無音の大罪――「虚構推理 Season2」20話レビュー&感想

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
波風を求める「虚構推理 Season2」。20話では琴子がある男性から罪の告白を受ける。彼女は「ご冗談を」と返すが、事実、彼の犯した罪はそこにはない。
 
 

虚構推理 Season2 第20話「そして支配者はいなくなった」

ホテル経営や様々な事業を展開する音無グループの会長・音無剛一が、密に琴子との面会を申し出る。剛一は、かつて路上強盗によって妻を亡くした事件について、自分が黒幕だったと告げる。そして余命が僅かとなった今、自分が殺人犯である真実を子供たちに詳らかにしたいのだ…と琴子に願い出る。
 

1.柔和にして善良、しかし

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剛一「実は、その犯人は私なのだよ」
 
アニメ2期の新章にして、OPからは最終章と目される「スリーピング・マーダー」編の始まりとなる20話。アバンに象徴されるように、そのスタートは我々視聴者の意表を突くものだ。なにせ主人公である琴子を招いた巨大ホテルグループの会長、音無剛一が、23年前の妻の殺人事件の真犯人は自分だといきなり打ち明けるのだから振るっている。唐突にこんなことを言われれば、怪異達の知恵の神である琴子でなくとも「ご冗談を」と返したくなるところだろう。
 

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剛一「澄さんが亡くなれば、お前の願いを叶えよう!」
 
剛一の打ち明ける妻殺しの真相はこうだ。彼は音無家に婿養子として迎えられた人間であり、音無家が経営するホテルグループの社長は妻である澄が行っていた。彼女は経営者として優秀な一方でグループや子供達に無理な成長や決めた通りの人生を強いる強権的な存在でもあり、限界を迎えていた彼らを守るため剛一は偶然出会った妖狐と取引して妻を殺してもらったというのである。
 

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剛一「この成功体験は危うい。もし将来同じように誰かの死で上手く行きそうな状況が訪れた時、そこで殺人という選択肢が浮かぶかもしれない」
 
剛一は言う。妻の死後は全てが上手くいった。音無グループは身の丈に合った経営ができたし、長男は望み通りグループを離れて料理人になり、長女は望みの相手と結婚、次男は現在はグループの常務取締役。だが人死で全てが上手くいった体験は子供達がいずれ困った時に殺人を考えるきっかけになりかねず、自分が妻を死なせたことを明かして報いがあることを伝えたい。妖狐に殺してもらったなどとそのまま言っても信じてもらえるわけはないから、怪異に関して一家言ある琴子に協力してほしい……と。
 

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劇中での柔和な表情や話しぶりからも分かるように、剛一は善良な老人だ。殺人を依頼した動機は私利私欲ではないし、自分が既知の理の外の者に頼ったことや、それで本当に何もかもが上手く行ってしまったのを危ぶむバランス感覚もある。家族には伏せているが悪性の腫瘍に蝕まれて余命1年と宣告されているのを報いと受け止め、秩序に反した行いを正してほしいと琴子に頼むのもなかなかできることではない。剛一の相談は今回の前半を費やして行われるが、ここまでの描写では彼に好感を抱いた人が大半ではないだろうか。だが、琴子はそんな彼に辛辣だ。
 
 

2.無音の大罪

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琴子「先輩よく見てください、これは逆さにすると水着が消える不思議なボールペンですよ! 欲しい、欲しい!」
 
善良そのものの剛一の依頼にどんな問題があるのか? 怪異絡みの問題のパートナーにして恋人でもある九郎とデート兼事情説明をする中、琴子は非の打ち所のないように思える依頼者の問題点を指摘する。
 

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琴子「いい大人が私をこうまで信用するのは普通ありえないでしょう。音無会長の中で、困った時は通常の理から外れたものに頼るのを是としている証拠です。過去の成功体験にしっかり縛られているわけです」
 
