物語なくして人生なし――「吸血鬼すぐ死ぬ2」6話レビュー&感想

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
逃走不可の「吸血鬼すぐ死ぬ2」。6話ではロナルドの兄の意外な過去が明かされる。人生には物語(サーガ)がつきものだ。
 
 

吸血鬼すぐ死ぬ2 第6話「アニキ・サーガ 光の章/アニキ・サーガ 闇の章/お修羅場行進曲」

ロナ戦3巻の締め切りが迫るなか、原稿に悩むロナルドに、
フクマは編集部にある特別執筆室での缶詰作業を提案する。
大作家のようだと期待して了承するロナルドだったが、そこにはベルトコンベアに乗った机とタイマーがあり……?

公式サイトあらすじより)

 

1.今回の共通項

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ロナルド「よし決めた!」
ラルク「ん?」
ロナルド「兄貴の話をロナ戦に書く!」
ラルク「やめなさい」

 

3本立ての内2本が連続した話というパターンも増えてきた本作。この6話も1,2本目は主人公ロナルドの兄ヒヨシについて語られ、独立した展開で3本目が描かれている……が、必ずしも全くの別物とは言えない。今回ロナルドは自伝的小説「ロナルドウォー戦記」の執筆に悩んでおり、1,2本目ではそれぞれ兄について書こうとするも止められた結果として3本目でピンチに陥っているからだ。この点に着目するなら、2期6話は「物語」を巡る話と言える。
 
「物語」……そう、今回の話はいつも物語が中心にある。次節からはそのあたりを見てみよう。
 
 

2.物語の厄介さ

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ロナルド「あ……兄貴!?」
 
1本目「アニキ・サーガ 光の章」と2本目「アニキ・サーガ 闇の章」はそのまま続きとなっている話だ。1本目の最後でヒヨシがロナルドの吸血鬼退治人事務所を訪れ、2本目で経緯の振り返りはあるが時間軸の飛躍はない。だが光と闇で章分けされているように、この2本は大きく性質を異にしている。
 

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ロナルド「兄貴はすげえハンターだったよ。銃の名手でな、ルーキーの頃からベテランと肩並べて戦って……」
 
1本目はロナルドがヒヨシの思い出を語るが、その内容はヒロイックかつ悲劇的だ。自分と妹の親代わりでもあったヒヨシは実力・人格共に抜きん出たハンター(吸血鬼退治人)であり、ロナルドは将来彼のようになりたいと願っていた。しかしロナルドをかばって利き腕を痛め、ハンターを引退せざるを得なくなってしまった……「ビームも出せた」などと真顔で語るロナルドが語る姿に多少の誇張は感じられど、思い出話としては上等なストーリーと言えるだろう。執筆に悩んでいたロナルドがこれについて書こうと考えるのも無理もない「物語」である。だが、2本目で見える実像は全く違う。
 

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ヒヨシ(あまりにダサ過ぎて言えなかったんだってーの!)
 
2本目はヒヨシ側の視点で語られるが、彼にとってロナルドの話は自分をスーパーマンのように美化した頭を抱えたくなるものだった。ハンターになったのはモテる職業だからというのが理由だったし、高潔というロナルドの話に反して現役時代のヒヨシは女遊びの毎日。挙句の果てには引退を余儀なくされた腕の負傷とはロナルドをかばった時ではなく、吸血鬼美人局に引っかかって噛まれたものという情けなさだ。
 

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ヒヨシ(しばらく会わん間に、あいつの中で俺がスーパーマンになっとる!)
 
ヒヨシはこの過去を今更ロナルドに明かせない。なにせ彼の中でヒヨシの物語はサーガと呼べるほど強固なものになっているから、並大抵の事実では突き崩すことすらできない。おそらく、事実をそのまま言ったとしてもロナルドが信じることはないだろう。しかしこのままではロナルドは自分のせいで兄がハンターを引退したと自責の念にかられ続けるだろうし、自伝的小説に美化したヒヨシ像を登場させかねない。そこでヒヨシが採った手段とは、狙ったわけではないが逆転の発想であった。そう、強い物語に事実が勝てないなら、もっと強い物語で上書きすればいい。
 

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ヒヨシ「邪神とすら呼ばれる強大な吸血鬼を打ち倒し、魂の残滓をこの右手に封じ込めた時に負った傷がこれじゃ」
ロナルド「兄貴ーー!」
ジョン「ヌヌヌーー!」

 

ヒヨシは引退の理由となった傷の箇所がロナルドをかばった時のものと違うことを見せた上で、つじつま合わせに散々な嘘をつく羽目になる。この傷は邪神とも呼ばれる強大な吸血鬼を倒しその魂を封じ込めたものだとか、そのことを公表すれば邪神復活を狙う者が現れかねないので本には書かないでほしい、だとか……我々視聴者からすればコメディと分かっていても噴飯ものの大嘘だが、ロナルドにとってはサーガを更に強固にするものだから容易に信じられてしまう。かくしてヒヨシはサンタクロースの実在にも似たロナルドの夢を壊すことなく誤解を解き、また彼の自伝的小説に美化した自分について書かれるのをどうにか防げたのだった。
 
 

