人を殺さば穴二つ――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」12話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
帰れない「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。12話では「逃げたら一つ、進めば二つ」の言葉が繰り返される。今回スレッタは何に対し進み、何を手にしたのだろうか?
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第12話「逃げ出すよりも進むことを」

プラント・クエタを襲う、二機のガンダム
スレッタと分断されてしまったミオリネは、合流を目指し施設内を駆ける。
一方、スレッタはミオリネを救うため、前へと歩みを進める。

公式サイトあらすじより)

 

1.何から逃げるのか、進むのか

© 創通・サンライズMBS
1期の最終回となるこの12話では、巨大企業ベネリットグループと、その総裁デリング・レンブランの命を奪うべく依頼を受けた武装組織「フォルドの夜明け」の戦闘が行われる。施設の分離工作程度に留まった前回と違い、人間同士の銃撃戦も描かれる今回の人死にの様子はかなり直接的だ。画面上では何度も血が飛び、特に無重力下で浮き上がるラストシーンの血液はそれが単なる赤い液体ではないことを否応なく私達に理解させる。モニタを見るのが耐え難い気持ちになった人もいるのではないだろうか?
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
スレッタ「無理だよ、だって……」
プロスペラ「そうね。今起こってるのは決闘じゃない、怖いよね」

 

『PROLOGUE』にも不意に頭を撃ち抜かれて絶命する描写はあったが、人殺しは凄惨であり目を覆いたくなるものだ。主人公のスレッタにしても、自分を救うためとはいえ母プロスペラやその部下ゴドイが襲撃者を撃ち殺したことに震え、MSガンダムエアリアルに乗って襲撃者と戦うことを当初拒絶している。彼女はアスティカシア学園で最強のホルダーだったグエル・ジェタークとの戦いを始めMS同士の「決闘」で燦然たる経歴を持っているが、それは彼女がMSで人をためらいなく殺せる人間であることを意味してはいなかった。「逃げれば一つ、進めば二つ」と唱えてきたスレッタは、自分の"花嫁"であるミオリネからはぐれてしまったこの状況で人殺しから逃げるか進むかの選択を迫られていたと言える。
 

© 創通・サンライズMBS
プロスペラ「スレッタ、あなたは進める子。でしょ?」
 
デリングやスレッタ達がいるプラント・クエタで今起きているのは人殺しの応酬であり、すなわち殺し合いだ。自分の行為に動揺することなく、襲撃者を殺さなければスレッタが殺されていたと語るプロスペラの態度は全く合理的である。あなたとエアリアルなら皆を救えると励まし、スレッタが逃げずに進むことを選ぶ様子に至っては、他のアニメなら感動的なワンシーンとしても描かれてもおかしくない場面だ。しかし、人殺しというのはそんなに簡単に割り切れるものだろうか?
 
 

2.手に入る二つとは何か

© 創通・サンライズMBS
グエル「死ねない。死にたくない……!」
 
殺さなければ殺される。殺し合いのシンプルな真理とも思えるこの理屈に、本作は一つの悲劇で疑念を差し挟んでいる。元ホルダー、ベネリットグループ御三家の一つジェターク社CEOの息子グエルの身に起きた出来事がそれだ。
 

© 創通・サンライズMBS
グエル「待ってくれ! 違う、敵じゃない!」
 
強引に命令を押し付ける父への反発から家を飛び出し、偽名で勤めていた小さな会社の仕事で今回の事件に巻き込まれた(「フォルドの夜明け」に乗っ取られた船に乗り合わせていた)彼は、プラント・クエタにスレッタがいると聞いて矢も盾もたまらず襲撃者達のMSデスルターで彼女のもとへ向かおうとしてしまう。当然ながら彼は襲撃者の一員とみなされ、ジェターク社のMSディランザ・ソルの攻撃を受けることとなった。
 

© 創通・サンライズMBS
グエル「俺はあいつに、スレッタ・マーキュリーに進めていない!」
 
ブレードアンテナを壊せば終わりの決闘とは違う、自分が人を殺しかねない状況から一度は発砲をためらったグエルはしかし、死にたくない一心でディランザ・ソルのコックピットを攻撃し、的確な一撃で仕留めることに成功する。性能に劣り換装中だっため装備も乏しい機体でも勝利できる点に彼の優秀な技量が伺えるが――コックピットから聞こえてきたのはなんと、父であるヴィム・ジェタークの声であった。驚くべきことにこの機体にはヴィムが搭乗してており、彼らは互いに相手が誰か知らぬまま殺し合いをしていたのである。
 

© 創通・サンライズMBS
ヴィム「グエル……か。無事だったか。探したんだぞ……」
 
グエルがホルダーであることでベネリットグループの乗っ取りを画策するなど、ヴィムはけして良き父親ではなかった。今回の襲撃にしても元は彼が発案したものだし、MSに乗っていたのも協力者に裏切られ腹を立てた結果だ。今回死ぬのは因果応報と見ることもできるだろうし、顔も見えない状況で殺し合いとなればこのような結果になったのはやむを得ないところだろう。反撃しなければ死んでいたのはグエルの方だったはずだ。だが、だからといって「殺さなければ殺されていた」の一言でこの悲劇は片付けられない。
 

