二つの輪――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」16話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
抜け出せない「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。16話ではミオリネが自分が輪の中にいることを突きつけられる。だが、この輪はただ一つのものではない。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第16話「罪過の輪」

オープンキャンパスでの事件によって、学園は混沌の渦中にあった。
事件の隠蔽と、地球での強引な治安活動を外部に報じられたベネリットグループは、
状況を打開すべく、総裁選を開くことを決定する。
そんな中、聴取を終えたミオリネは久々に学園へと戻る。

公式サイトあらすじより)

 

1.二つの輪

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プロスペラ「あなたスレッタを人殺しと責めていたけど、自分も同じところにいるのよ? 人殺しの輪の中に」
 
グエルの再起を描いた15話から再び主人公スレッタ達にカメラが移る「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。16話の副題は「罪過の輪」だが、これが何を示すかは明瞭だろう。スレッタの"花嫁"であるミオリネは彼女を操り人形にする母プロスペラに食ってかかるも、逆に自分の父デリングがマーキュリー母子にとって仇であり己も「人殺しの輪」の中にいることを告げられる。このやりとりに「ああ、これが『罪過の輪』なんだ」と感じた視聴者は多かったはずだ。ただその一方、この16話は暗い輪ばかりを描いてはいないことをここでは指摘したい。
 

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ペトラ「グエル先輩!……おかえりなさい」
 
例えば今回は、グエルの宇宙への帰還が描かれている。CEOであるヴィムが死んだ上に長子であるグエルも行方不明でガタガタになっていたジェターク社にようやく飛び込んだ明るいニュースであり、兄貴分として彼を慕い次弟ラウダを支えていた少女ペトラはグエルに「おかえりなさい」と労いの言葉をかけている。微笑み返すグエルはきっと、このように感じていたことだろう。「ああ、自分はようやくジェターク社の"輪"の中に帰ってきたのだ」と。
 

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チュチュ「あーしらだけじゃ何も分からなかった。だから、その……ありがと」
ミオリネ「……どういたしまして」

 

また先のミオリネはスレッタのために学生企業「株式会社ガンダム」を設立するも、当初社員との間には若干の距離があった。アスティカシア高等専門学園を統べるデリング・レンブランの娘である彼女と最下層の地球寮の面々がすぐ打ち解けるのがどだい無理な話で、特に裕福なスペーシアン(宇宙居住者)を嫌う少女チュチュは喧嘩腰になることも多かったのだが――14話のテロ事件について1人嫌疑の晴れないニカの行方を追ってくれたミオリネに対し、今回彼女は素直に感謝の言葉を述べている。その流れで他の仲間から溜まった仕事の片付けを頼まれたりもしているが、これはミオリネが地球寮の仲間の"輪"に入れた証であろう。
 
グエルやミオリネが感じた輪は明らかに幸福に満ちている。だが、それならばなぜ今回の副題は「罪過の輪」なのだろう?
 
 

2.輪の表裏

輪には幸福な輪もあるのに、なぜ罪過のみを取り上げるのか。それを考えるヒントはミオリネが帰る前、地球寮の面々が受けた嫌がらせから見て取ることができる。
 

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マルタン「ソフィ達のことは何も知らなかったんだ。だから僕らに嫌がらせするのはやめてくれ!」
 
14話で起きたテロ事件はアスティカシア高等専門学園に大きな爪痕を残しており、アーシアン(地球居住者)の組織「フォルドの夜明け」が地球寮に潜入させたソフィとノレアが実行犯だったこともあって地球寮にもスプレーでの落書きなどの嫌がらせが相次いでいた。マルタン達地球寮の面々は自分達は関係ないことを説明するが、嫌がらせをしていた生徒の仲間の一人がテロ事件で殺されたことを言われて強く返せなくなってしまう。
 

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生徒「ジュベジュは大切な奴だったんだ、なのに……ジュベジュを返せよ、人殺し!」
 
名前も設定されない彼らはただのモブ、今後の出番があるかも怪しい存在に過ぎない。けれど彼らにだって、死んだ生徒と共に築いた幸福な輪はあったのだろう。スレッタ達と同じように泣いて、笑って、怒って、喜んで――理屈の上では理不尽な逆恨みだが、憤るのはその時間がかけがえなかったからこそだ。彼らはスプレー缶を投げてマルタンを傷つけたところをミオリネに撮影され「学園も無下にできない暴行」だと脅されるが、これは彼らが"罪過の輪"の中に入ったことを端的に示している。幸福な輪は、そのまま罪過の輪にひっくり返ってしまったのだ。
 

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エラン「それがこの人体実験だって? 自分は死にたくない、けどこっちの未来はどうでもいいって言うのか」
ベルメリア「違う私は!」
エラン「違わないだろ!」

 

