エンリコ・プッチが死んだ日――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」31話レビュー&感想

©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
知り難きを知る「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。今回はプッチ神父ウェザー・リポートの過去が明かされる。この31話は、エンリコ・プッチという男が生きたまま死ぬまでのお話だ。
 
 

ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 第31話「ヘビー・ウェザー その②」

1972年、生まれたばかりのエンリコ・プッチには双子の弟がいた。しかしその弟は死んだ赤ん坊とすり替えられ、兄弟は他人として別々の人生を歩むこととなる。時は流れ、神学の道に進んだ若きプッチの前に現れた、DIOと名乗る不思議な男。この奇妙な邂逅の翌年、プッチは実の弟、ウェス・ブルーマリン(ウェザー・リポート)が生きていることを知る……
 

1.「外側」に現れる記憶

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記憶を取り戻したウェザー・リポートの能力「ヘビー・ウェザー」によって大混乱に陥っている劇中世界だが、今回は30分のほぼ全てが過去の描写に割かれる。その内容は主人公・徐倫達の倒すべき敵であるエンリコ・プッチ神父と、徐倫の仲間にしてなんとプッチ神父の弟だった男ウェザー・リポートに起きた悲劇。これを考えるにあたって私が注目したいのは、ウェザーが過去を忘れていたのは記憶喪失とは少し理由が異なる点だ。
ウェザーはプッチ神父のスタンド「ホワイトスネイク」によって記憶をDISC化され文字通り奪われていたのであり、つまり事件以後彼の記憶は本人の「外側」にあった。DISCだから特異な状況に思えるが、実際はこれはそう珍しいことではない。
 
私達は日頃、メモだとかカレンダーだとかいった道具を使う。なぜか? それは、自分の中にしかない記憶は不安定で仕方ないためだ。人間の脳は「いいかげんさ」という高度な機能を有しており、それ故に記憶に蓋をしたりあるいは逆に美化や増幅等の加工処理をするようになっている。頭の中だけにあるものは常に風前の灯のような状態だから、そこから逃れるために私達はメモやカレンダーに加工から逃したい記憶を記すのだ。つまり「外側」に移すのであり、この点ではメモやカレンダーは記憶DISCに近い機能を持っている。
 

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ペルラ「ボーイフレンドが……できたの」
 
また、物理的なツールに留まらず、人には自分の記憶を「外側」に移したいという欲求がある。この31話ではまだ神父志望に過ぎないプッチが偶然代役として罪の告白を受けたり、妹ペルラからボーイフレンドの存在を打ち明けられたりするが、これらはメモやカレンダーではなく他人という「外側」に自分の記憶を移す行為だ。この行為は話者にとって記憶の整理にもなっており、聞いた人間からアドバイスされずとも話した段階で解決することすらある。
 

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プッチの母「エンリコ、あなたには本当は弟がいたのよ。あなた達は双子だったの……」
 
更に言えば、外側に移された記憶というのは時に対象自身が知らないことを教えてくれる場合がある。人は自分が赤子の頃のことを覚えていないが写真や保護者の話づてに知ることができるし、そこには意外な事実が隠されている場合もある。今回の話で言えば、プッチが墓参りで自分には誕生日に息を引き取った双子の弟がいたと知らされるケースがこれに該当するだろう。
 
私達は道具や言葉、記録やメディアを用いて自分の記憶を「外側」に移す。だが、外側に移したり現れるのは記憶だけだろうか?
 
