知恵の神は怪異を殺す――「虚構推理 Season2」17話レビュー&感想

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
逃亡者を追う「虚構推理 Season2」。17話では九郎の従姉妹・桜川六花が再登場する。彼女が逃げているのは、岩永琴子からであって岩永琴子からではない。
 
 

虚構推理 Season2 第17話「六花ふたたび」

琴子と九郎から隠れ、一人アパートに移り住んでいた六花。鞄ひとつで入居してきて保証人もいない六花は、三人立て続けに自殺者が出た事故物件を借りていた。大家の紺野和幸は、車にはねられてもケガをせず、事故物件にも動じない六花を不思議に思い、引越しの経緯や自殺者についての質問をするのだが……
 

1.怪奇現象とは何か

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六花「琴子さん、あなたの怖いものって何?」
 
今回は主人公である岩永琴子達のライバルとも言える女性・桜川六花が登場する回だ。琴子の恋人・桜川九郎の従姉妹である彼女は彼同様に不死と未来決定の力を持つ自分の体を元の人間に戻すべく策謀を働かせており、以前はそれによって鋼人七瀬事件を引き起こし琴子と対立することとなった。そこで敗れて以来六花は逃亡者同様の生活を続けており、今回は彼女が一時避難的に借りた物件が舞台となっているわけだが――面白いのは六花が色々な意味で浮き世離れしている点だろう。
 

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和幸「あの……怪我は?」
六花「特に……」

 

1期でも描かれていたが、六花は公衆浴場の類に居住しようとしたことすらある世間から少しズレた人間だ。加えて先述したように不死と未来決定能力を持っているから、彼女の周囲には自然奇妙な出来事が頻発することになる。子供をかばってトラックに跳ね飛ばされても怪我一つなかったり、2万円の馬券が230万円の万馬券に化けたり……六花の借りたアパートの管理を叔父から任されている青年・紺野和幸とその恋人・沖丸美はこうした光景に目を疑うばかり。漫画やアニメを見ているのではと思うほどの事態だが(いや、実際本作はフィクションであるのだが)、六花は肉体を持った人間であるからこれは見間違いではない。
 
 

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和幸と丸美はきっと、六花のことを今後も奇妙な感慨と共に思い返すだろう。一緒に酒を飲み餃子や焼きそばを食べたりもした経験は実感として残っているが、しかしほんのわずかに居住しただけで去っていったその存在は夢のようでもある。いずれは今回の出来事が本当にあったのか疑わしい気持ちにすらなるかもしれない。「嘘みたいな本当の話」「本当にあったけど嘘みたいな話」……まるで怪奇現象だ。六花が借りた305号室は3人連続で居住者が自ら命を絶った事故物件であったが、怪奇現象の噂される部屋というのは賃借条件以上に運命的な相性の良さがあったと言えるかもしれない。
 

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琴子「……嫌われてませんよ」
 
怪奇現象とは何か? それは「本当か嘘か分からない」ことだ。目にしたものが本当に本物であればそれは単なる現象だし、見間違いならただの勘違いになってしまう。真実と虚構のいずれに振り切っても怪しさ・奇妙さを失うのが怪奇現象であり、そして本作には怪奇現象の天敵とも言える存在がいる。六花を追う、怪異達の"知恵の神"こと岩永琴子その人である。
 
 

2.知恵の神は怪異を殺す

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琴子「全国の妖怪や妖にあの人を見かけたら知らせるように通達を出していますが、発見できても報告がすぐ届くとは限りませんし……」
 
岩永琴子は怪奇現象の天敵である。なぜか? それは彼女が怪異達の"知恵の神"であるためだ。琴子は幼い日、妖怪や幽霊に請われ彼らの揉め事を調停する存在となることを契約した。怪異が実在することを知ったわけだが、これは言い換えれば怪異を怪異と感じなくなったということでもある。琴子にとって彼らは訳の分からない恐怖の対象ではなく、事件や六花の目撃情報を提供してくれる現実の存在に過ぎない。真実に振り切っているのであり、そこに虚構の入る余地はない。幽霊・妖怪も人間も琴子にとってみれば同じであり、いずれの行為も怪奇現象では――虚実定かならぬものでは――ないのだ。
 

