真理への下山ルート――「虚構推理 Season2」16話レビュー&感想

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
蜜月を段取りする「虚構推理 Season2」。16話では室井の冤罪事件の真実が語られる。だが、真実だけでは目的地へたどり着けない。
 
 

虚構推理 Season2 第16話「雪女の純真」

真実と虚構を織り交ぜながら事件の核心に迫っていく琴子は、真犯人は分かっていると断言する!さらに、昌幸はすでに殺人の疑いによる危機的状況も脱しており、ダイイングメッセージは真犯人が昌幸を犯人に仕立てるために書いたものだと。明らかになっていく残酷な真相に昌幸は耐えられるのか……。
 

1.詐欺師の手口

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
九郎「それで、飯塚渚という真犯人の動機はなんだったんだ? 調べてあるんだろう」
 
「雪女のジレンマ」編完結となるこの16話、人ながら怪異達の知恵の神を務める主人公・琴子は今回の事件の真相を語って見せる。相談者である雪女が懸想する室井の元妻殺人容疑は既にほぼ晴れていること、真犯人が誰であるか等。ただ後に明らかになるように、これは本当の意味で真相ではない。琴子は真犯人の飯塚渚がなぜ元上司の室井を罠にかけるようなことをしたかについてまで把握していたものの、室井の前ではそこまでは分からないと白を切ったのだ。「飯塚は室井を尊敬するだけでなく愛しており、窮地に陥った彼に寄り添うことでその心を手に入れようと画策していた」という真相が、学生時代から人に裏切られ続けた室井の人間不信に追い打ちをかけることになると懸念したためだが、有り体に言えば琴子は真相を語るふりをして虚構を語った・・・・・・・・・・・・・・・・のである。だが室井は彼女が嘘をついているとは思わなかったし、我々視聴者の多くにしても琴子の発言をそう深くは考えなかったのではないだろうか。
真相を語ると言いつつ平然と嘘をつく。なぜ岩永琴子の虚構はこうも巧みなのか? 一言で言えばそれは、彼女が嘘をつく時には真実も語っているためだろう。
 

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
室井「……そんな方法アリなのか?」
琴子「その方が手っ取り早いでしょう」

 

披露した推理が雪女の本心(室井への恋情)を引き出すためのでっちあげだと前回明かしたのを皮切りに、琴子は様々な真実を打ち明けている。室井が真犯人で雪女を利用しようと企んでいるなら彼女と肉体関係を持っているはずだという身もふたもない反証を挙げた点や、警察の捜査事情や真犯人が誰かは推理ではなく幽霊の盗み聞きや目撃情報によって調べたと臆面もなく言ってのける様などがそうだ。こうした琴子の様子は室井が指摘するように品性に欠けており、見ている側としては呆れてしまうわけだが――同時にその時、室井や私達はつい心の鎧を脱いでしまう。「ああ、この人は今は本当のことだけを言っているな」と感じ、油断してしまう。相手の底を見たつもりでその実、常なら眉にツバをつけて受け止めるような嘘も受け入れてしまう心理状態に誘導されているのである。
 

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
室井「この真相に俺が耐えられるよう、あの嘘の推理を最初に語ってみせたのか。あれがなければ俺はいっそう世の中を信じられなくなってしまうかもしれないと」
 
相手が本当のことを言っていると信じた時ほど、嘘が通じやすい状況はない。知恵の神である琴子が真犯人の動機まで掴んでいないわけはないのだが、洞察と思っていたものが反則的な手段で調べたことであったと明かされれば動機までは分からないのも道理と思ってしまうし、前回でっちあげた推理は室井が真相を受け止められるようクッションを作るためだったと自分から納得したりすらする。はっきり言えばこれは詐欺師の手口だ。彼らは動かぬ証拠と思えるような真実を一欠片見せて、後は相手が勝手に自分を信じるよう仕向けていく。琴子の語り口は「詐欺師は嘘をつくために真実を言う』といった注意喚起の分かりやすい例に挙げることができるだろう。だが、本作は別に嘘に騙されないためのリテラシー入門というわけではない。考えてみたいのは、「嘘をつくための真実」には逆もあるのではないかということだ。
 
 

2.真理への下山ルート

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
九郎「お茶を落としてしまってつい……あの、ええと、こんばんは」
雪女「ひぃぃーーっ」

 

詐欺師は嘘をつくために真実を言う。その逆とは何か? これを考えるヒントは、例外的に琴子が明かすつもりのなかった真相にある。そう、彼女の恋人にして人魚と"くだん"の肉を食べた青年・桜川九郎の登場である。
 

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
琴子「今回は雪女が室井さんをかばうのが必須でした。妖怪はただでさえ私に逆らいづらいのに、先輩までいたらあの雪女は萎縮して声すら出せなくなりそうです」
 
琴子は当初、九郎は一緒に来るようにとの誘いを断って深夜バイトに行ったと語っていた。しかし彼が飲み物をこぼして出てきてしまい明らかになったように、これは嘘であった。先に述べたように琴子は雪女の本心を引き出すよう、彼女があえて自分に逆らうよう仕向けていたのだが、怪異達から怪異以上の化け物に見える九郎が隣にいては萎縮し過ぎて逆らえないだろうと慮って隠れさせていたのである。
九郎の不在という嘘あればこそ、雪女は自分の「本心」を打ち明けることができた。もう少し縮尺を大きくするなら、惹かれ合いながらも本心を打ち明けられずにいた室井と雪女が好意を通わせるには冤罪事件という「嘘」が必要だったとも言えるだろう。これはつまり、詐欺師の手口の逆だ。彼らの場合は『真実を言うために嘘が必要』だったのだ。
 
