外法の地下世界へ――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」28話レビュー&感想

©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
光の差さない「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。28話で徐倫達は想像だにしなかった場所へ迷い込む。彼女が足を踏み入れたのは、いったいどんな世界なのだろうか?
 
 

ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 第28話「天国の時 新月まであと3日」

リキエルとの死闘を制した徐倫は、ウェザー・リポートプッチ神父の実の弟という驚愕の事実を知る。その後、プッチ神父の気配を追って救急病院へとたどり着くが、そこで徐倫たちが見たものは、病室に深く掘られた巨大な穴。この中にプッチ神父が潜んでいると確信した徐倫は、それが罠であると知りつつ穴に飛び込む……
 

1.異世界への大穴

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エルメェス「これは……」
 
プッチ神父を止めようとする主人公・徐倫達と、彼の下へ集ったDIOの息子最後の一人・ヴェルサスとの戦いが幕を開ける28話。ただ、この28話の舞台はかなり特殊だ。プッチ神父の目的地はケープ・カナベラルであるが徐倫が彼の存在を感じたのは救急病院だったし、病室で見つけたのはなんと地下へ続く大穴。更には穴を進んだ先にあったのは数年前に墜落した旅客機の中と来ている。文字にしてみれば驚くべき「奇妙な冒険」である。特に大穴や旅客機は星型のアザを持つ者同士の共鳴では説明できない異常現象であり、徐倫はヴェルサスのスタンド『アンダー・ワールド』の掘り出した異世界・・・へ迷い込んでしまったのだと言える。
 

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徐倫「ここは……2005年!? いったい!?」
 
異世界」……そう、徐倫が迷い込んだのは私達が暮らす世界の常識が通じない異世界だ。大穴の中と外では音が通じず、旅客機の正体はなんと『アンダー・ワールド』が掘り起こし実体化した大地の記憶。記憶通りに墜落する旅客機に閉じ込められて生死の危機に陥る……などと言うのはどれほど危機管理に長けた人間であっても想像しない事態だろう。劇中の現実の中にいようとも、徐倫は今回確かに異世界に迷い込んでいる。だが、それはスタンド能力だけによってもたらされたものだろうか?
 
 

2.異世界とは常識の通じない世界

徐倫が迷い込む異世界は『アンダー・ワールド』の能力だけに由来しない。このことは、プッチ神父とヴェルサス、また徐倫とその仲間エルメェスのやりとり等から見て取ることができる。
 

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ヴェルサス「私はまだ自分の能力を見ていません、さっきからここへどんどん近づく者がいるというのに。あなたの役に立ちたいのに」
 
まずプッチ神父とヴェルサスについてだが、今回注目したいのはプッチ神父の言動が常識的な計算に基づかないことだ。ヴェルサスは異母兄弟ウンガロやリキエル同様にプッチ神父の助けになりたいと考えているが、未だ自分のスタンド能力が見えないことへの焦りを当初漏らしている。しかしそれに対するプッチ神父の答えは「それはそれで構わない」という意外なものであった。
 

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プッチ神父「能力が見えないならそれはそれで仕方ない。『なるようにしかならない』という力には無理に逆らったりするな……天国へ行くということは、それさえも味方にすることだからだ」
 
プッチ神父は言う。能力が見えないならそれも運命だし、そうした運命すら味方にした者が「天国へ行ける」のだと。だが、現実にこれを聞いて頷く人間はまずいないだろう。敵は妨害をものともせずに近づいてきているのだから、可能な限りの防備を固め備えようとするのが常識的な対応というものだ。実際、ヴェルサスはプッチ神父のこの超越的な態度に不信感を隠せなくなっていく。だが一方で本作において運命が重要なファクターであることは前回のリキエル戦でも強く提示されており、そこに常識は通用しない。これまでスタンドの存在しない世界を生きてきたヴェルサスにとって、プッチ神父の態度は「異世界」的である。
 

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エルメェス「おい徐倫、その穴に身を乗り出すんじゃあねえ! いいか、賛成できねえぞ! 誰が見てもこれは罠だ!」
 
続いて徐倫エルメェスの場合だが、エルメェスは当初徐倫が大穴に潜ることに賛成しなかった。敵の能力も分からない状況ではこれは罠だと判断するのが妥当だし、であれば相手がしびれを切らして出てくるのを待つか逆に追い出す方法を考えるのがやはり常識的な対応だからだ。しかし、徐倫が大穴に潜ろうとしたのはけして焦りから判断力が鈍ったためではなかった。
 

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徐倫「3日経ったら神父は確実に、天国へ行くとかいうとてつもないものを身につける。現在の神父の能力は記憶を操る『ホワイトスネイク』に過ぎない。今なら勝てる! ヤツを止めるのは今しかない。再起不能か、場合によっては殺害もやむを得ないと思っている」
 
徐倫が考慮したのは、プッチ神父が一時しのぎではなく目的達成に必要な新月の時までここに籠もるつもりでいたり、あるいはスタンド能力でこのままケープ・カナベラルまで逃げ進む可能性であった。それによってプッチ神父が「天国へ行く」という力を身につけたなら、もはやどう戦っても勝ち目がない恐れすらある。それなら罠であろうと今仕掛けた方が有利になる……徐倫の態度は「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の格言の実践であり、つまりこれも常識的な判断ではない。虎の子が欲しくともわざわざ虎の潜む穴に入ろうとはしないのが普通の人間であり、すなわち虎穴もまた「異世界」である。
 

