下手だ。
さて、1クール目の最終回は2週間後。続きももちろんですが、どんな締めくくりになるのかドキドキします。待ち遠しい!
 
 

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*1:ここ十数年で書き換えられた一例としては「表現の自由」などが挙げられるだろうか?

*2:デスルータ? デスルーター? 情報待ち

*3:これはおそらく、スレッタがかつてトイレに逃げた自分と同じ気分でいると想像したためだ