 

2.現れるのは記憶だけにあらず

「外側」に移るのは記憶だけとは限らない。その一つとして挙げられるのは無意識だ。
 
人は通常、意識に基づいて言葉を発したり体を動かしたりする。当然だろう、私達の体の主は私達自身だ。しかし一方で、人の行動には無意識に左右される部分がかなりある。隠すつもりでいた事をうっかり口走ってしまうのはミステリーで犯人がよくやらかす失策だし、咄嗟の行動には心構えや価値観が反映されやすい。人の行動とは一面、無意識を「外側」に移すものだとも言える。
 

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DIO「太陽の光にアレルギーの体質なんだ。今日の日没は確か6時19分、それまで家に帰れないのでそこで休んでたんだ」
 
無意識が外側に現れている分かりやすい例は、今回で言えばまだ若く神父でない"プッチ"とシリーズの宿敵DIOの出会いの場面だ。吸血鬼であるDIOは日光を避けるべく一般人立入禁止の納骨堂に潜んでいたのだが、神学生のプッチに見つかってしまう。「太陽にアレルギーの体質だから日没まで休んでいた」という説明を素直に信じるプッチをDIOはいぶかしがるが、それに対するプッチの回答はもっともなものだった。
 

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プッチ「太陽アレルギーだなんて嘘は、泥棒はつかないだろう。例え悪魔だってそんな嘘はつかない」
 
プッチは言う。太陽アレルギーが嘘だとして、そんな嘘をつく理由のある者はいないと。泥棒や悪魔ならもっとマシな嘘をつくはずだ、と。「何を言ってるか」を字面で判断すれば嘘くさい説明にしかし、プッチはだからこその無意識の表れを感じたのである。DIOの言葉には彼の無意識が「外側」に移されていた。
 

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また今回は運命のいたずらで自分達が兄妹と知らないウェザーとペルラの恋が描かれる回でもあるが、それは盗難事件の解決がきっかけだった。喫茶店でペルラのバッグを置き引きした窃盗犯を、バイトでジュース配達に来ていたウェザーが止めてくれたのだ。連投で缶をウインドウの向こうまで突き破らせて窃盗犯を気絶させたウェザーの手並みはヒロイックだが、事後になってウェザーが慌てる様子は印象的である。
 

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ウェザー「やっべーよ……店のウインドウを割っちまった! この配達のバイトがクビになる、しかも学校はバイト禁止なんだ!」
 
本来、この行動はウェザーにとって損ばかりのものだった。窃盗を止めるためとはいえ店のウインドウを割ってはジュース配達のバイトはクビにされてしまうし、そもそも彼の通う学校ではバイトが禁止されている。冷静になって合理的に考えれば、ウェザーは窃盗犯を止めるべきではなかった。しかしそれでも咄嗟に止めにかかるところにウェザーの心底からの善良さが、つまり無意識が表れていると言えるし、ペルラが恋をしたのもそういった部分にこそあったのだろう。
 
人は自分だけでは自分の行動を全てコントロールできず、記憶や無意識が様々な形で「外側」に移る。ここまでは数理に基づいて語れる話だ。しかしこの31話が描く「外側」に見えるものはこれらに留まらない。その最奥にして最大のものこそ、プッチやウェザーを翻弄する恐るべきものだ。
 
 

3.エンリコ・プッチが死んだ日

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既に述べたように今回はプッチ神父とウェザーの過去が明かされる話だが、その内容はあまりに数奇なものだ。二人は二卵性の双子であったが、同日に生まれた赤子に死なれた女性がこっそり子供を交換したためにウェザーは別人の子として育てられた。プッチは弟だけが死んだと聞かされた経験から神父を志望したために告解室でウェザーの母親から子供が交換された事実を打ち明けられ、更には妹ペルラのボーイフレンドがその実弟ウェザーであることを知る。トドメには穏便に二人を別れさせようと雇った私立探偵が人種主義者であり暴走、彼にウェザーを殺されたと誤解したペルラが自ら命を断つ最悪の結末を招いてしまった。
 

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プッチ(なぜだ。なんでこんなことになってしまうんだ。なんで私は神父になんかなろうとしたのだ。なぜ人と人は出会うのだ、出会わなければこんなことにならなかったのに!)
 
