表と裏の"二つ"――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」13話レビュー&感想

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再会の「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。13話では学園に思いもかけない新メンバーが加わる。ありえなかったはずの交流からは、スレッタ達が追い求めるべき新たな"二つ"が見え隠れしている。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第13話「大地からの使者」

プラント・クエタ襲撃事件から二週間。
学園では一見平穏な日常が保たれていたが、事件について箝口令が敷かれており、地球寮のメンバーは息を詰まらせていた。
翌日から開かれるオープンキャンパスの準備が進む中、スレッタの前には二人の編入生が現れる。

公式サイトあらすじより)

 

1.変化の表裏

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チュチュ「たく、何も知らねえでのんきによ」
マルタン「仕方ないよ、本当に知らないんだから」

 

ベネリットグループの拠点プラント・クエタが襲撃を受け、花嫁であるミオリネを守るため主人公スレッタがガンダムの手で人を押し潰してしまうという衝撃的な結末を迎えた「機動戦士ガンダム 水星の魔女」1期。ショッキングかつセンセーショナルな展開であったが、劇中では2週間後として始まるこの13話は案外と平穏だ。アスティカシア高等専門学園に戻ったスレッタはガンダムエアリアルの改修中に溜まっていたMS同士の"決闘"を連戦方式で片付け、学園はオープンキャンパスを前に盛り上がっている。まるで何の事件も起きなかったよう……いや、起きなかったことになっている。プラント・クエタの襲撃は事故として隠蔽され、スレッタ達にも口外すれば即退学と脅しがかけられていた。
 

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ロウジ「エラン先輩、キャラ変わってないですか?」
セセリア「別人なんじゃないの?」

 

表面上は同じだが、しかし内実は変わっている。ベネリットグループ御三家の1つペイル社のエラン・ケレスが実は複数の人間であるように、こうしたことは珍しくない。本物の戦闘に巻き込まれてしまったスレッタの仲間達の中には決闘でのMSの損壊に軽く拒絶反応を起こすようになってしまった者もいるが、決闘自体は何も変わっていないのだからこれは見る側の内実が変わってしまった例に挙げられるだろう。こうした変化は実はスレッタも例外ではない。
 

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アリア「元気だな、彼女は」
 
皆がプラント・クエタでの体験に戸惑いを隠せない中、スレッタは一人元気なままだった。あまりにも以前と変わらなかった。12話ではそうした変わらない振る舞いでありながら人を殺した彼女の姿が悪趣味なほど衝撃的であったわけだが――この13話では彼女にも微妙な変化が起きていたことが見て取れる。
 

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スレッタ「あの時、もっといい方法あったのかなって」
 
母プロスペラにプラントでのことを気にしているのではと指摘されたスレッタは、正直に戸惑いを打ち明ける。自分はミオリネを守るために人を殺したが、あの時本当はもっといい方法があったのではないかと。後悔と呼ぶ程ではないが、あの時平然と命を奪った彼女にも迷いが生まれていたのだ。直前の話題がミオリネであったことからすれば、その原因はスレッタの行為に絶句した彼女に「人殺し」と言われたことがきっかけだろう。ミオリネも一緒にいたその父デリングも助かったのはスレッタのおかげだ、正しいことをしたのだとプロスペラに言われてすぐスレッタは納得してしまうが、ミオリネと出会う前の彼女なら迷いを抱くこともなかったはずだ。
 

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ソフィ「会いに来たよ、スレッタおねえちゃん!」
 
今まで同様に健気な少女のままのようで平然と人を殺すようになってしまったスレッタはしかし、今まで同様に母親の言うことはなんでも信じる操り人形のようでわずかにそうでなくなっている。こうした変化の表裏一体の性質とでも呼ぶべきものは今回、学園に訪れた編入生によってより明示的に描かれることとなった。スレッタを「おねえちゃん」と呼んで抱きついてきた見知らぬ少女ともう一人……ソフィ・プロネとノレア・デュノクである。
 
 

2.表と裏の"二つ"

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ソフィ・プロネとノレア・デュノク。スレッタと顔を合わせるのは初めてだが、彼女達がアスティカシアへ編入してきたことに驚いた視聴者は多いだろう。なにせ彼女達は反スペーシアン(宇宙移民者)組織「フォルドの夜明け」の一員にしてガンダム・ルブリス・ウルとガンダム・ルブリス・ソーンのパイロット、先にプラント・クエタを襲った正真正銘のテロリスト――つまり"裏"の人間なのだから。
 

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ニカ「私も地球寮の皆も、これ以上危険なことに巻き込まれたくない」
 
当然ながら2人は正規の方法で編入してきたわけではない。御三家の一つグラスレー社CEOの養子にして先のテロでも暗躍したシャディク・ゼネリがダミー企業を通して推薦したもので、当然彼女達には裏の目的がある。それが何なのかは明かされていないが、同様にシャディクの手引で入学しスパイまがいのことをさせられているスレッタの仲間、ニカ・ナナウラにとってこれはとても恐ろしいことであった。
 

