天国ほど地獄――「吸血鬼すぐ死ぬ2」5話レビュー&感想

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
地獄に菩薩の「吸血鬼すぐ死ぬ2」5話。次元の狭間のようなフクマの家は、勤め先のオータム書店のすぐ隣にある。世の中、意外なものが隣り合わせにあるものだ。
 
 

吸血鬼すぐ死ぬ2 第5話「未知なるフクマに夢を求めて/暴走特急お人好し/次は終点裏新横浜」

電車で出掛けた帰り、ロナルド、ショット、武々夫、マナー違反の4人は、吸血鬼による結界・裏新横浜駅に降りてしまう。
出口がなく無人で電波も届かない隔絶された空間に絶望――すると思いきや、4人は状況を楽しみ始める。

公式サイトあらすじより)

 

1.フクマの両面

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今回の1本目「未知なるフクマに夢を求めて」は吸血鬼猫のボサツが1期5話以来の再登場を果たす話だ。催眠術で人々を操ろうとするもオータム書店の武闘派編集者フクマの飼い猫にされてしまった彼はその"猫可愛がり"に辟易しており、今回はカバンに潜んで逃げ出そうとするもフクマの家がオータム書店のすぐ隣だったために逃げるどころか一日中フクマと一緒に過ごす羽目になってしまう。
 

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ボサツ(ツッコむ気力も失せたニャ……)
 
吸血鬼退治人のロナルドですら震え上がる鬼編集フクマが務めるオータム書店がまともな出版社であるわけではなく、ボサツがここで見るのは一般的な出版社からはかけ離れた光景の数々だ。昆虫かなにかのような警備ロボットにそれを破ってカチコミに来る他書店の編集者、購買のパンと称してボサツに提供されるクトゥルー神話にでも出てきそうな謎生物、培養槽で研修を受ける新入社員……およそ常識的な要素は何一つなく、ボサツは途中でツッコむ気力をなくすことすらあるほど。だがボサツは今回同時に、フクマが宇宙人のように自分と異なる価値観で動く人間ではないことも知る。
 

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フクマ「参考資料や読者からのファンレターです。調子を取り戻す一助になるでしょう。大丈夫です、胸を張ってあなたのアイデアを書いてください。ロナルドさんの書くものは面白いですよ」
ロナルド「フクマさん……ありがとう!」

 

ロナルドは原稿が書けずお仕置きされることを恐れおののいていたが、そんな彼にフクマが採ったのは、中世の拷問器具であるアイアンメイデン(針はない)への拘束――しかしただ執筆を強いるのではなくその精神を落ち着けることだった。焦ると自信をなくして悩み過ぎる癖がある彼を諭し、参考資料やファンレターで励ます姿は誰がどう見ても理想の編集者そのもので、先程までフクマに恐怖していたはずのロナルドは感激の涙すら流す。隙をついて逃げ出そうとしたボサツも自分に満面の笑みを向けるフクマにほだされ、結局は残ってしまう。無論、これらはフクマの演技などではない。ロナルドを本気で怖がらせるのもボサツを正気を失いかねないほどかわいがるのも、間違いなくフクマの本心だ。
フクマが鬼編集・鬼飼い主であるのは変わらないのだが、今回彼が見せる相反する姿は二面性でもなんでもない。これらはフクマという人間の純粋さがどう現れているかの違いでしかないのだろう。
 
 

2.天国ほど地獄

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サテツ「腹減った、血を」
ロナルド「なにもう1回言い直してくれてんだよ!?」

 

対極的に思えるものが不思議に両立している。1本目でボサツがフクマに見たような複雑さは、2本目「暴走特急お人好し」でも同様だ。この話は退治人の一人であるサテツが事故で仮性吸血鬼になってしまう話だが、内容次第では悲劇的にもなりそうなこの話ではむしろ彼のお人好しぶりばかりが目立つ。「血をよこせ!」と叫ぼうとしたのに他の人が会話に入ってきたらそれが終わるまで待つし、吸血鬼になって身体能力が増しているのに律儀に信号を待ったり手を上げて横断歩道を渡ったりする。子供の血を見ながら吸血衝動に抗いそれを襲う別の吸血鬼を退治したり、事件後は騒動の発端になった科学者ヨモツザカを責めもせず許す様子は聖人とすら呼びたくなってしまうほどだ。
 