誰の罪なのか。誰が罰を受けたのか。本作は判断を私達視聴者に委ね、誰か一人を断罪したりはしない。実際、この悲劇の原因を一人に求めるのは酷というものだろう。連鎖的に起こる出来事のどれか一つでも違えばこんなことにはならなかったのに、それらのどれにも覆せる要素がない。全てが細切れの些細な出来事にも関わらず終わってみればドミノ倒しのようになっていて、私達を手のひらの上で転がす何者かの作為すら感じるほどだ。
 

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DIO「君は引力を信じるかい? この出会いに意味があるということを」
 
妹ペルラの亡骸を抱きながら、プッチはかつて会ったDIOの言葉を思い出す。「出会いというものは引力ではないのか」と。プッチがDIOと出会った引力。子供を亡くした母親が同日に二卵性の双子と出会った引力。その母親と自分が出会った引力。血は繋がっていても別人のはずだったウェザーとペルラが出会った引力。事態を穏便に収拾したかった自分がしかし、もっとも過剰にこの事件を解決する私立探偵と出会ってしまった引力。悲劇の原因はみな出会いに、引力に――すなわち運命にあった。
 
運命というのはそのものが目に見えることはない。多くの場合それは、歴史の流れのようなスケールで物事を見た時初めて認識できるものだ。一人ひとりがめいめい勝手に動いているだけにも関わらず必然とも思える流れがこの世には存在し、私達はそこに運命を見て取る。そう、その時運命は「外側」に移っている。
 

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DIO「失われた生命は決して元には戻らないだろう。だが君が望むなら、深く願うなら彼女の記憶は手にすることができるだろう。心の記憶を……それが君の目覚め」

 
DIOの言葉を思い出すと共に彼からもらった「矢」に貫かれたプッチはスタンド能力に目覚めるが、それが人の記憶やスタンド能力をDISC化する「ホワイトスネイク」だったのはこうして見ると必然だ。彼にはこの「外側」に現れるものを所有したい欲求がある。記憶はもちろんのこと、スタンド能力は本体の無意識が影響するものであるから、「外側」に移る記憶や無意識を所有することには成功したのだ。そしてその先、運命を所有したいと願うなら彼は自分の記憶や無意識を捨て去らねばならない。運命の所有者とは神のような存在であるから、そのような俗事からは己を切り離さなければならない。愛する妹ペルラを喪ったプッチにとって、最後に残ったもの――それは血を分けた実弟、ウェザーであった。
 

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プッチ「ウェザー、お前は邪魔な人間だ。消え失せろ、虹と共に! ペルラと、全ての記憶と共に! 思い出のない人間は死人と同じだ。生きたまま死ぬがいい……檻の中で」
 
プッチはこの言葉と共にウェザーの記憶DISCを奪い、彼を牢獄に閉じ込める。これはウェザーに向けた言葉であり、同時にかつての己に対する決別だ。彼は己の人間的な部分をウェザーの記憶DISCに仮託し、その全てを葬り去った。最愛の妹を死なせ、血を分けた弟も手にかけた男が、今更他人のどんな犠牲を気にするというのか。だから彼は今、「天国へ行く力」を手に入れるためにあらゆる他者を踏みつけにして恥じることもないのである。
 

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過去を封印したあの日、ウェザーの記憶と共に人間エンリコ・プッチは死んだ。私達が知る「プッチ神父」とは、思い出を失い生きたまま死んだ彼が転生した存在だったのだ。
 
 

感想

というわけでアニメ版ジョジョ6部の31話レビューでした。うわー、今回は特に難しかった。ウェザーの記憶を奪った時にプッチが「生まれ変わってる」という感覚はあったのですがそこまでの理路が整理できず、DIOの矢や足の治療が記憶DISCと同じようなもの(夢だったのではと思わないための置き土産)なんじゃないかという仮説を立てるまでウンウン言いながら視聴を繰り返すことになりました。無意識うんぬんは前回のプッチ神父の「ウェザーには無意識の部分がある」という解説のおかげで書けた部分でもあります。しかしこう、上手く書けているかというと難しい……
 
この先プッチ神父が見せるもののを理解する手助けとなる回だったようにも感じました。さて、次回もヘビーだ。
 
 

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