岩永琴⼦を騙れ――「虚構推理 Season2」13話レビュー&感想

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
偽りに安寧を見る「虚構推理 Season2」。始まりの13話では世界観と登場人物の再説明がなされる。この再説明でもっとも重要だったのは、いったいなんだろう?
 
 

虚構推理 Season2 第13話「その神の名は」

とあるマンションの地縛霊から「謎の怪異」の相談を受ける琴子。夜な夜なマンションの空き部屋から怪音が聞こえ、そこには四本腕の人非ざる姿の人形が落ちているという。正体を突き止めるため、九郎と一緒に調査へ向かうことにする琴子だが…怪異たちの秩序を守るため、知恵の神・琴子の推理が始まる!
 

1.岩永琴子の虚構

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城平京の小説を原作に片瀬茶柴がコミカライズ、2020年にはアニメも放映された「虚構推理」。好評を受け2023年1月からアニメ2期が放送となったわけだが、この13話は主人公・岩永琴子やそのパートナーである桜坂九郎の人となりや作品の方向性を示すアニメオリジナルエピソードとなっている。妖怪の類が登場したり真相ではなく皆を納得させる虚構の構築に重きを置く本作は一般的なミステリーとは趣が異なるし、1期から時間も経っているのだから説明回を最初に描くのは理に適っていると言えるだろう。私などは九郎の能力を半分失念してしまっていたので大いに助かった。そこで今回のレビューでは、13話がどういう説明回なのか・・・・・・・・・・を書いてみたいと思う。
 

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妖怪「そういえばこの前、おひいさまのお知恵のほどをこの目で見てきたぞ」
化け物「なんと、あのおひいさまをか! それは羨ましい」

 

この13話では、琴子に相談を持ち込む3人(?)の怪異が登場する。近代の人間だったと思われる幽霊、灯籠頭にスーツを着た妖怪、ウーパールーパーをほうふつとさせる化け物……上田燿司を始めとしたキャスト陣の演技やデザインの愛嬌もあって、恐ろしさよりむしろ善良さを感じさせる者達だ。そして彼らはババ抜きに興じながら、幽霊の遭遇している悩みごとの前に琴子についての雑談を行っている。一眼一足を捧げて怪異と人間の揉め事を調停する知恵の神の役割を担い、怪異からは「おひいさま」と崇められる彼女に興味津々になるのは無理もない。
 

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妖怪「一方で苛烈でもあられるのよ。おひいさまを欺こうとした奴は瞬時にその心根を見抜かれ、痛い目に合わされる。その容赦ないお手際には感心するしかないぞ」
 
可憐な容姿と他人の嘘を容易に見抜く知性、害意を持つ者には容赦しない苛烈さと単に敵を打ち倒すのではなく事態を丸く収めるための方便も使いこなす美しくも恐ろしい存在。怪異達の話からはそういった岩永琴子像が浮かび上がる。だが、これは彼女の全てを語ってはいない。
 

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琴子「いったい何をすればそんなひどい噂が!」
九郎「お前だお前!」

 

琴子は確かに怪異の語るような性質を持った少女だが、恋人にして揉め事解決のパートナーである九郎の前ではそうしたイメージからはかけ離れた行動を見せる。九郎には(表面上)そっけなくされながらも彼とイチャつくことに積極的で強引で、下ネタですら平然と口にする彼女のありように「おひいさま」と崇められる時の面影はない。先程の怪異達が琴子のこんな姿を見れば目を丸くすることだろう。もちろん彼女は意図してこの両面を使い分けている。知恵の神として怪異の前に姿を現す時の琴子は、全くの嘘ではないが多分にでっちあげでもあるのだ。
 

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妖怪「おお、その小賢しい管理人にちゃんと罰をお与えになったのですな」
化け物「お見事ですおひいさま!」
幽霊「さすが苛烈!」

 

取り憑いているマンションで夜な夜な奇妙な物音がし、どうやら怪異の類のようだが話ができる相手とも思えず空恐ろしい。幽霊の悩む怪奇現象という珍妙な相談を受けた琴子は、先に怪異達が噂した通りの活躍で揉め事を解決に導く。マンションの管理人が音のする空き部屋で見つけた奇怪な人形は彼の捏造であり、狙いは特定外来種と思しき自身のペットが逃げたのを隠すためだったと見抜く知性。小狡い管理人には真相を黙っておく代わりに九郎を格安の家賃で住まわせる罰を与える苛烈さ。そして怪異達は知る由もなかったが、実はこれらは全て嘘で厄介な人形を秘密裏に処理するための方便であったこと。風貌の愛らしさは今更言うまでもなく、怪異達はおひいさまは自分達が想像した通りの(あるいはそれ以上の)人物だったと得心したことだろう。
 

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琴子「では、一件落着で!」
 
今回の事件、琴子が怪異達に示した「虚構」は一つではない。彼女は事件に怪異は関わっていなかったいなかったという"真相"と、自分は確かに知恵の神なのだという"実像"の二つの虚構によって彼らの心を安らかにしたのだと言える。
 
 