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ノレア「現実、舐めてますよね」
 
ニカは「フォルドの夜明け」との連絡係を任されているがソフィ達との面識はなく、人殺しを意にも介さぬ神経の持ち主ではない。アスティカシアに入ることで地球と宇宙の架け橋になりたいと本気で思っている心優しい人間である。だがノレアに言わせればこれは酷い偽善だ。多くの人が死んだプラント・クエタ襲撃はニカの連絡を通して行われたものだし、貧しいアーシアン(地球居住者)の孤児がアスティカシアに入れさせてもらえるなら汚れ仕事が付き物なのは少し考えれば分かったはず。そもそも1人の人間の努力で地球の状況が変わるわけもないのに、そんなことを考えるのは現実を舐めている……彼女の言葉は自身が言うように現実的で、反論の余地は無いように思える。だが、現実だからといって正しいのだろうか?
 

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スレッタ「ミオリネさんの誕生日までわたし、負けません!」
 
前回12話は、これまでの話でスレッタと御三家の"決闘"に酔いしれていた私達にMSが人殺しの道具であることを否応なく突きつけた。元ホルダーだったジェターク社のグエルがその優れた腕故に誤って父ヴィムを殺め、スレッタのガンダムエアリアルが蚊でも叩くように人を潰したあの話の後で、決闘を素直に楽しむのはもう難しい。決闘が表なら戦争は裏であり現実であり、裏を知ってしまえば表はもはや薄っぺらな綺麗事のように思えてくる。12話が放送された際には「これでこそガンダムだ」と納得する既存のファン層も多く見られた*1。……だが私達はそれまでの11話、本作の「ガンダムらしくなさ」にこそ熱狂してきたのではなかったか。軍人が互いの主義主張をかけて命のやり取りをする姿ではなく、鳥かごの中の子供達が決闘で己の全存在をかけてぶつかり合う姿に魅入られてきたのではなかったか。それは裏の人間であるソフィに言わせれば人の死なないお遊びに過ぎないが、だからといってこれまでの11話に感じた全てが嘘になってしまうわけではないはずだ。表だから、絵空事だから間違っているとは限らない。
 

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スレッタ「決闘、しましょう!」
 
ノレアとソフィが口封じに殺そうとしたニカを間一髪救出したスレッタは、二人に決闘を申し込んで勝ったら手を出さないようにと言う。これはガンダムを駆る3人の魔女の決闘である以上に、表と裏の決闘だ。もちろんスレッタは真っ白な、表だけの存在ではない。ミオリネを守るために人を殺した彼女の手は既に血に濡れている。けれど一方で、偽装によるものとはいえアスティカシアの制服に身を包んだノレアとソフィももはや裏だけの存在ではない。表から裏に、裏から表に進んだからこの決闘は成立することになった。
 

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ソフィ「決闘って人の死なないお遊びでしょ? MSは人殺しの道具だよ」
スレッタ「違います。ガンダムは医療で人を救うMSになるんです」

 

人は理想だけでは生きていけず、現実も知らなければならない、けれど現実だけではもはや生きているとは言えないのも事実だ。その手で人を潰してエアリアルをソフィが言うところの暴力マシーンにしてしまったスレッタが言う「ガンダムは医療で人を救うMSになるんです」という言葉は、暴力マシーンとしてのガンダムしか知らないソフィの言葉よりもずっと重みがある。
 

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ソフィ「ガンダムは暴力マシーンだってこと、おねえちゃんに教えてあげるね」
 
前回の12話において、スレッタが母に教わった「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉は祝福だけでなく呪いでもあることが明らかになった。表だけでなく裏があることも分かった。けれど表裏あると知った上で進むなら、彼女はきっと両方を手に入れられる。祝福も呪いも飲み込んで糧にできる。次回行われるソフィとノレアとの決闘は、その第一歩になることだろう。
このシーズン2でもスレッタはきっと逃げない。表にも裏にも逃げることなく、進むことでその二つを手に入れるのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の13話レビューでした。表面的な変化と水面下の変化、交わらないはずのソフィとノレアの編入といった要素から考えていった結果、12話放送からの視聴者の反応も踏まえたレビューになりました。製作者の掌の上で転がされてますね、私達。
これが現実なんだ、ガンダムは戦争ものなんだって話でもなく。ガンプラという遊びを描くのでもなく。"決闘"を描く水星の魔女の本道を進んでほしいなと思います。道はますます困難に感じられますが、はてさて。
 

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フェルシーとレネのセット描写が見られるとは正直思ってませんでした。あとロウジに話しかけるレネにイラッとしてるセセリアも大変かわいい。
 

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*1:本当にそうか?という疑問は大いにあるのだが