3.物語なくして人生なし

2本目でロナルドが夢を壊されなかったことからも分かるように、人には物語が欠かせない。それがより明瞭になるのが3本目「お修羅場行進曲」である。
 

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ロナルド「じゃ、じゃあお願いします……」
 
ロナルドは自伝的小説「ロナルドウォー戦記」3巻執筆が終盤に入るも、どうしても最後がまとまらずにいた。最後がまとまらないというのは物語としてまとまらないということだから、ここでも問題となるのはやはり物語だ。オータム書店の担当編集フクマに「缶詰執筆」を提案され大作家みたいだと安易に承諾してしまったロナルドだが、武闘派編集揃いのオータム書店のそれがよくあるホテルに籠もるような代物のはずはなかった。
 

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フクマ「ここに到達するまでに原稿完成、頑張ってくださいね」
ロナルド「うわああああ!?」

 

オータム書店の特別執筆室を訪れたロナルドは、作業机ごとベルトコンベアに乗せられるという異常事態に遭遇する。なんとこのベルトコンベアはポイントを通過する者に卵黄やパン粉をぶっかけ、最後には油で揚げてしまうという代物だったのだ。つまりロナルドは揚げ物調理という「物語」に乗せられてしまったのであり、これを脱するには別の物語で上書きしなければならない。そう、原稿を書き上げられたという物語で。
 

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ロナルド「5時間もあるなら大丈夫かな……」
ラルク「バカー! 大丈夫なわけあるか、5時間したら君はサクサクロナフライだぞ分かってるのか!?」

 

缶詰執筆も命がけとはさすがオータム書店、「締切を守るか死か」などと社内に貼り出されているのは伊達じゃない!と言いたいところだが、フクマのこの試みは十分とは言えない。なにせ猶予は5時間も設けられており、ロナルドはそこに別の物語を見出してしまう。必要な文字量自体は少ないから2時間もあればちゃちゃっとできるはず、まだあわてるような時間じゃない……と現実逃避してしまうのは心理としては無理もない話だろう。ここにはまだ物語が足りない。そして、ならばより強固な物語で上書きすればいい。
 

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ロナルド「まとまったぁーーー!」
 
もう一人の主人公にして、ロナルドが書けなければ自分もにんにくオイルをかけられ死ぬ危機に陥ったドラルクはどうにか機械を止めようとして失敗、猶予を5時間から5分に短縮してしまう。おまけにフクマの後輩のサンズやドラルクが止めようとするもいずれも上手く行かず、卵黄とパン粉にまみれたロナルドは死を覚悟するしかない状況に陥ってしまった。だが、死の間際に走馬灯のように浮かぶというこれまでの記憶はいわば至上の物語だ。そして時間ギリギリの状況ほど書き上げるのに物語的な状況もあるまい。これらの条件が揃い、どうにかロナルドは原稿を書き上げることができた。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
ロナルド「オータムヒグマ……なぜ!?」
 
原稿を完成させるもベルトコンベアの余生で揚げ油に落ちそうになったロナルドはしかし、サクサクになった彼をナイフとフォークでたいらげるつもりだったはずの「オータムヒグマ」に助けられる。なぜか? それはもちろん、ロナルドが「原稿を書き上げる」という物語を全うしたためだ。調理が全うされるのはあくまで執筆が全うできなかった結果でなければならず、書き上げた人間すら調理され食べられてしまうのは公正ではない。オータムヒグマがロナルドを助けたのは、そうでなければ「物語」として間違っているからである。物語に苦しめられ続けたロナルドはしかし、最後には物語に救われたのだった。
 

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オータムロボ「コングラチュレーション!」
オータムヒグマ「コングラチュレーション!」

 

人が生きる上で物語はつきものだ。もちろん物語というのは多分に嘘の産物であり、まやかしに過ぎない。陰謀論のような物語の危険性も現代では周知されている。しかし一方で理性があれば事実のみを客観的に捉えられるというのは夢物語だし、主義主張に囚われずに思考しようとすれば今度はそれ自体が主義主張(物語)となってしまうのも私達だ。2本目ではどうにかロナルドをごまかしたヒヨシがドラルクにそれを言いふらされてしまうというオチがついていたが、人間は結局物語から逃げることはできないのだろう。しかし3本目で物語の充足がロナルドを救ったように、彼の書いた小説が人気を博するように、物語が隣りにあることは人に幸せももたらす。もしも本当にファクトや事実だけを認識できたなら、私達はきっと世界の冷たさに耐えられない。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
ジョン「ヌヌ、ヌヌ!」
ロナルド「いやージョンまでーーっ!?」

 

神ならざる人間は本当の意味で透徹した眼で世界を見ることはできず、その視界には盲点が潜み脳による補正がかけられている。不完全さを不正確さで補っていて、けれどそれ故に本来は見えないものを見ることができる。物語の役割というのは、言ってみればこうした不正確さによる補正と同じようなものなのだろう。
人生には物語が欠かせない。いや、物語あればこそ人の生は人生たり得るのである。
 
 

感想

というわけで吸死のアニメ2期6話レビューでした。1話を「嘘と本気がじゃれ合う場所」と解いて以来その方向でレビューを書いている本作。この6話は当初は「虚実や生死の狭間に物語がある」というテーマで書けるかと思ったのですが、それだとアニキ・サーガの虚実の割合だとか3本目との結びつきがちょっとまどろっこしいなと感じまして。で、考えてみればそもそも物語自体が虚構の側だよねと要素を再配置してみると考えがまとまりました。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
種明かしの2本目、何回見ても吹き出してしまって困る。ヒヨシの本格的な出番はもちろん、前回は控えめだったドラルクの出番のリカバリーとしても楽しめる回でした。ロナルド同様本気でヒヨシの話を信じてドラルクにまで怒るジョンのかわいさもまた。
 
 

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