「罪過の輪」とだけ書けば凶悪な犯罪者や因縁ばかりが思い浮かぶかもしれないが、これは別に私達に無縁のものではない。相手を「お気持ち」と揶揄しながら自分の恨みを論理だけのようにコーティングして正当性を持たせる応酬は今やネットにあふれていて、それはテロ事件をきっかけにスペーシアンとアーシアンの対立が深まる劇中とさほど変わるものではない。また今回はペイル社の研究者ベルメリア・ウィンストンが非道な人体実験についてプロスペラや被験者エラン・ケレス(強化人士5号)から指摘され、やむを得なかったと言い訳にならない言い訳をする場面があるが、こうした言い訳を上の世代が下の世代にするのもいつの世でも見られることだろう*1。もちろんペルメリアは全くの自由意志でやったわけではないし彼女は彼女で「GUNDの理念」を叶えたい切なる願いを持ってはいたのだが、だとしても彼女も間違いなく罪過の輪の中にいる。
 
このように16話はいくつもの二つの輪で構成されており、主人公にはその因果が集中する。スレッタと再会したミオリネは、その輪の罪と禍の重さを思い知ることとなった。
 
 

3.罪深き輪

ろくに連絡も取れず久しぶりの再会となったスレッタとミオリネだが、二人の中にはしこりがあった。12話でスレッタはミオリネとその父デリングを守るためテロリストをMSガンダムエアリアルの手で叩き潰し、その生々しさにミオリネはスレッタに「人殺し」と言わずにはいられなかったからだ。
 

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ミオリネ「なんでそんな風に笑えるの? 助けてくれたのは分かってる、でも人をぺしゃって殺しちゃって……私は笑えない! 正しくっても、笑っちゃいけないよ!」
 
会えない時間の間、ミオリネはスレッタの行動について多少落ち着いて考えることができた。確かにスレッタの行動は一線を越えていたが、彼女は自分達を守ろうとしたのであってあんな言い方をすべきではなかった。ありがとうと言うべきだった、謝りたい……ミオリネはそう告げるも、スレッタがその言葉を自分の行動の――いや、母に言われた行動の――全てを肯定してくれたものと受け取る反応に改めてショックを受ける。ミオリネはあくまでスレッタの行動の評価に表裏あると認識しただけなのだが、スレッタはそれを表の部分でしか受け取らなかったからだ。表の意味では確かにスレッタの行動は正しいが、それは人を惨殺した裏の部分への罪悪感あっての話で手放しで肯定できるものではない。
 

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スレッタ「お母さんの言った通りにしたから学校に行けました。友達もできました。ミオリネさんにも会えました。だからお母さんは、いつも正しいんです」
 
スレッタは言う。母の言う通りにしたからミオリネや地球寮の皆を守れた。学校に来られて友達ができてミオリネにも会えた。だからお母さんはいつも正しいんです、と。彼女の言葉に嘘や事実の誤認は無い。母の言う通りにしたから、スレッタはそれら幸福な輪の中に入ることができている。けれどそれが間違いなく幸福な輪だからこそ、スレッタは裏側にあるもう一つの輪の中にも自分がいることを認識できない。母が言うなら人の命も奪うし、自分の夢も諦める操り人形……そういう「罪過の輪」の中にいる自分が分からない。
 

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プロスペラ「ミオリネ・レンブラン。あなたが次の総裁になりなさい」
 
スレッタを蝕む呪いの深さを痛感したミオリネはプロスペラに詰め寄るも、冒頭で触れたように自分も罪人の子であり輪から逃れられない事実を突きつけられる。"花婿"を母の復讐に巻き込ませくなければデリングの次の総裁になりなさいとプロスペラに脅されもするが、それが無理難題ではないのはヴァナディース事変でスレッタの父達を殺したデリングの才がミオリネに受け継がれているが故だ。プロスペラは前日譚「PROLOGUE」に登場した娘エリクト・サマヤ(エリー)のためにクワイエット・ゼロなる計画を進めていたが、彼女は自分達から全てを奪った罪過の輪をひっくり返して己と娘の幸福の輪を作るつもりなのだろう。
 

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世界には幸福の輪と罪過の輪、二つがあるようでそれは一つの輪の表裏に過ぎない。たやすくひっくり返るその罪深き輪からは、何人たりとも逃れられないのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の16話レビューでした。アバンのプロスペラとベルメリアのやりとりから「逃れられない輪」というのはすぐ浮かびましたが、それを「二つ」にするのにちょっと悩みました。ニカとサビーナのやりとりなんかもそうですが、誰の手も真っ白ではなくて、でもだからといって何かを追い求めてはいけないわけでもない。幸福な表だけを手に入れることができないなら、二つを得るべく進むとはどういうことなんでしょうね。セセリアの見せた意外な責任感も普段の彼女の表裏といった感じで印象的でした。シャディクの策謀や何か気持ちを固めたらしいフェルシーなど、今後も気になる展開が待っていそうです。
 

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「IF only Mr.Guel was here(グエルさんさえいてくれたら)」
 
ほんと慕われてるなあ。
 

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*1:私のような中年はもはやそれを言われる立場だと自覚しなければならないし、また若い人はいずれ自分が詰られる時を想像しておいた方がいい