© 創通・サンライズMBS
グエル「父さん、父さん! 脱出しろ父さん! 俺が今そっちに……!」
 
殺そうとしたわけではない。殺す結果になったことにも責任はない。それでもグエルはこの先、父を殺した十字架を背負って生きねばならない。彼は確かに自分の身を守ったのだが、同時にその心は深く傷ついた。そう、人を殺したグエルは、人殺しに「進んだ」彼は、身の安全と心的外傷の「二つ」を手にしていたのだった。
 

© 創通・サンライズMBS
逃げれば一つ、進めば二つ手に入るが、手に入るのは欲するものや好ましいものとは限らない。グエルとヴィムの父子の悲劇が提示したものは、スレッタによってまた異なる無惨な形に変奏されることになる。
 
 

3.人を殺さば穴二つ

© 創通・サンライズMBS
スレッタ「行くよ、みんな!」
 
第一節で触れたように、スレッタが今回問われたのは人殺しから逃げるか進むかの選択であり、彼女が進む方を選んだのは自分とエアリアルなら皆を救えると母プロスペラに諭されたためだった。実際、彼女とエアリアルには類稀な戦闘力がある。「フォルドの夜明け」はエアリアル同様ガンダムであるルブリス・ウルにルブリス・ソーンの2機を出撃させているが、プラント・クエタで改修型となったエアリアルはそれらを同時に相手取っても引けを取らないほどであった。反撃を開始する際、「お母さんから教わらなかったんですか、そんなことしちゃ駄目です!」と語るスレッタからは、彼女が純粋な心根の持ち主であることが改めて分かる。
 

© 創通・サンライズMBS
しかし2機のルブリスとの戦闘後、ミオリネの救出に向かった際のスレッタの行動は目を疑うようなものだった。銃撃されそうになったミオリネを守ろうとした彼女は、エアリアルの右手で襲撃者を叩き潰してしまったのだ。MSにそんなことをされて無事でいられるわけもなく、襲撃者はちぎれた左腕を残して人の形を失ってしまった。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネは呆然とするが、スレッタは自分の行為はおろかその血の上で転んでも気にも留めず、血だらけの手を彼女に差し伸べる。当然だろう、今のスレッタにとって、これは単なる赤い液体・・・・・・・に過ぎないからだ。自分を守るためとはいえ母が人を殺したことや、飛び散る血や動かなくなった人間に怯えていた、ほんの少し前の彼女はもうそこにはいなかった。
 

© 創通・サンライズMBS
スレッタ「助けに来たよ、ミオリネさん!」
 
スレッタは別に、二重人格者だったとか絶望のあまり価値観が一変したわけではない。襲撃者を叩き潰したのも血だらけの手を差し伸べたのも全てはミオリネや仲間達を守るためで、その点では何も変わっていない。彼女はただ人殺しに対して「進んだ」に過ぎず、しかしそれ故にかつてとは別人のようになってしまった。襲撃者を蚊でもはたくように潰したあの瞬間、スレッタは相手の生命と同時に自分の心までも殺してしまったのだ。人殺しに「進んだ」スレッタが得た「二つ」とはすなわち、相手の生命と自分の心の二つの殺害であった。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「なんで、笑ってるの?」
スレッタ「え?」

 

逃げずに進んだ結果、スレッタは純粋さを保ちつつもこれまでとは変わってしまった。全くの別物に入れ替わったのではなく、変質してしまった。それは本作が1話で提示したテーマにも言えることだ。
 
 
私は本作の1話を、「情けは人の為ならず」の話として解釈している。スレッタもミオリネも、誰かのためにという思いによって自身も進むことができているからだ。自分だけなら身一つで逃げられるが、誰かと自分の二つを救いたければ進まなければならないのだ……とあの話は示していた。ならば人に情けをかける行為である人助け同様に、人に情けを捨てる行為である人殺しもまた自分の心に返ってくることになる。誰かを殺すことは、自分も殺すことに他ならない。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「人殺し……!」
 
古来、人は誰かを呪い殺す時は相手だけでなく呪い返される自分の分の墓穴も掘ったと聞く。今回人を殺したスレッタが陥ったものもそれだ。「情けは人のためならず」で始まった物語はかくて、「人を殺さば穴二つ」でひとまずの幕を下ろすのである。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の1期最終回レビューでした。血まみれスレッタのショックに何が言える話か見当もつかなかったのですが、視聴を繰り返す内にミオリネの「人殺し」という言葉から引っ掛かりを得て書くことができました。「人を呪わば穴二つ」の穴の意味は今回まで知らなかったので、思いつきから思わぬ勉強にもなり。
 
さて、SNSでの盛り上がりを強く意識した本作、一貫して「上手い」作品だったなと思います。一方で、上手さを感じている間って案外感動のハードルが上がってるものでもあって。むしろ今後展開に綻びが見えた時、綻んでいてでも伝えたいものが感じられた時、一気にそういう感情が押し寄せるんじゃないかなと期待しています。この最終回は納品がかなりギリギリだったらしい事情も覗き(新型コロナウイルス感染拡大による、一部サービスでの第12話配信遅延について)製作状況は大変なものと想像しますが、遅れてもいいので続きを楽しみに待ちたい。スタッフの皆様、ひとまずお疲れ様でした。
 
 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>