 

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
私達の人生には嘘への苦しみがつきものである。永遠に続くかと思われた友情や愛情はあっけなく裏切られるし、親切な言葉をかけてくれる人間が自分を罠にかけることもある。「きれいごとは所詮は虚構に過ぎず、そんなことを言う人間は信用できない。むしろ残酷な世界の実相を端的に言ってくれる人間こそ信じるに値する」……そういう考えを賢さとする風潮は強まっている。だが、人は真実だけでも生きてはいけないものだ。回転寿司で安心して寿司を食べるためには「注文した寿司はレーンを回る間に他の客にいたずらされない」という虚構が必要だし*1
、あらゆる人間が自分を裏切ることを考慮すれば室井のような人間不信の状態が正解になってしまう。もしも真実だけで生きたなら、私達の社会にはむしろ何も信用できない嘘だけしか残らないことだろう。片方だけでは成り立たないのが真実と嘘であり、それは先に挙げた室井の独り合点からも言える。
 

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
琴子「真相が警察の手で明らかになるのはまだ少し時間がかかるでしょうし、その頃には室井さんも受け止められるくらいには回復しているでしょう」
 
室井は前回の琴子のでっちあげの推理に対し、それは雪女の真心を知ることで自分が元部下の飯塚にすら恨まれ裏切られた真相に耐えるための嘘だったと最終的に解釈した。だが更に後の話を見れば分かるように、室井は事件の真相を本当に知っていたわけではない。飯塚の動機を知りながら白を切る琴子に、室井はすっかり騙されている。
飯塚が自分を恨んでいたのではなく愛していたことを知らない彼はこの時、あくまでも嘘を信じている。だがそうだとしても、琴子が室井へのクッションとしてでっちあげを語っているのは紛れもない事実だ。彼女は飯塚が捕まり動機が明らかになるまでのタイムラグで室井がそれを受け止められる程度には回復すると見込んでいるのだから、これもまた真相に耐えるための嘘には変わりがない。つまり室井は嘘を信じ込んでいるにも関わらず、いや嘘を信じているからこそ真実にたどり着いている。この場合、室井が見ているものを嘘と真実の二元論で語るのはもはや無理がある。彼が見ているのは嘘でありながら真実たるもの、真実ながら嘘に過ぎないもの、そして嘘だろうが真実だろうが変わらないものだ。ここではそれを「真理」と呼ぶことにしよう。
 

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
琴子「人間と妖怪には違いがあり、いつまでも上手くはいきません。それでも蜜月の時はあります。そして短くとも、蜜月は他の何にも代え難いでしょう。どうぞお幸せに」
 
この真理というのは永続的に見えるものではない。理念や建前として現れればはすぐ形骸化するし、ホンネとして語られればはあっという間に露悪的なプロパガンダに堕落する。いかに巧みに真理を言い表した警句も簡単に悪用され、これだけは信用できると思っていたものが脆弱性を突かれてあっけなく崩れ去るのが世の常というものだ。だが、わずかな時だとしても私達はこうした嘘と真実の狭間に真理を垣間見ることがある。私達は九郎の琴子につれない口ぶりの中にむしろ彼女への深い愛情を垣間見るし、価値観も寿命も違う人間と雪女の間に心通わせる蜜月の時を見ている。私達はしょせん虚構に過ぎないはずの物語に本心から感動するが、それは嘘と真実の間に真理を見たと感じるためだ。嘘でありながら真実で、真実でありながら嘘で、そして嘘だろうが真実だろうが変わらないものを見た時にこそ私達は心を動かされる。
 

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
室井(彼女との関係が永遠に続けられるわけじゃない。価値観も寿命も違う、人目につくのにも障害が起こるだろう。それでもいま少し、この時を持ち続けたい)
 
空飛ぶ雪女の腕に抱かれ、室井は琴子が二人の関係を祝福する際の言葉を思い返す。人間と妖怪は違うものだから、愛しい彼女との関係が永遠に続くものではない、と。小泉八雲の怪談では雪女は約束を破られ雪に消えているし、心通わせたからと言って二人が末永く幸せに暮らしたとは本作は語ってくれない。だが、そうだとしても今この時の室井の幸せが否定されるわけではないはずだ。彼にはもはや、自分が見ているものが嘘か真実かは意味をなさない。
 

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
室井にとってこの冤罪事件は、友人に裏切られた11年前から続く日々に終わりを告げるものだった。虚構と現実の狭間で遭難し続けた男は、虚構に過ぎぬはずの雪女に伴われて現実へ生還する道を――真理への下山ルートをようやく見つけられたのである。
 
 

感想

というわけで虚構推理のアニメ2期4話レビューでした。「すずめの戸締まり」のレビューで書いたことと被っている部分があり、そちらに引きずられずあくまで本作が主体であるよう慣らすのに少々難儀しました。14話で室井の遭難を現実と虚構の狭間の遭難と例えたのを思い出した時は、自分でも下山ルートを見つけられた気分に……九郎が言うように、本当に手間のかかる事件だったと思います。犯人を指摘するだけなら簡単なところ、寄り道がむしろ本題になっているのがとてもいい。
 
 
さて、OPもEDも映像がちょっと変わっていたり次回予告が追加されたり、何か奇妙に実体を掴ませない部分のある本作。次回も楽しみです。
 
 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>