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琴子「だいたい六花さんが暮らす部屋に霊が憑いているわけないでしょう。先輩と同じ体質なんですから、怪異達からすれば恐ろしいわ臭いわで」
 
もちろん、世の中は幽霊や妖怪の実在だけで全てが分かるわけではない。夜な夜な出現する鋼人やマンションの怪音といったこれまで琴子が相談された悩みは彼らにとっても"怪奇現象"と言えるものだ。だが、知恵の神である琴子にはそれらもやはり怪奇現象ではない。虚実の乱麻を断つ快刀を振るうのが知恵の神=探偵の仕事である以上、彼女の前ではあらゆる怪奇現象は存在し得ないと言える。
 

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琴子「その男性は、確認しないではいられなかったからですよ」
 
居場所を掴まれたと察知して姿をくらました六花を追ってアパートを訪れた琴子は、305号室で連続した自殺の真相を解き明かしそれが事故物件でもなんでもないことを証明する。つまりここでも怪奇現象を滅したわけだが、怖いのはこの真相が琴子のでっちあげ……虚構であることだ。怪奇現象を滅するには必ずしも真実を把握させる必要はなく、真実か虚構だと思わせれば・・・・・事足りる。実際、これまでの話でも彼女は相手を思いやって真実を全て話したりはしない場合が多かった。劇中で琴子は「たちが悪い」と評されたりするが、虚実定かならぬものにただ真実のみで事に当たらず、虚構を織り交ぜる点もたちの悪さの一つに数えることができるだろう。
 

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琴子「勘がいいのか、そういう未来を上手く決定したのか。一足早く逃げられましたね」
 
知恵の神にとって怪奇現象は存在しない。彼女の前ではあらゆる不可思議は存在せず調和する。だが全てが理解できる世界などというのはやり飽きたゲームにも等しく、そこにはもはや面白みがない。世の中には分からないもの、虚実定かならぬもの、すなわち混沌なればこその価値というものがある。知恵の神ですら分からないものがあれば、それは妖怪や幽霊よりよっぽどの化け物――本物の怪異だと言えるだろう。そう、琴子にとって最大最後の怪異とはすなわち、人魚と「くだん」の肉を食べて化け物以上の化け物となった九郎と六花の二人である。実際、巧みに逃げ回る六花の行方だけは琴子にも掴めていない。タイムラグはあるが人間よりも遥かに手広く探せる妖怪達の捜査網にも引っかからないその存在は、琴子にとっても怪奇現象と呼べるものだ。
 

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和幸「従兄弟さんは岩永さんと一緒でも、不幸になりそうには見えなかったけど……」
丸美「どうかな。今は良く見えても、先に何があるか分からないから」

 

人は理解できるものだけでなく、理解できないものにも惹かれる。琴子は今のところは九郎と上手くやれているし、そこでは秘密という虚実定かならぬものを使いこなしたりもする。だが知恵の神である彼女はいつか、九郎や六花の虚実すら定かにしてしまうかもしれない。彼らを怪異ではなくしてしまうかもしれない。その時琴子や九郎に待っているのはおそらく、調和という名の絶望だ。けれど六花がその魔の手に捕まらなければ、怪異は存在し続けることができる。世界には「分からない」という余地が残される。二人が対立する真の原因は、こうした怪異や怪奇現象の生存を巡る争いにこそあった。
 
 

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岩永琴子は怪異達の調和を保つ知恵の神であるが故に、概念としての怪異を殺す魔神である。六花の逃亡はすなわち、調和から混沌を逃がすためのレジスタンスなのだ。
 
 

感想

というわけで虚構推理のアニメ2期5話レビューでした。鋼人七瀬事件と異なり六花を敵役として描かないこの回をどうやって解釈したものか悩みましたが、琴子が六花や九郎には怖いものをはぐらかしたり、恋人としての将来に疑念を抱かれる場面などから想像を広げていくとこんな感じになりました。押井守による「ルパン三世 PART6」屈指の問題回である10話を見ていたおかげで書けた部分もありますね。テーマと重なる部分はありますが披露された推理自体は完全に添え物なわけで、贅沢だし高次的な作品だなあ……
 
 

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ところで六花さんが室内で靴履いてるのですが、漫画の方を確認したら素足だったので世間ズレの表現ではなさそう……?
 
 

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