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ロナルド「いた! 律儀に信号待ってる!」
(中略)
ショット「駄目だ、手を上げて渡ってやがる!」

 

追い込まれて心の手足を縛られてしまった時、人はなかなか普段通りに考えたり動いたりはできない。けれど今回サテツが見せたお人好しぶりは自分を縛る激しい吸血衝動とすら拮抗するものであり、それは彼が「いい人」どころではない筋金入りのお人好しであることを証明している。この2本目では、お人好しでなくなる危機こそがサテツのお人好しぶりを際立てていると言える。
 

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4人「駅中貸し切りじゃーん!」
 
「住めば都」の言葉もあるように、どの角度から見るかで物事の姿は変わってくる。1本目や2本目はその複雑さを教えてくれるが、総括となるのはやはり最後の3本目「次は終点裏新横浜」だろう。吸血鬼・裏新横浜の能力によりロナルド達が新横浜駅そっくりの無人の異空間に閉じ込められてしまう話だが、彼らが絶望したところで生命力を奪おうという裏新横浜の目論見はまるで上手くいかない。事実上ここが新横浜駅の貸し切りに等しい状態と気付いたロナルド達は、幸いとばかりに床で寝てみたり自分ではなかなか買えない土産の食品を堪能したり、駅のホームの待避所に入ってみたりとやりたい放題の振る舞いを始めたためだ。裏新横浜は彼らを異空間に閉じ込めたはずが、彼らにとってみればこれはむしろ普段より自由な場所になってしまったのである。困った裏新横浜はロナルド達を元の世界に戻そうとするが帰りたくないと駄々をこねられ、閉じ込めた相手の生命力を吸い取るどころか帰ってくれと涙ながらに訴える羽目に陥ってしまった。
 

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私達はともすると一つのものの見方に囚われてしまいがちだが、世界はもっと自由にできている。異空間の特性で自分で自分の生ケツを見られる事態が生オリンピック以上にレアだと劇中で言われるように、価値も無価値も善悪是非も案外コロコロ変わるものだ。だから可能性に満ちているのだが、同時にそれは落とし穴でもある。悪意がなくとも人を傷つけることはあるし、安全な距離で物事を見ているつもりだったのに気付けば膝まで泥の中に浸かっていることもある。裏新横浜を飽きるまで堪能するつもりでいた3本目のロナルドにしても、待っていたのは原稿を待ちかねたフクマが次元を超えて追いかけてくるという軽くホラーじみたオチであった。
 

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ボサツ「逃ーげときゃよかったニャン」
 
人は時に天国から地獄に落ちるような心地になることがあるが、本当は両者の距離はそこまで離れていない。隣合わせのフクマの家と勤め先ほどの近くにあり、ボサツがそうであったように私達はそこから逃げ出すことができない。逃げ出せれば苦しみ悲しみから逃れられるかもしれないが、同時に喜びや楽しみも失ってしまうことだろう。
天国と地獄はセットであり、その両方と私達は付き合わなければならない。天国ほど地獄だし、地獄ほど天国なのである。
 
 

感想

というわけでアニメ吸死の2期5話レビューでした。「束縛と自由」「天国と地獄」みたいなワードで括れそうでいまひとつ縄が弱く、フクマの家とオータム書店が「隣合わせ」なのに着目してようやく文章にすることができました。ロナルド達の裏新横浜での遊び、ネバーランド的な感覚がありますね。待避所は私も入ってみたい。あと何をやってもマナー違反にならない場所でマナー違反を探そうとする吸血鬼マナー違反、爽やかに見えておかしくない言動なんだがやっぱりおかしい。
サテツが大変に格好いい回でした。次回も楽しみです。
 
 

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