スリーピング・マーダーは二人――「虚構推理 Season2」23話レビュー&感想

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
人ならざるを見る「虚構推理 Season2」。23話では事件の真実が明らかになる。だが、本章が明らかにしたのは事件の真相ではない。
 
 

虚構推理 Season2 第23話「スリーピング・マーダー」

莉音が出した回答を音無剛一は是とした。しかし、その回答を翻し「澄の死は自殺ではなく真犯人がいる」と言い切る琴子!彼女はまだ明かしていない妖狐から聞き出した「ある重大な事実」を握っていた。一体真犯人は誰なのか!?
 

1.トリックの種明かしは

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琴子「では犯人は……」
妖狐・吹雪「あの男の長女、薫子という女でございます」

 

全4話と2期では最長となった「スリーピング・マーダー」編。23年前妖狐に妻の殺害を依頼した自分の罪を合理的な虚構で家族に明らかにしてほしい、という音無剛一の依頼から始まった事件で、主人公たる琴子は思いもよらぬ真相を明らかにする。実は妖狐は剛一の妻である澄を殺害しておらず、真犯人はなんと剛一の長女薫子であったのだ。妖狐による殺害はこれまで既定の事実として扱われてきたから、多くの視聴者は今回の話に驚いたことだろう。
 

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琴子「真犯人は薫子さんです。薫子さんに犯行は不可能とされていましたが、昨日話した通り骨折した時間を誤認させる工作で可能になります。あれを本当に行って成功させており、澄さんを殺害したのです」
 
明らかになっている真実と思われたことをひっくり返す、今回の展開はまさにどんでん返しであり刺激に満ちている。ただ一方で、これはミステリーの定石に則ってはいない。なぜか? それは殺人事件の真相に、トリックの種明かしの快感がないためだ。薫子がかつて警察の嫌疑を逃れたのは当日転倒して足を骨折したアリバイがあったためだが、見せかけの転倒後に自分で骨を折れば偽装できることは以前の話で既に琴子が指摘している。薫子の夫である耕也が「転倒で本当に骨折してしまったため計画が頓挫した」と咄嗟に釈明していたのは今になってみれば確かに見事だが、全体としては些末なごまかしに過ぎない。
 

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莉音(彼女は最初から狙っていた。私を偽の解決に導いたのも耕也おじさんを追い詰めるため……)
 
この23話、私達が真に驚かされているのは琴子の計画の途方もなさだ。彼女は初期から剛一の依頼の問題点(特異な手段に頼った成功体験を戒めたいと言いつつ、琴子という特異な存在に頼っている)を指摘しそのまま言うことを聞くわけではない素振りを見せてはいたが、こんな展開を想像していた人はいないだろう。彼女は言葉巧みに剛一の子供達の23年前の澄殺害計画を告白させたかと思えばそれを切って捨て、長男亮馬の娘・莉音が自分の誘導に気付いて導き出した事件の真相(合理的な虚構)をもひっくり返した。更にはそこでぶち撒けた真相すらゴールではなく、琴子はこれらで疲弊や動揺を誘って耕也から決定的な証言(「薫子は息が止まっているのをちゃんと確認したと言った!」)を引き出している。なぜまどろっこしいことをするのか?とすら思えたこれまでの3話は全てが布石だったのであり、それはすなわちトリックの種明かしと同じ効果を持っている。今回私達は事件の真相ではなく、琴子の真意に驚かされているのだと言える。……では、これを暴いたのはいったい誰だろう? それを考えるには、事件の後の剛一の打ち明け話が重要になってくる。
 
 

2.スリーピング・マーダーは二人

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真相が明かされた2週間後、剛一から再び呼ばれた琴子は見る影もなく衰えた彼と再会する。既に蝕まれていた悪性の腫瘍に加え、自分の罪を明らかにするつもりが長女の罪を暴いてしまったこと、それが自分が琴子を招いた結果という精神的ショックにすっかり打ちのめされてしまったのだ。とはいえ善良な人間には違いない彼は琴子に恨み言を述べたりはせず、そこで一つの真相を打ち明ける。自分が琴子に頼ろうとしたのは、彼女の恋人である九郎のいとこ・桜川六花に勧められたためだったというのだ。
 

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剛一「彼女は本物だった。美しくも私には明らかに人とは違うものに見えたよ」
 
人魚と妖怪「くだん」の肉を食べさせられて九郎同様に不死と未来予知の力を手にした六花は、元の人間に戻るため謀を巡らし琴子と敵対する厄介な存在である。しかし剛一は自分の罪の仔細までは語っておらず、いくら六花でも今回の結末を予想できたとは思えない。六花の行動を訝しむ琴子に、九郎は二つの推測を提示する。
 

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九郎「理由は二つばかり考えられるな」
 
一つ目の推測は、六花がまた何か影で企んでいること。剛一の事件はそれにかかりきりの琴子に計画を気付かせないための目眩ましだったのではないか。
 
二つ目の推測は、怪異にまつわる事件を琴子がどう決着させるか九郎に見せるのが六花の目的だったというもの。人間も関わるこの事件では、琴子の特徴が色濃く出ると彼女は考えたのではないか。
 

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今回の事件は、確かに岩永琴子という怪異達の知恵の神のなんたるかを見せつけるかのような事件だった。彼女の力をもってすれば、集まった人間が皆笑顔の結末を迎えさせることも可能だったろう。実際、莉音が導いた答えを剛一が是とした時の音無家の人間は和気あいあいとしたものになっていたのだ。にも関わらず、琴子は真相を明かすことで虚構の平和を打ち砕いてしまった。怪異に殺人を依頼して秩序に反した剛一の罪を、彼女は見逃すことはなかった。
 