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『アンダー・ワールド』がただ単に事象の記憶を実体化するのではなく、地下に通じる大穴を掘っているのはそれが異世界の入り口のメタファーだからだ。この大穴に入る時、人は自分の常識の通じない別世界へ飛び込むことになる。そして、この異世界は夢と希望にあふれた胸躍る代物などではけしてない。
 
 

3.外法の地下世界へ

この28話、徐倫達は異世界へ飛び込んでいる。だがスタンド使いが幸福とは限らないように、この異世界は私達に幸せを約束してくれない。それは異世界へ導く『アンダー・ワールド』が掘り起こすのがことごとくネガティブな記憶であることからも明らかだ。
 

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フライトアテンダント「お客様。当機はまもなく現地時間2005年7月21日、21時33分に地面に墜落いたします。(中略)ちなみに私のお腹には、後ろの座席のお客様のお顔が衝撃と共に突っ込んできました」
 
ヴェルサスの『アンダー・ワールド』が最初に発動した時、それが掘り起こしたのは病院に運び込まれた少年の残酷な真実であった。重傷を負った彼には両親が付き添っていたが、『アンダー・ワールド』はなんと負傷が息子を嫌う父親の銃撃によるものだったことを掘り起こし、再現された銃弾によってその父親すらも銃撃してみせた。また同じく掘り起こされた旅客機は墜落の記憶を利用して徐倫達を始末すべく実体化させられたのであり、ポジティブにも使えそうな能力を持つ『アンダー・ワールド』はこの28話では人を害する力としてしか扱われていない。墜落時に衝撃で飛んできた乗客の頭が腹を突き破ったことを淡々と語るフライトアテンダントの姿には、なまじなホラー顔負けの恐怖とおぞましさがある。
 

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プッチ神父「ちょっとした百戦錬磨ってやつだ……咄嗟に飛行機の乗客からペンくらい盗んだりするだろう」
 
常識の通用しない世界では――異世界では、しばしば是非や善悪の境があやふやになる。例えば徐倫プッチ神父の野望を止めるためには殺害すらやむを得ないと考え、更には大穴から旅客機に入り込む異常事態でも抜け目なく乗客からペンを盗んで隠し武器にしているが、これらが常識で考えれば犯罪なのは言うまでもない。
 

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スポーツ・マックス「この俺を刑務所の下水管の中に生き埋めにしてくれた、おめえの姉貴殺しのこの俺に復讐できた時の感想をよォォ~~」
 
また徐倫は大穴に潜るにあたって命綱をエルメェスに預けていたが、エルメェスはこれまた『アンダー・ワールド』が掘り起こした仇敵スポーツ・マックスの――かつて復讐のため下水管に生き埋めにして殺した男の――記憶によって自らも大穴に落ちてしまう。エルメェスの復讐は殺害そのものよりも自分の運命の決着を目的としたものであったが、それでも彼女が常識的には犯罪とされる行為を犯したことは変わらない。ならば、その対象であった仇敵に常識の通じぬ異世界に引きずり込まれるのは必然であろう。
 

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やむを得ない他者の権利の侵害を免罪する緊急避難の概念も法律にはあるが、生き残った人間がサバイバーズ・ギルトに襲われることが珍しくないように、それらの善悪是非を分かりやすく二分してくれる線などは存在しない。常識が非常識になり、本来なら忌むべき行為が是とされることもあるのが異世界の本質なのだと言えよう。それが人間の行動の可能性を広げると同時にある種のタガを外す危険を秘めたものであることは、良識とされるものの欠如と賢さを併せ持つ人間が古今東西行ってきた(行っている)事柄からも明らかだ。このあやふやな世界でどこが水際なのか、常に模索と選択が続いているのが徐倫達とプッチ神父の戦いなのである。
 

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ヴェルサスのスタンド名『アンダー・ワールド(Underworld)』は直接的にはイギリスの音楽グループ名が元だが、単語としては地下のみならず暗黒街や黄泉の国といった我々の常識が通じない場所をも指す。このスタンドの掘った大穴を通して、徐倫達は外法の地下世界へ足を踏み入れているのだ。
 
 

感想

というわけでアニメ版ジョジョ6部の28話レビューでした。今回はアバンが全て前回の描写、つまりアンダーワールドが掘り起こしたも同然のものなんだと当たりをつけて以後は何が言えるかなかなか見えてこなかったのですが、大穴が異世界の入り口なんだと思いついてからはすんなり考えがまとまりました。
 

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ヴェルサス「ごちゃごちゃうるせーんだよ混乱させやがって、さっきから……」
 
ヴェルサス、6部のDIOの息子3兄弟の中では一番好きなんですよね。ウンガロは「解放」、リキエルは「信奉」、そしてヴェルサスは「疑念」と成長過程を分担している感じで、爽やかではあるが走狗として物分かりよくまとまってしまったリキエルの先を進んだキャラだと思っています。この複雑なキャラを演じるのが星野貴紀さんという安心感よ。次回も楽しみです。
 
 

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