2.岩永琴⼦を騙れ

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琴子は二つの虚構によって怪異達に真相や実像の説明を行った。しかし説明というなら彼女には、いや本作にはそれ以上に説明し説得しなければならない相手がいる。誰あろう、モニタ越しにこの物語を見る私達視聴者だ。前半だけを見ても分かるように、本作は一般的なミステリーとは趣向を異にしている。普通は推理小説に幽霊や妖怪は出て来ないし、そのゴールは真相の究明に設定されるもの。怪異が当たり前に存在し、事実よりも虚構が求められる物語とはどんなものかというのは簡単には想像できない。だから説明する必要がある*1
 

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九郎「幽霊達に真実を隠す必要があったのか? あの説明はほとんど嘘だろう」
(中略)
琴子「一つ間違えばその人形に縊り殺されていたかもしれないなんて、あの者達をことさら怯えさせる必要もないでしょう」

 

この13話、琴子は様々なことを説明する。自分の提示した"真相"に対する怪異達の疑問に答え、それが嘘だと知る九郎になぜ事実を隠したのかや部屋にあった人形が魔除けであったこと、それがなぜ部屋に持ち込まれたのかやなぜ角の生えた四ツ腕の力士の姿をしているのかを語る。いささかくどく思える人もいるだろうが、これは質問者に対して以上に、私達視聴者の心に虚構を根付かせるために必要な説明だ。物わかりよく怪異達が納得するだけではむしろ私達が"真相"に些細な疑問を抱いてしまうし、現実には怪異の類は存在しない以上魔除けの人形がどう厄介なのかもそのままでは分からない。そして後半で説明されているのは、桜坂九郎がなぜ琴子のパートナーたり得ているのかだ。
 

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怪異達が最初に語ったように、琴子の恋人である九郎はただの人間ではない。人魚の肉を食べたためにその体は不死身になっており、琴子が隔離した魔除けの人形から現れた力士姿の念体(夜になると出現し、機械的に怪異を退治する)に手足をへし折られたり顔を潰されてもすぐ復活してみせる。だが不死身というのはそれだけだ。彼には力士に真っ向から張り合えるような筋力もなければ、一振りで魔を祓う強力な武器を持っているわけでもない。その強さには決定力がない、ように見える。
 

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妖怪「まさに!」
化け物・幽霊「なんという怪物だ!」

 

だが、戦いに合わせて怪異達が九郎のもう一つの力を語ることで私達は彼の恐ろしさを知ることになる。人魚に加えて妖怪「くだん」の肉を食べた彼は、敵に殺され人魚の肉の力で蘇る度にくだんの予知能力――いや、未来を決定する力を操ることができるのだ。「何度殺したとしても、きっちりやり返す未来を決定して生き返ってくる」というのは、敵としては確かに厄介極まりない能力であろう。
 

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琴子「先輩完璧です! たーーっ!」
 
もちろんこの未来決定力は好き放題できるのではなくある程度の可能性を元々備えている必要性があるが、彼にはその可能性を上げる知略を持つパートナーである琴子がいる。腕力ではどうやっても劣る九郎にとって琴子のステッキが力士の念体の首をはねる武器となるのはこの象徴であり、彼が手にするのはステッキ以上に琴子が引き上げた未来の可能性なのである(このあたり、アニメ1期で二人がどう戦ったのかを思い出させる描写ともなっている)。この結果をもって私達は、九郎が琴子の最上のパートナーであるという説明に納得することができるのだ。
 

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かくて事件は密やかに解決し、琴子と九郎は大学生としての日常への帰途につく。そしてそんな二人を見送るのは、彼女によって平穏に日々を過ごすことのできる怪異達の感謝の眼差しだ。なぜわざわざ人と怪異の揉め事に関わるのか。なぜ頭の痛くなるような虚構を駆使してまで両者の間の秩序を守ろうとするのか。琴子がそうする理由など、温かに描かれるこの空間を見れば一目瞭然であろう。語らずとも、説明はなされている。
 

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琴子「私の名は岩永琴子。妖怪、幽霊、怪異、魔……そう呼ばれる者達とこの世の秩序を守る知恵の神」
 
己は何者であるかを語る、琴子のこの言葉をもって1話は終わる。嘘や演技をひっくるめて彼女が「岩永琴子」であること、そして本作がどのような作品であるかの説明は、確かにこの30分で筆舌が尽くされている。モニタ越しにしか見えないとしても、この少女に血も肉も確かに存在しているのだと私達はフィクションを信じることができる。そう、様々なものを説明したこの13話は詰まるところ、岩永琴子の存在を私達に納得させるためにあった。
 
岩永琴子は現実には存在しない。しかしその虚構がもたらす秩序と安寧には、私達を心安らかに騙す力がある。虚構の存在に過ぎないはずの彼女を現実の人間のように語ること、いや"騙る"ことこそ、この13話が果たした最大の説明だったのだ。
 
 

感想

というわけで虚構推理のアニメ2期13話レビューでした。1期から3年、あっという間ですね。初回からがっつり頭の体操をさせてもらいました、今後も書くのが大変そうだ……
 
「虚構」の比重がどんどん大きくなっていく現代、本作から考えられることは非常に多いと思います。次回から描かれる連作エピソード、いったいどんなものが見えてくるんでしょうね。楽しみです。
 
 

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*1:後半車で移動するのは、本当の目的地へ向かうことを示唆するメタファーだ