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琴子「私はただ、音無会長が頼るべきでない力に頼られたと示したかっただけですので」
 
琴子は言う。自分はただ、剛一が頼るべきでないものに頼ったことを示したかっただけだと。「頼るべきでないもの」――今回の琴子を示すのにこれほど適した表現はないだろう。既に示した知謀の深遠さはもちろんのこと、彼女は剛一の依頼を非常に残酷な形で叶えている。剛一は自分が頼るべきでないものに頼ったと自覚しつつもその全てに気付いていない倒錯した状態にあり、今回の結末は願い通りではあっても望み通りではなかった。琴子は剛一の依頼をねじ曲げて解釈したわけではないが、損得だけで見れば彼は悪魔に頼み事をしてしまったようなものだ。
 

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耕也「第一2人は、真実を明らかにする必要もなかった。それをわざわざやったのだから何か狙いがあるのでしょう。いや、最初からこの2人はおかしい!」
 
また、真相が明かされた際には耕也が九郎を銃撃するという騒動があったが、これも音無家の人間からすれば「頼るべきでないもの」としての琴子達を強く印象付けられる出来事だ。去ろうとする琴子と九郎に拳銃を突きつける耕也の行動は軽はずみだが、その言動には一定の理がある。平和的な空気を台無しにして事件の真相を明らかにしても二人には何の利益もなく、むしろ当初買いたくないと言っていた恨みを抱かせる公算の方がずっと高い。にも関わらずそんなことをするなら、今後更に厄介な何かを企んでいるのが普通の人間というものだろう。二人を見慣れているから私達がそう思わないだけで、耕也の懸念は常識的である。
 

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琴子「私は正しいですよ。あなたはまだまだ戻れますし」
 
人並み外れた知謀の持ち主であっても、琴子は別に超人的な身体能力を持っているわけではない。銃口を向けられ、ましてや眼前に突きつけられれば狼狽するものだ。しかし琴子はむしろ耕也を挑発するような物言いをするし、彼女を庇った九郎はなんと眉間を撃ち抜かれても蘇ってきた上にそれを気にした風ですら無い。二人の態度はおよそ、まともな人間のするものではない。混乱する耕也への九郎の「銃弾の峰打ち」などという返しはギャグとして成立するほど荒唐無稽だが、そんな相手を普通の尺度に当てはめようとする人間はもういないだろう。そう、これらの行動はデモンストレーションとしての効果を持っている。琴子と九郎は自分達が「頼るべきでないもの」であって耕也の懸念とは無縁の存在だと実証したのだ。故に彼女はそこに続けて、自分達は夢の住人のようなものであり、現世の法や決まりに因われずまた興味もないと語ってみせるのである。これは一面、剛一の依頼である戒めのダメ押しでもある。
 

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琴子「いやいや、そんな私を冷酷非道な機械みたいに!」
 
「頼るべきでないもの」に頼れば酷いしっぺ返しに会う――とは限らない。そんな帳尻合わせが虚構に過ぎないのは、家族を皆喪った結果資産を手にした老女が事件解決に寄与しなかった「電撃のピノッキオ」で示されている。だがその虚構無くして秩序は保たれないから、そのために琴子は時に冷酷な仕打ちを行う。どんな被害が出ようと、だ。彼女の苛烈さを指摘する九郎に琴子は怒ってみせるが、今それを素直に笑える人はそうはいまい。
この本性を目に見える形にしたのは誰か? そう、剛一が琴子に依頼するよう仕向けた六花だ。彼女が仕向けたから、それは暴かれた。
 

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六花「ねえ九郎、あなたは琴子さんの恐ろしさにまだ気付かないの?」
 
剛一の部屋を訪ねた帰り、降る雨が止むのを待つ琴子は九郎にもたれかかって寝息を立てる。微笑ましくも見える姿だが、秩序を守る知恵の神である彼女はそのためなら伴う被害を意に介さない。もともと悪性の腫瘍を患っていたとはいえ今回のショックで剛一の寿命は確実に縮んだであろうし、23年前の殺人を知られた薫子は自殺未遂も起こしている。耕也の発見が早く命こそ失わなかったが、死んでいてもおかしくないし今後もその危険は否定できないだろう。そして彼女は、この命に関わる結果を十分予期していたはずだ。自分が他人の命を間接的にとはいえ奪うことを知っていたはずだ。
 
事件を振り返って、莉音は琴子が眠っていた殺人事件を目覚めさせたという。だが章題である「スリーピング・マーダー(眠れる殺人者)」とは澄を殺した薫子ではあるまい。命を奪った小さな殺人者は、今恋人の傍らで眠っている。
 

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可憐にして苛烈、怪異達から慕われるこの愛らしい"おひいさま"は、秩序を守るためなら全てを殺せる心を眠らせている。六花は、本章は、岩永琴子こそ「スリーピング・マーダー」であると暴いてみせたのだ。
 
 

感想

というわけで虚構推理のアニメ2期11話レビューでした。描写の配置からすれば事件のてん末よりは琴子を主題としてまとめた方が適切だろうな……と考えながらレビューに取りかかってみると、それなりスルスルと書けました。琴子の行動を是とするか非とするかは、ここではまだ示してないのでしょうね。良い意味でスッキリしない章だったと思います。
さて、琴子と九郎のアニメ2期での活躍を見られるのも次回で最後。どういう締めくくりになるんでしょうか。
 

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