例えば剛一は現時点では自分の行為を罪と認めまた病魔を報いと考えているが、これらは現時点での話に過ぎない。気が変わったり他の原因で死ねば、正当化されて終わる可能性がある。
また彼は琴子ならばと見込んで依頼をしたわけだが、怪異に関わる存在である彼女に相談するのは既知の理の外にある者に頼る点でかつて妖狐に妻殺しを依頼したのと同じであり、子供達の成功体験を危ぶむ彼は実のところ自身もそれを内面化している。他ならぬ剛一自身が戒めを理解していない。
更に言えば、剛一は目的のために「子供達に遺産相続の優先権を懸けて自分が澄を殺した犯人だと推理させ、部外者の琴子がそれを判定する」という計画を立てていたがこれは琴子に多大な負担を強いるものだ。妖狐に殺人を依頼したなどと明かしても信じてもらえないのだから適切な嘘の説明を考え、剛一の子供達がそれにたどり着くよう誘導しなければならないし、遺産が絡む以上恨みを買う可能性もある。にこやかに頼んではいるが、剛一の依頼は琴子をどこまでもいいように利用するものなのである。
 

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琴子「わたしをどこまでもいいように利用する気なんですよ」
 
温厚な外面に反し、剛一はなまじな妖怪・化け物のトラブル以上の難題を琴子に持ち込んでいる。彼はいわゆる狸親父なのか? おそらくそうではない。気が変わったり病気以外で死ぬのは今の剛一にとっては想定外だし、彼は自分自身も成功体験を内面化していることに気付いていない。そもそもにして、妻殺し自体が黙っていれば墓の下へ持っていける可能性の方が高かったはずなのだ。剛一にとってこれはあくまで善意と良心の発露であり、しかしそれにも関わらず――いや、だからこそ――琴子が重んじるところの秩序に反してしまっている。真実を打ち明ければ打ち明けるほど虚構になっている、と言ってもいい。どうしてかと言えば、それはおそらく彼がかつて犯した罪にある。
 

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剛一「礼を尽くしてお願いしただけなのだが、変に地位を得ると威圧的に受け止められるものだね」
 
剛一は23年前、「澄さえいなければ」という仮定に囚われ妖狐に殺害を依頼した。実現し得ない虚構に過ぎないはずの澄の不在を、怪異によって真実にしてしまったのである。彼は既知の理の外にいる者に頼り人を殺す罪を犯したと思っているが、一番の罪は真実と虚構の境界を破った点にある。姿も見えなければ音も無いが故に、剛一は自分の大罪を未だ知らずにいるのだ。
無音の大罪は気付かれぬ内に罪人を蝕んでおり、だから剛一は妖狐に妻殺しを依頼したなどと信じてもらえない真実を抱え込み、善意と良心で依頼しても琴子を騙すような仕打ちになってしまう。彼は冒頭、礼を尽くして琴子を呼んだつもりでも地位故に威圧的に受け取られてしまったと語っているが、そういう嘘をつかないつもりでついてしまう嘘が妻を死なせた後の人生では付き物だったのではないだろうか。
 

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琴子「私は音無会長の望まれるまま、真実と秩序に鑑みて公正に皆様の回答を評価させていただきます」
 
かくて約定の日は訪れ、琴子と九郎は剛一の出した課題を解くべくやってきた3人の親族と対面する。次男にして音無グループ常務取締役の晋。長女薫子の夫にして中古車会社の社長を務める藤沼耕也。長男亮馬の娘、つまり剛一の孫である莉音。彼らはこの1日目は議論や情報交換を行い、翌日にそれぞれが剛一の妻殺しの仔細を推理することになる。課題の裁定役として紹介を受けた琴子は剛一の望みの通りに公正な裁定をすると宣言するが、これは半分嘘だ。境界を破る禁を犯した剛一は既に自分では真実と虚構の区別がつかなくなっている。彼の「望み」は、自身が立案し計画している段取りそのままでは叶うことはないだろう。
果たして琴子は、この本当に厄介な難題をいかにして解決するのか。彼女の考える秩序は、そこに姿を現すはずだ。
 
 

感想

というわけで虚構推理のアニメ2期8話レビューでした。新章の始まりも始まりということで何をとっかかりにするか迷ったのですが、善良そのもののはずの剛一の抱える矛盾を自分なりに突き詰めていった結果こうした内容になった次第です。正義感に燃える人間の過ちみたいなものはよく描かれますが、人間の罪というのはそんな分かりやすいものばかりではないはずで。前回の善太の善人ゆえのねじ曲がった願いもそうですが、私達は悪とは言えない部分からも罪を犯してしまうものなのかもしれません。
漫画版を一度読んでおおざっぱな筋立ては覚えていますが、各話でどんなテーマが見えるか楽しみに見ていきたいと思います。
 
 

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